176.馬車貸ーしーてー
俺は今、アナと共に王都への移動手段として、必要な馬車を借りる為。アナが言う、心当たりの有る場所へと向かっていた。
宿の外では、まだスライムを探す人々が彷徨いているが、手伝わない俺達に対して、面と向かって文句を言う人物は居ない。
アナが視界に入ると、皆一様に目を逸らす始末だ。
未だに街の人たちとの溝は深い様で。
というのも、聞いた話では。俺とシャロがこの街を何日か離れると、アナの機嫌がどんどん悪くなっていくのだとか。
宿ではそうでもないらしいが、外では陰口を叩こうものなら即凍らされるという。
俺かシャロが居る時は、そんなことは無いんだけどなぁ。
そんな訳で、俺とシャロがこの街を離れると、アナの上がった好感度が、落ちるという現象が起こっている。
これからは出来るだけ、一緒に居てあげないとダメかな⋯⋯。
一緒に居るのは全然良いんだが。寧ろうぇるかむかもーんなのである。
今も俺は、アナと手を繋いで街を歩いている。それはつまり、心がぴょんぴょんしてしまうという事だ。
2人仲良く手を繋ぎながら、歩いて目的地を目指す。
⋯⋯何処行くんだろうか。
アナから目的地を教えて貰っていないので、俺は今どこに向かっているのか分からない。
「アナ。その心当たりのある場所ってどこなんだ?」
「⋯⋯着けば分かるよ。借りを作るのは癪だけど、今回は仕方ないかなって。私も馬車は買って無かったし」
具体的な事を告げられないまま、俺達はドレスラードの街を歩き続けた。
◇
俺達が普段居る、外壁近くの街からドンドン中心へと向かっていた。
この街は円形になっており、外側から中心に向けて貧富の差が出てくる。
つまり中心に近づくほど、金を持っている人間が多くなる。
そして俺達は、どうやら中心に向かっている様だ。
正直、中心に近づくにつれて、高級店が増えていくので俺はなじみが無い。
以前、服を買った時でさえこんな中心に近づいた事は無い。
俺が唯一、中心に近づいたことが有るのは。
アナの付き添いで、アネモス家のパーティに呼ばれた時くらいだ。
なので、何となく予想が付く。
この道順はアネモス家に向かっていると⋯⋯。
えっ、まさかアウラお嬢様から馬車借りる気?
⋯⋯アナならやりかねない。借りを作るのは癪とか言ってたし。
そんな訳で、街の中心に向かって歩みを進める。
そして⋯⋯。
とても豪華な造りの屋敷が見えて来た。
そう。アネモス家である。
俺の予想は当たったようで、ここが目的地の様だった。
そのまま道なりに歩き。門の前に辿り着いた。
「お、もしかしてこの前の兄ちゃんか?」
いきなり門番の1人に、そう声を掛けられた。
⋯⋯この前の兄ちゃん?兄ちゃんという事は俺の事か?アネモス家の門番と知り合いなんて⋯⋯、あっ。
門番の1人である男の1人に見覚えがあった。
それは、以前アネモス家のパーティに招待された際、遭遇した。雇われの男だった。
「生きてたの!?」
俺の素直な感想はそれだった。いや、生きてたんかワレ。正直あの時死んでると思ってた。
俺の反応に男は笑いながら答えた。
「俺も殺されると思ったんだがな。雇われで詳しい事は知らなかったのが良かったのか、その後アネモス家に鞍替えしないかと誘われてな。やっぱりフラフラするより、地に足を着けた方がいいと思ってな。今はアネモス家の門番兼護衛をやっているんだ」
「あ⋯⋯、そうなんですね。という事は敵では無いって事でいいんですね?」
「ああ。勿論だ!もっとも、お前等がアネモス家に害をなすなら相手になるぞ?」
「大丈夫です。今日はアネモス家に用があって来ただけですので。な?アナ」
「アウラを出して」
⋯⋯アナって本当は人見知りなだけなんじゃなかろうか。
いや、仲良くない人にはくっそ態度悪いだけだよな。⋯⋯それもどうかと思うが。
取り敢えずは訂正しておこう。
「アウラお嬢様に用事があるので、取次ぎを御願いしたいのですが⋯⋯」
「分かった。一応聞いてみるが、無理だった時は諦めてくれよ?」
そう言われ。たしか⋯⋯、ガッツだ。ガッツさんは、もう一人の門番に合図を送ると。水晶に向かい声を掛けた。
恐らくは魔道具だろうか。
しばらくして。
「⋯⋯⋯⋯了解。中に入っていいそうだ。付いて来てくれ」
どうやら許可が下りた様だ。一体何を基準に許可が下りたのか分からないが。取り敢えず付いて行こう。
「一応確認ですけど。何て言ったんですか?」
「ん?血濡れの魔女がお嬢様に面会を求めてるってな。本人以外が血濡れの魔女を名乗るなんて事はないからな。それに万が一兄ちゃんたちが偽物でも、俺が首を斬ればいい」
凄い理論だ。実際アナの偽物を語る人間なんて居ないのだが⋯⋯。
「私は本物だから、襲ってきたらおじさんが死ぬね」
「おっと。こりゃ手厳しい。ガッハッハッハ」
うーん、物騒な会話だ。これが異世界クオリティか。
そして俺達はガッツに連れられ、屋敷の正面へとやって来た。
「おう。例の2人を連れて来たぜ。後は頼んますわ」
「はい。では、アナスタシア様。ソラ様。コチラへどうぞ」
そう言って、扉の前で待っていたメイドさんに、俺達の事を引き継いだ。
そのメイドさんは、何時もアウラお嬢様の側に居るメイドさんだった。
