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18.アナスタシア=ベールイ

 

 あれは確か、一年前位だったかな⋯⋯。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 私は依頼でとある街に来ていた。

 この時の私は、まだ[(ゴールド)]ランクの冒険者。


 依頼内容はたしか⋯⋯、何かの魔物に生えている水晶を採取するとかだった気がする。

 魔物の名前は忘れてしまったけど。

 ああ。そうだ、たしか氷属性の魔法が使える事も条件だった気がする。

 採取自体は対して苦労し無かったから、記憶にある印象が薄いのかな。まぁいいや。


 そんな感じの依頼だったかな。

 私はサッサと依頼を達成して街に戻り、依頼主に水晶を納品して、依頼達成のサインを貰いに向かった。


 依頼主は黒いフードを被った老婆だった。

 傍から見たら怪しさしかない様な人物だった。

 正直色々ごねられて、依頼金を減らそうとしてサインしないと考えていた。

 たまに居るんだよねそう云う奴。


 まぁそんな時は腕か足の一本を切り落とせば、大抵依頼通りの金額を払ってくれる。

 力があれば何をしてもいいんだもの。

 ああ、勿論ちゃんと治してあげるよ?


 それでも私は、ちゃんと約束を守る人には優しくするようにしている。

 この老婆はどうだろうか。


 老婆の店までやって来た私は、扉を開け店の中に踏み入った。


「こんにちわ」


 微笑みながら声を掛ける。

 私は基本的に人と喋る時は軽く笑顔を浮かべて話すようにしていた。

 私の好きな小説の主人公がそうしていたから。

 子供みたいな単純な理由だけれど。


「いらっしゃい。悪いけど今は道具を仕入れてる最中でね、休業中だよ。表の看板にも書いてあったろうに」


「ええ。看板は見ましたよ。今日は貴方が出した依頼を完了させたので、コチラに伺いました」


 笑みを絶やさず老婆に近寄り〈収納魔法(アイテムボックス)〉から、目的の水晶を取り出し老婆に見えるようにして手に持つ。


「おお!やっと採れたのかい。2ヶ月もギルドから連絡が無くて!どうしたものかと思っておったわい」


「そうなんですか」


 この街のギルドは随分とのんびりしているのね。

 それだけ放置されているなら、何かしら依頼主に話は通すものだけど⋯⋯、私には関係ない話かな。


「依頼品の確認をお願いしますね」


 老婆に水晶を手渡し、不備が無いか確認してもらう。

 時々手癖の悪い依頼人なんかは、自分で傷を付けていちゃもんを付けたりするけど⋯⋯。


「うーん。⋯⋯いい状態じゃないか!お嬢ちゃんが受けてくれて良かったわい」


「それはなによりです」


 特にトラブルは起きなさそうね。

 荒事は無い方が好ましいものね。

 〈収納魔法(アイテムボックス)〉から書類を取り出し老婆に手渡す。


「依頼完了のサインだね。書くものは何処に置いたっけか⋯⋯、確かこの辺に⋯⋯、あったあった」


「確かに受け取りました」


 サインをしてもらえたので、後はこれをギルドに渡せば約束の報酬が手に入る。サインも貰った事だしサッサと報酬を受け取りに行こうっと。


 この老婆への用事は済ませたので、踵を返して店を出ようとしたところ。

 老婆に引き留められた。


「ああ。ちょっと待ちなさい。ギルドとは別で報酬を渡すからそこに座りなさいな」


 そう言って老婆は店に置いてある、テーブルを指さす。

