174.スライムパニック
俺達は今、ドレスラード目指して、街道を歩いている訳だが。
コイツどうするかな。
隣で宙に浮かぶ謎の本。
謎というか、中には100年前に居た。勇者の魂が宿っている。
何やら鼻歌を歌いながら、俺達に付いて来ている。
流石にそのまま街に連れてくのもなぁ。
一応、魔法の有るこの世界でも、宙に浮かび、人の魂が宿った本というのは、存在しないそうだ。
なので、そのまま街に連れてくと、騒ぎになりかねない。と思う。あくまで俺の予想だが。
面倒事は勘弁して欲しい。
街に着くまでに、コイツの処遇を決めておこう。
「皆、勇者の事どうする?」
「え、何その話題の切り出し方。私をどうしたいっていうの?!」
早速なんか食い付いてきた。
どうもこうも。宙に浮いたままのお前を、そのまま連れてく訳にはいかないよなぁ。
大人しく本に徹してくれれば、いいんだが。
アナが一言。
「縄で縛っとく?」
「それも有りか⋯⋯」
「無いよ!なしなしなーし!私は自由にさせて貰うぞおおおおおぉ」
「うるせぇなぁ⋯⋯」
本のどこから、こんな声量が出てるんだ?魔法。の一言で片付けられそうだが。
その後歩きながら議論は続き。
マリアさんの。
「外では本の振りをして、家の中では解放する。というので、良いんじゃないでしょうか?」
その案で落ち着いた。決め手は。
「腰にベルトで固定する感じ?ほーん。厨二っぽくていいじゃん」
との事。
その固定するベルトを見つけるまでは、手で持つことになった。カバンの中は嫌だと、駄々を捏ねられたからだ。
本の中とはいえ、大人が手と足をバタバタしながら本気の駄々を捏ねるのは、見ててキツイ。
コイツ本当にわざとふざけてるのか?実は全部素の状態で、やってるんじゃないだろうな⋯⋯。勇者と目が合う。ニヤリと笑った。なんだコイツ。
俺は本を拾い上げ。パタンと閉じると、開かない様に力を込めて、手で持つ事にした。
早く帰ろ⋯⋯。
ドレスラードまで、もう少しだ。
◇
ドレスラードの外壁が見えてきた。
勇者はあれから大人しくなり、普通の本の様に振る舞っていた。
静かならなんでもいいか。
外壁をグルりと周り。正面の門付近へとまでやって来た。やってきたのだが⋯⋯。
「何かあったのかな?」
「そうみたいだね」
俺とアナは首を傾げた。
それは何故か、正面の門が閉まっているからだ。門番の人は居るが、門を固く閉ざしている。
ドレスラードの正面の門は、外側と内側で大きな扉が2つ有る。昼間はどちらも開け放たれているが、夜になると閉まる。
人の行き来は出来るが、馬車といった大型の荷車が入る際は、昼間よりも時間が掛かってしまう。防犯の為だ。
手順としては。1度外側が開き、中に入り内側の門の手前で待つ。この時、外側と内側の扉の間は結構広く、馬車なら縦横それぞれ3台位は入る。
そして、外側の門が閉まってようやく、内側の門が開く。
それに、何度も開け閉めするのは大変なので、夜間は何台か、いっぺんに通す決まりになっている。そのせいで昼間よりも時間が掛かるのだ。
その門が、昼間なのに閉まっている。
なぜ?⋯⋯ん?
街の方から、悲鳴や怒号が聞こえてくる。
なんだ⋯⋯、街の中で何が起きているんだ?
俺はアナを見る。
アナも無言で頷き、杖を取り出す。
「皆、行くぞ!」
そう言って、門まで駆け出す。
「おー、お前らか。今は扉開けられないんだ。悪いがここで待っててくれ」
そう言って門番は、外壁沿いに座り込む人達の列を指差した。
なんか緊急性は無いっぽいな。
とはいえ、アナがそんな指示を聞くわけないので。
「〈氷の鎖〉」
アナは外壁の上に魔法陣を出すと、そこから伸びた氷の鎖は俺達を絡め取ると、そのまま上まで引っ張り上げた。
おお!こういう使い方もできるのか。
「おー!すごー!」
「あら〜」
「あ!ちょっと、困るよ!後でちゃんと手続きしに戻って来てくれよな!」
「分かりましたー!」
俺達は外壁の上に躍り出た。
そして俺達は目の当たりにした⋯⋯。
ドレスラードの街が。
スライムの大群で溢れている光景を!!
