177.持続可能な開発目標
俺とアナは、馬車を求めてアネモス家に赴いたが。
なんと、アウラお嬢様がうっかり壊したという馬車を、シャーリー亭の前に捨てられるそうなので、それを遠慮なく拾う事にした。
いやー、これで馬車の問題も解決しそうだ。あとは、とんでもない臨時収入が待っている。震えて眠れ。
馬車の用意もサクッと出来たので、俺はアナと一緒に宿へ帰る事にした。
俺達は裕福層の区画を抜け。
何故か、そういう店の立ち並ぶ通りを歩いていた。
この通りを見ると思い出す。
マルコさんに連れられ、向かった店から突き付けられる突然の出禁宣言。
アレは一体何だったんだろうか⋯⋯。やっぱり、俺の他に黒髪の人間が何かやらかしたのかな?やらかした末捕まらず、黒髪は全員出禁になってたんだろう。
そう思う事にした。だって俺に心当たりが無いんだもの。ちょっと期待もしたが。どちらにしろ、一目見て帰る予定だったからね。俺にはアナが居るんだから。浮気はダメ、絶対。⋯⋯いや別に恋人同士という訳では無いんだけどね。
それにしても⋯⋯。
この通りを、アナと手を繋ぎながら歩いている訳だが。
何故か皆。「マジかコイツ」みたいな顔で見てくる。
⋯⋯なるほど。そういう店が立ち並ぶ通りを、客でもない俺達が歩いてるからな。
「コイツ彼女連れでここに用があるの?」とでも思われてるんだろう。
多分そうだ。きっとそうだ。時々、「アレが魔女の眷属?」なんて聞こえてくる訳がない。
「実在したの?」じゃねーよ。俺を何だと思ってんだ。
通りを歩いていると。
目の前から派手な格好の熟女が走って来た。
「はぁはぁ。ご、ご機嫌麗しゅうございます。魔女様」
「ん。皆、顔の確認はできたよね?前は許すって言ったけど、今後は手出し厳禁だからね?」
「わ、わかりました⋯⋯」
⋯⋯何の話?アナが派手な熟女と謎の会話をしているが、多分俺には関係の無い話かな?
血の気の引いた顔をした熟女が、俺の顔を見る。
⋯⋯ニコッ。俺は取り合えず笑っておいた。
「ヒィッ!」
⋯⋯⋯⋯なんでぇ?
「もう行って良いよ」
「は、はい!それでは失礼いたします!」
熟女は足早にその場を去った。あ、躓いて転んだ。
近くに居た布の面積が少ないお姉さんに、助け起こされた。
取り合えずアナに確認の為に聞く。
「俺の笑顔って怖いか?」
「ううん。素敵だと思うよ」
「そっかー、ありがとう」
やはり俺の笑顔は素敵なようだ。俺は指で口角をぐにぐにしながら、再確認した。
アナもニッコリ笑っている。可愛い。
物語何かでは、最初はぎこちない笑顔も時間と共に素敵な笑顔になる。そういう展開が有るが。アナは最初から素敵な笑顔だったな。時々目からハイライトが消えてる気もするが⋯⋯。別にヤンデレな対応をされた事も無いし、気にしなくても良いかな。
アナは笑顔のまま、俺と手を繋ぎ。そういう店の立ち並ぶ通りを歩いて行った。
この通りは、ちょっと俺には刺激が強すぎるかな。
◇
宿に戻った俺達を待っていたのは。
いや、誰も待ってねぇ。玄関扉開けても、誰も出迎えに来なかった。
シャロとマリアさんは何処行ったんだ?
そう思っていると。
「お帰り。ソラ。アナさん」
厨房からアレックス君が出迎えてくれた。
なんだか久しぶりに見た気がするが⋯⋯、気のせいか。昨日も見かけたんだし。でも何故だか久しぶりな気がする。深く考えるのはやめておこう。
「ただいま。シャロ知らない?」
「シャロ?確かお風呂に入るって言ってたかな。さっき、熱した石持って行ったし」
「風呂か。それじゃ出て来るまで待とうかね」
「私が様子見てくるね」
シャロがお風呂に居るという事で、アナが様子を見に行った。
因みにこの宿の風呂は。湯船に入る人が、熱した石を水の中に入れて、お湯を沸かすという方式を取っている。
この熱した石も、特殊な石らしく。熱を加えると、長時間その熱を保持するという、不思議な仕組みを持っている。しかし熱するのに、少し時間が掛かるという欠点がある。
なので、誰かが熱した石を持って風呂場に向かうと、ドラクエ宜しくゾロゾロ後を付いてくる事がある。
自分で沸かせよと思うが、気持ちはわかる。他人が湯を沸かしてくれるなら、それに越した事は無い。
誰だって楽をしたいのだ。俺も楽をしたい。蛇口を捻ればお湯が出る魔道具とか無いかな。勇者の家の風呂場を解体して、部品だけ奪いたいとさえ思う。
そんなお風呂事情はあるが、結構人気があるそうだ。
〈清潔魔法〉という魔法が有るので、お湯に浸かるという行為があまり一般的ではないせいか、一度知ると虜になる様だ。
どんな世界でも何だかんだと、皆お風呂は好きなんだな。
◇
あれからだいぶ待った。
待ってる間にアレックス君に、色のヤバいキノコの炒め物を作ってもらい、1人で呑み始めるくらいには待った。
風呂場から、ホカホカと湯気を立てた3人と1冊がやってた。
「あー、サッパリしたー」
「温まったね〜」
「お湯に浸かるのは良いですね〜」
3人が部屋着のまま、俺のいるテーブルまでやって来た。勇者も静かにテーブルの上に腰?を下ろした。
なんだ?勇者がやけに大人しい。
「ねえ、ソラ」
「なんだよ」
「凄いよ、お湯に浮くんだね」
「⋯⋯何の話?何が浮いたんだ?」
「そりゃオッパ」パタン
アナによって、勇者の本は閉じられた。
聞くなってことね。
まぁ⋯⋯、うん。浮いたんだろうな。ナニがとは言わんが。そうか、浮くのか⋯⋯。
俺はアルコールで鈍る頭をフル回転させ、その様子を思い浮かべる。⋯⋯くっ。想像力が足りない!キラメけ!俺のキラメンタル!!