心なしか敵意を感じる⋯⋯。なんか肌がピリピリするし。
俺達はメイドさんに連れられ、屋敷の中に入った。
◇
そのまま豪華な作りの室内を進み、以前パーティーの時に待たされた部屋へと通された。
相変わらず煌びやかな部屋だな⋯⋯。
今日は昼間に来たので、窓から差し込む陽の光でやたらキラキラして見える。
それから1時間位待ち。
部屋のドアが開いた。
そこには、アウラお嬢様と先程のメイドさんと、見覚えのない2名のメイドさんが居た。
アウラお嬢様は、ツカツカと俺達に歩み寄り、対面に置かれているソファーへと腰を下ろした。
「いきなりやって来るなんて、私に何か御用でも?」
最初に切り出したのは、アウラお嬢様だった。ここはアナに任せてもいいんだろうか。そう思っていると。
「余ってる馬車が1台位有るでしょ?貸して?」
「⋯⋯⋯⋯突然訪ねて来て、言うことはそれだけなの?」
いきなりな物言いに、若干アウラお嬢様もお嬢様口調が崩れている⋯⋯。
俺はアナに合図を送り、小声で相談を始めた。
「もしかして、心当たりってこの家の馬車なのか?」
「うん。そうだよ。馬車いっぱい持ってるし、1台位借りれるでしょ?」
「お、おう⋯⋯」
この女無敵か?相手は貴族何だが⋯⋯。まぁ、アナにはそんな肩書き気にもならんか。
それはいいとして。言い方ぁ!もうちょい良い言い方は無かったんだろうか⋯⋯。
俺達がヒソヒソやってるのが気に入らないのか、アウラお嬢様はため息を漏らす。
「ハァ⋯⋯。いきなり来て、馬車を貸せと仰ったと思ったら、今度は内緒話?私これでも忙しいんですのよ?」
「いえ。その、アナの言い方については謝ります。実は王都に行く予定が有りまして。その⋯⋯、乗合馬車だと都合が悪くて、馬車をどうするって話になった時に、アナが心当たりが有るって事で、ここに来たわけです」
「だから余ってたら、貸してほしいかなって」
アウラお嬢様が目を細めて、ジッと俺達を見つめ、溜息をひとつ。
「ハァ⋯⋯。分かりました、使ってないのを1台お貸ししましょう。セバス、馬車の手配を。それで?貸し出す期間はどれくらいなのかしら?」
「1ヶ月位かな」
「往復ならそれくらいね。それで、目的は?馬車を1台貸すのだから、それ位は聞けるのでしょ?」
あー、目的を聞かれたか⋯⋯。素直に勇者の為なんて言えないしな。どうするか、あっ。丁度いいのがあったな。
「アナ。あの布を1枚出してくれ」
「あの布?⋯⋯あれか。良いよ」
アナは〈収納魔法〉から、勇者より貰ったアラクネの布を取り出した。
「アウラお嬢様。自分達はこの布の加工をしに、王都に行くんです」
俺はアラクネの布を手に取り、アウラお嬢様の目の前に差し出した。
⋯⋯明らかに場の空気が変わった。やべ、迂闊だったか?
「⋯⋯⋯⋯これを何処で?」
「とある伝手、とだけ」
「そう⋯⋯。布はコレだけ?他には有りますの?」
確か⋯⋯、服にしたら7着分位は有ったか。
するとアナが、1着分の布を取り出し言った。
「コレ。貴女に譲っても良いよ」
「⋯⋯条件はなんですの?」
「話が早いね。私達の旅の目的は他言無用。何かを見たとしても黙ってる事。そして、黙って馬車を貸す事。その条件を飲めるなら、この布。売ってあげる。貴女なら喉から手が出る程に欲しい逸品でしょ?」
アウラお嬢様は「そう」と言い。目を瞑ると、腕を組みながら指先をトントン叩き、思案しだした。
「セバス。今日、私への来客は無かった。いいわね?それと、馬車の1台を私がうっかり壊したので、処分しておくように」
「畏まりました。直ちに処理を行います。処分した物は、明日の早朝にでも宿の前に破棄致しますが宜しいですね?」
「ええ。貴方達もそれでいいわね?その布の代金は⋯⋯、正直私1人の私財では厳しいので、待ってくれると助かりますわ」
アウラお嬢様がそう言うと、アナは手に持った布をポンっと、アウラお嬢様の前に置いた。
「お金はできた時で良いから、先にこれは渡しておくよ。大事にしまっておいて」
「え、あ、し、しかし!まだ代金も用意出来ておりませんし!」
「良いよ。ちゃんと払うでしょ?どうせ私達も1ヶ月はこの街空けるんだし、その間に用意しといて」
「承知しました。貴女方が戻られるまでには、必ず揃えておきます」
「よろしく。それじゃソラ行こうか」
立ち上がったアナに手を引かれ、俺達は部屋を後にした。あの布幾らで売れるんだろうか⋯⋯。貴族でもすぐ用意出来ない金額。その金額を想像し、その恐ろしさに俺は震えた。
メイドさんに連れられ、玄関までの道のりを歩き出した時、アナからヒソヒソと。
「ごめんね?1着分勝手に売っちゃて」
「大丈夫だよ。まだ6着分はあるんだし。俺達で使うなら十分だろ」
「あの子も、あの布欲しがってたし。いいかなって思っ「いやったああああああああああああ!!!」て⋯⋯」
2人して後ろを振り返る。
⋯⋯。
背後から、歓喜の声が聞こえてきた。⋯⋯うん。喜んでくれたみたいだ。
俺とアナは、お互い見合せて少し笑うと、再度玄関までの道を歩きだした。
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