⋯⋯うん。これはアレだ。『スライムパニック』だ。
スライムパニック。
それは、ドレスラードの街で半年に1回の頻度で起こる、定期災害の事だ。
定期災害って何やねん⋯⋯。最初聞いた時は、そう思った。定期的にやってくる災害なので、そう呼ばれてるらしい。
このスライムパニックは、何処からともなく、スライムが大量に街に溢れる現象の事だ。出処は不明。原因も不明。周期は大体半年毎という、謎の現象⋯⋯。
俺はマリアさんをチラッと見た。
マリアさんは、ほぇ〜。という表情でこの光景を見ていた。ちょっと可愛い。
外壁から見下ろす街では、色々な人がスライムを捕獲して回っていた。
そして捕獲したスライムは1箇所にまとめられ、そのまま焼却処分される。残酷だと思うだろうが、仕方の無い事だ。このスライム達を放置すると、ドンドン数を増していき、最後には街を埋め尽くす程に増えるだろう。バイバインかな?
そんな訳で、捕まえたスライムは1匹残らず燃やすのだ。ショッギョ・ムッジョ。慈悲は無い。
さて、どうしよ。
俺達もスライムを、捕まえるべきなんだろうが。勇者が興味を示しているんだよなぁ。絶対ロクな事しないぞコイツ。
「うっわぁ。何これ初めて見るんだけど。ホントなにこれ」
「100年前はこういうの無かったのか?」
「ある訳ないじゃん。スライムなんて、ほっといても魔物の餌になるんだし。⋯⋯あっ、そうか。外壁で囲まれてるから、魔物に食べられないんだね。壁が悪いね壁が。全部ぶち壊そう」
「絶対にやめろ」
やっぱりロクな事にならなそうだ。このままここで見学してもいいかな。
「外壁に居座られると困るんで、下に降りてほしいんだが」
「⋯⋯はい」
外壁を警備している人に注意されてしまった。
俺達はそそくさと、外壁の内側にある階段を下りて行った。
下に降りると、そこは戦場の様だった。
「そっちに行ったぞ!!」
「おーい誰かこの隙間に入れる奴いるかー?」
「ギャー!まだトイレの中身入ってる!!」
「こっち来るなー!!!」
ひでぇ有様だ。前回もそうだったが、一体どこにこんな量隠れてたんだ?
この街の何処かに巨大コロニーでもあるのだろうか。
俺達は取り合えず宿を目指して歩き出した。
途中でスライムを捕まえ、所定の場所で行われている、焚き火にスライムを放り込む。鳴き声は無いのがせめてもの救いだな。
大分数が減って来たな。街の住人がスライムをジェノサイドしている為、スライムも息を潜め始めたか。
こうなると時間が掛かる。
スライムというのは個体差がある、まだ捕まっていないのは頭が回る個体だ。最初に捕まるのは人懐っこい個体。そういう個体から火に放り込まれる⋯⋯。悲しいな。
そんな事を考えてる間に、シャーリー亭へと辿り着いた。この辺はスライムが居ないな。
シャロが元気よく扉を開け。言った。
「ただいまー!!」
「シャロが自分の家族の元に戻る。その光景が、俺には少し羨ましく思えた⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯。
「勝手にモノローグしないでくれる?」
「てへっ」
はっ!俺だって元気よく言ってやるよ!
「ただいま!!」
俺達は宿に帰って来た。
たった1日だけだが。
随分と冒険した様な気分だ。
俺達は、暫くの間この勇者と共に過ごす事になるだろう。
それは期限付きの関係だ。
そう⋯⋯。
俺が彼女を殺す。
その日まで⋯⋯。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
もしよろしければ、評価+ブックマークをお願いします!