 テーブルには対面になる様に椅子が2つ置かれていた。


「わたしゃねぇ、占い師をやっているんだよ。この水晶のお礼にお嬢ちゃんの事を占ってあげるよ」


 ⋯⋯占いか。

 私は一度もそういうのはしたことが無かった。

 どうせ血濡れの魔女がどうのこうの言われるに決まっているし。

 実際、別の街では道すがら変な人に、お前には血濡れの魔女が付いてる、とか言われたことがある。

 その時はついカッとなって、首から下を氷漬けにして放置してしまったけど⋯⋯。

 まぁ生きてるでしょ⋯⋯多分。


「お気持ちは嬉しいですが今回は遠慮「わたしの占いは恋占いが専門だよ」させ⋯⋯」


 恋占いか⋯⋯。


 生まれてから誰かに恋をするなんて、一度も経験が無かった⋯⋯。

 でも、先生が持ってきてくれた小説の中に、囚われの姫を助ける王子という、よくある恋愛小説は幼い私の心をときめかせたっけ⋯⋯。

 今のはうそ、今でも色々な恋愛小説を読んで心をときめかせている。


 まぁ?一応ね、一応念の為にね?依頼の報酬とは別に?善意で?占ってくれるならね?断るのも失礼だしね。

 私は無言で椅子に腰を下ろした。


「ひっひっひ。お嬢ちゃんもやっぱりそういうのは気になるんだね~」


「いえいえ、一応念の為に知っておきたいだけですので」


 私は自分を納得させる言葉を述べた。


「そうかいそうかい。じゃあ早速嬢ちゃんが、採って来てくれた水晶で占ってあげるよ」


 なるほど。

 元々占いに使っていた水晶がないから休業中だったのね。

 今回私が採って来た水晶で、ようやく占い業を再開できると。


 そんな事を考えていると。

 老婆が何やら水晶に向かってブツブツ唱え始めた。


「ゴニョゴニョ。んん!んー?見え⋯⋯んー?」


 何だか変な反応をしているけど⋯⋯。

 何が見えているのかしら。


「んー。変じゃな真っ黒で何も見えん」


 ⋯⋯ハァ。

 何だやっぱりこういう感じか。

 少し期待して損した、これ以上付き合うのも無駄ね。

 そう思い椅子から腰を少し浮かせ、店を出ようとすると。


「んん!見えた!何も見えなかったんじゃなく、黒い何かに覆われておったのか!こんな事は初めてじゃ!」


 目の前の老婆が何か興奮していた。

 ハァと一つため息を零し椅子に座り直す。

 もう少しだけ様子を見る事にした。


「見えたぁ!黒髪の男が映っておる!⋯⋯なんじゃこ奴は。この男を中心に黒い闇が蠢いておる⋯⋯」


 ⋯⋯黒髪。

 黒髪の男の人か。

 黒髪⋯⋯ありっちゃありね。

 髪の色であれこれ言う資格は私には無いし。

 私はその後の老婆の言葉を待っていた。


「また真っ黒になってしまった⋯⋯。何故見えん⋯⋯。何故⋯⋯」


 目の前の老婆が狼狽していた。

 何故この老婆は、狼狽しているのだろうか


「見えないことがそんなにショックなのですか?」


 私は素直に思ったことを口に出していた。


「今までこんな事は無かった。必ず最も惹かれあう相手を見る事が出来る。それがわたしの占いじゃ!」


「何か原因があるのではないですか?そもそも、私に運命の相手なんていなかった。だから見えなかった。そういう事なんじゃないのですか?」


 私は自分の考えを老婆に伝えた。


「何十年この占いで食っていると思っとるんじゃ。こんな結果はわたしが許さん!」


 そう言うと老婆はまだ水晶に向かって何かを唱え始めた。


「⋯⋯そうか!まだこの世界にいない?いや、この世界に来ていない⋯⋯。ううん」


 この世界に来ていない?