⋯⋯ダメだ。何もひらめキングしない。
隣に座るアナを見ると、服の襟から少し谷間が見えた。これ以上は、スパークリングしそうなのでシャロを見よう。
⋯⋯あれ、俺のキノコの炒め物が消えてる。
「お風呂上がりは、冷えた1杯にかぎるよねー」
「それ俺のなんだけど」
別にいいけども。コイツは間接キスとか気にしないんだろうか。それともそういう概念が、この世界には無いだけかな?
その後しばらくの間、勇者はデカいデカいと、うわ言のように呟き大人しかったが、直ぐにいつもの調子に戻った。
「やっぱこの世界はクソだよね!持つ者と持たざる者。その差を無くすべきだと思うんだよ」
なんかそれっぽい事を言い出したが、要は胸の大きさについて言ってるで、無視でいいだろう。胸は大きい方が良いに決まってる。
「ソラは、オッパイ大きい方が好きみたいよ?アナちゃん」
「てめぇえええええ!!!」
そうして夜は更けていった。
◇
朝。
俺、シャロ、アナ、そして勇者の4人で朝食を食べていると。
外から馬車の音がした。
食事を一時中断し、皆で外に出る。
そこにはなんと!
宿の前に馬車を不法投棄する、セバスさんの姿が!?
SDGsが叫ばれる昨今、限られた資源を無駄遣いするなんて!
俺は心に点る、持続可能な開発目標の精神の名のもとに、セバスさんに近付いた。
「おはようございます」
「おはようございます。ソラ様。コチラに馬車を捨てたいのですが、宜しいでしょうか?」
「流石に宿の前だと困るので、貰ってもいいですか?」
「ええ、勿論。それと、お嬢様より。例の代金の一部が中に入っていますので、ご確認をお願いします」
そう言って、セバスさんは馬車の扉を開けた。
中に入ると、 両手で抱えないと持てないような木箱が2つ有った。
ふ、ふ〜ん?嘘だろおい⋯⋯。俺は震えた。
蓋を開けてみると、中身がギッシリ詰まっていた。⋯⋯数えるのは後にしよう。今は馬車の様子を見ないとな。
馬車の外側は、装飾を外された跡がある。恐らくアウラお嬢様が、うっかり壊したのだろう。造りはがっしりとしてるが、見た目は質素な感じになっていた。
逆に中は、手を加えられておらず、椅子はフカフカで豪華な造りのままだった。
その馬車の様子に、シャロははしゃいでいた。
「凄い!凄い豪華ー!椅子フカフカ!」
今まで馬車といえば、乗合馬車の硬い椅子だったからな。これで移動時の尻への負担が大分減る。お、しかもこの椅子動かすとソファーベッドの様にもなる。便利〜。
「では遠慮なく頂いていきます」
「ええ。お嬢様も大変喜んでおられたので、此方としても良い取引でしたよ。では、これで失礼致します」
そう言ってセバスさんは馬に跨り、屋敷のある方角へと走り去っていった。
「まさか馬車が手に入るとは、思ってなかったな」
「そうだね。勇者の布のお陰ってのが癪だけど⋯⋯」
「この私に感謝しなー!!」
アラクネの布を1着分、アウラお嬢様に売り払った話は昨日のうちにしてあるので、全員了承済みだ。シャロの目がしばらく$マークのままだったので、大丈夫だろう。勿論代金は4等分。勇者は、貰っても死ぬ予定があるので、要らないと言っていた。
その物言いに少し思う所も有るが、本人がそういうスタンスなら受け入れるしかない。
さて、この馬車どうしよ。俺の〈収納魔法〉に入るか?アナもやっていたが、馬車の中に荷物を入れ、〈収納魔法〉の容量を節約するというやり方が有る。
取り敢えず、そのまま入るかやってみるか。⋯⋯入ったな。あれ、今気づいたが容量増えてない?
確か、モルソパの時よりも倍近く増えている⋯⋯。
ま、まさか、ママか?ママの加護のお陰か?魔法の強化だけじゃなく、そんな所まで強化してくれるなんて⋯⋯。
やはり異世界のママは格が違う。
俺が調子に乗って、馬車を出し入れしていると。シャロが一言。
「それで、馬はどうするの?」
アウラ→アナ
同じ[白金]ランクの友人。
アナ→アウラ
貴族の知り合い。
そんな感じの関係です。