 可笑しな事を言い出したわね⋯⋯。

 なおも老婆は水晶を見続ける。すると突然終わりが訪れた。

 ビキリと音を立て水晶が、真っ二つに割れてしまったのだ。


「!?なんと⋯⋯」


 ⋯⋯お互い沈黙していた。


「⋯⋯あー。これは依頼のやり直しになりますか?私としては、一応依頼の水晶は渡した後の出来事なので、コチラに落ち度は無いと判断しますが」


 もっとも私の事を占ってる最中に起きた出来事なので、責任の一端があると言えば何も言い返せない。


「⋯⋯すまんが。もう一度取りに行っては貰えないだろうか⋯⋯」


「⋯⋯ですよね。⋯⋯ハァ仕方ないですね、今回はサービスでいいです。今後は!こういう事は無しでお願いします」


 今回はしかたない。自分自身にそう言い聞かせることにした⋯⋯。

 というか実は一つ多めに水晶を採っていた。

 ごねられた時様に、使う為のスペアだったけどまさかこんな形で使う事になるとは⋯⋯。


「正直厳しいが同じ額を払う。いや払わせてくれ。わたしの占いがこんな不明確な結果になったのは初めてじゃ⋯⋯」


「いいですよ、予備で採っていた物なので。それよりも先ほどの占いの結果を教えて貰っても?」


 水晶なんかよりも、正直そちらの方が気になる。


「ああ。先ほども言ったが⋯⋯黒髪の男だった。年は恐らくお嬢ちゃんと同じくらいかのぉ。すまんが分かるのはこれ位なんじゃ⋯⋯わたしゃ、こんな事は初めてじゃ。だがのう⋯⋯その男はまだこの世界にはおらん。おらんのじゃが⋯⋯お嬢ちゃんと同じ位の年に見えたのはおかしい、水晶に映る姿は今ある姿だけじゃ。赤子だったらその姿が映るし、もし生まれていなければ母親の姿が映るんじゃ⋯⋯」


 ふーん?つまり黒髪という事以外良く分からない⋯⋯と。

 なんだか肩透かしを食らったような感じ⋯⋯。

 まぁいいや、予備の水晶を渡して宿屋で休もう。


 その後金を払う払わないで押し問答をし、予備の水晶を無理矢理押し付けて、ギルドに依頼の達成を伝えに行った。


 少し疲れた⋯⋯。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 うん。思い出した。

 たしか黒髪で私と年の近い男の人だった。

 ヴィーシュさんの鍛冶屋を後にした私は、唐突にその老婆との出来事を思い出した。

 ⋯⋯なぜ今まで忘れていたんだろう。


 そうか⋯⋯。

 もしかしたらあの人が⋯⋯いや、ソラが私の?

 それなら私の顔がポカポカするのも、何となく納得できた。

 チョロいかもしれないが、これが恋をすると云うことなのかもしれない。


 どうしよう⋯⋯。

 自然と顔が緩んでしまう。

 今日はもう家に帰ろう。

 そうしたら、この気持ちをじっくり味わおう。


 フフフ。駄目だな何だか自然と笑みがこぼれてしまう。

 ん?ああ。いつの間にか魔力が漏れ出してしまっていたのか。

 私の歩いた道に氷の足跡が付いていた。

 私の氷は薄い桃色をしている為か、血の足跡の様に見えた。

 周りの人達はそれを見て距離を取るが、今の私はそんな事に気にもならない。


 逸る気持ちを抑えながら、自分の家に向け歩みを進める。



 ◇


 ⋯⋯⋯⋯ハァ。最悪な気分。


 先程まであった高揚感は鳴りを潜めていた。

 理由は簡単、私の後を付けてきている奴らが居る。


 ムカつく。

 楽しい気持ちを台無しにされた。

 家に帰る途中だったが、そのまま方向を変え路地裏へと進路を変える事にした。


 暫く路地裏を歩き、丁度いい広さの場所を見つけた。


「此処ならいいか⋯⋯」

 ポツリと呟いた。


「出てきたらどう?」


 私の周りに付きまとう人間に対して、声を張り上げる。


 4人の人間がぞろぞろと姿を現した。

 コイツラもしかしてバカ?[白金(プラチナ)]ランクの私に素直に姿を見せるなんて、殺してくださいと言っているようなものなのだけど⋯⋯。


「貴方たちの雇い主はだれ?」


 全員に聞こえるように問い掛ける。

 どうせ私に恨みを持つ誰かが雇った奴らだろうと思ったからだ。

 実際そういう輩が多い。

 あとは本当に、腕試しをしたい人とか。


「はっ!素直に言うと思うか?」


 だよね。

 逆に素直に言ってくれてたら見逃したかも。

 そう思いながら〈収納魔法(アイテムボックス)〉から愛用の杖を取り出す。

 はい。コイツラバカ確定。

 武器を取り出すのをボサッと見てるなんてバカ丸出しじゃん。


「⋯⋯ハァ」

 思わずため息を一つ吐き呪文を唱える。


「〈氷の鎖(アイスチェーン)〉」


 何も無い空間に幾つもの魔法陣が浮かび上がる、そして魔法陣から氷の鎖が4人に向かって伸びて行った。

 各々回避を試みるも、高速で追尾する氷の鎖は、あっさりと4人の体に巻き付き拘束した。


 えぇ!?うっそ~。

 仮にも[白金(プラチナ)]ランクの冒険者を襲いに来たんじゃないの?その程度の実力なの?呆れてを通り越して同情してしまう。


 だがもう1人の存在に気付かず。

 私は背後を取られ致命傷を負う事となった。


 なーんて、そんな事はありえ無いんだけど。


 初めから5人居たのは気づいていたし、最後の1人の場所も把握していた。

 だから奇襲を仕掛けて来たのも気づいていた。少し遊んであげる。


 振り下ろされる短剣を杖で弾き返す。

 弾き返され距離を取った相手は、驚いている様だった。

「くっ⋯⋯」なんて言っているが、何が意外なのか分からない。


「〈氷霧(フローズンミスト)〉」


 5人目に向けて、魔法陣から氷の霧を吹きかける。

 相手は何を思ったのか、顔を腕で守り、その場を動かないでいた。

 それは悪手なんだよねぇ。

 〈氷霧(フローズンミスト)〉の効果は細かい氷の粒を霧状にして吹き出す魔法。

 普通は目くらまし位にしかならないけど。

 私が使えば、霧に触れただけで体を凍り付かせることが出来る。


「くっ!がぁっ!?」


 〈氷霧(フローズンミスト)〉をもろに受けた男は体が凍り付いていった。


 ⋯⋯一応念の為に。


「〈氷の鎖(アイスチェーン)〉」


 氷の鎖が5人目の体を拘束する。

 はい、おしまい。

 念の為周りを索敵するも、この5人以外に特に反応は無い。

 何てお粗末な襲撃者だこと。


 さーてと。

 あとは雇い主の事を聞き出すだけかな。

 とりあえず5人目に歩み寄り、問いただしてみる。


 貴方の雇い主は?


「くっ⋯⋯。言う訳ないだろう!」


 まぁ素直に言うはずないよねぇ。

 一応言ってみるか。


「もし、雇い主の事教えてくれるなら、生かして返してあげるよ?」


 これは本当だ。

 素直に帰ってくれるなら、別に殺す必要は無いしね。


「⋯⋯カマセ商会だ」


 ⋯⋯言うんだ。

 自分で聞いといてなんだけど、結構びっくりした。

 え?君達、暗殺者じゃないの?死んでも情報を漏らさない教育受けてないの?頭の中で疑問が次々浮かんでくる。


「俺達は⋯⋯アイツから借金していて⋯⋯。お前を殺せばチャラにしてやるって」


 ああ、そういう感じね。

 じゃあ殺さないでおいてあげる。


 貴方はね。


「〈氷柱(アイシクル )〉」


 後ろからグシュリと音が4つ重なった。

 4人の胸から血に濡れた氷の柱が、体を突き破り飛び出ていた。

 生かすのは1人で十分。

 残りは要らないかな。


「⋯⋯は?え、な⋯⋯んで」


「ん?生かしてあげるって言ったでしょ?私はちゃんと約束を守るのよ?」


 何が起きたのか分からない男に、私は優しく語り掛ける。


 んー、この様子だと拘束は必要ないか。

 私は男の〈氷の鎖(アイスチェーン)〉を解き解放してあげる。

 拘束が解け男は、所々凍り付いた両腕を地面に付き愕然としていた。


 男の耳元に顔を寄せる。


「それじゃあ。貴方の雇い主に、伝言お願いしてもいいかな?」


「え⋯⋯」


「雇い主に伝えて。次は殺すって」


 ちゃんと伝えてね?

 伝言も伝えたのでもうこの場所に用は無い。

 早く帰ろ。

 私は路地裏の元来た道を歩き始めた。あ、そーだ。


「あなたも。次は殺すから」


 ちゃんと釘を刺しておかないとね。

 面倒事は一回で十分。

 さ、おうちに帰ろ~。


 間抜けな連中だったから時間もそんなに取られなかったし、さっさと帰ろ。

 ⋯⋯いや待てよ、最近ハンバーグっていう美味しい料理を出す宿屋の食堂があるって聞いた気がする⋯⋯。今日のご飯はそこで食べようかな。


 大通りに向けて歩みを進める事にした。



 ——————————————————————————

 アナスタシア=ベールイの去った後、路地裏には4つの死体と一人の震える男が取り残されていた。


 残された男は、依頼主に今回の件を報告したが。

 その日のうちにこの世から消え。

 アナスタシアと会う事は二度と無かった。


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