173.さらば、始まり地
「ソラー。起きてー」
誰かに体を揺すられ、目を覚ます。
「⋯⋯シャロか。珍しいな部屋まで入ってくるなんて」
「何言ってるの?ここ、勇者さんの家でしょ?」
そういえばそうだった。
俺は今まで眠っていたソファーから、上半身を起こし伸びをする。んんー。くそ、このソファー、無駄に寝心地が良かった⋯⋯。持って帰ろうか⋯⋯。
そんな事を考えながら、昨日の夜の事を思い返す。
◆
昨日はあの後、シャロとマリアさんと共に吞んでいると、アナをからかう事に飽きた勇者が寄って来た。
「お、良いもん飲んでるね~。私にも頂戴」
「本の癖に飲めるのか?」
「飲めんが?お供え物的な感じで置いてくれればいいよ~」
「仕方ないな」
俺はコップに酒を注ぎ、本の前に置く。
すると、本の中の勇者は何処からともなく酒瓶を取り出し。呑み始めた。そういや、ポテチとかも出してたっけか。
グビグビ呑んで、「プハー」とやっている。魂だけでも酔えるのかな?
そしてアナが息を切らしながら、俺の隣に座った。
「クソ⋯⋯。何時か殺す⋯⋯⋯⋯」
めっちゃ物騒な事言ってる⋯⋯。
「ざんね~ん。私を殺すのはソラだけで~す」
⋯⋯⋯⋯!!??
それ言っていい奴なの?!
「お、お前!何言ってんだ!!」
「何って、その為に君をこの世界に呼んだって言わなかったっけ?」
「いや、言ったけど⋯⋯。3人はその事知らないんだし」
勇者は、あちゃーと自分のおでこをポンと叩いた。⋯⋯いや、コイツ知ってて言ったな?舌をペロッと出して斜め上を見ているし⋯⋯。ペコちゃんか?
「何でソラがアンタを殺すの?」
「ん~?そりゃあ、私を魂ごと殺せるのが、ソラだけなんだよ。お分かり?」
お分かり?じゃないんだよなぁ。そんな理由で、異世界に飛ばされた俺の身にもなってほしい。
アナが勇者を睨んでいる。そこには明確な敵意があった。肌がピリピリとしてきた、アナが魔力を放出して威圧している証拠だ。
俺にも思う所は有るが、勇者もなりふり構っていられなかったんだろう。
俺は日記を読んだからな⋯⋯。勇者の気持ちを少しは理解出来る。本当に少しだけだが。なので。
俺はアナの肩をガシッと掴み引き寄せる。今は空気を換える時だ。決して下心は無い。断じて無い!有る訳ねエだろ!ヒャッホー!!
「アナ。勇者何て忘れて一緒に呑もうぜ」
「え、え。わ、あぁ⋯⋯。の、吞むぅ⋯⋯」
アナも無事ちいかわ化した事だし。ココは乾杯の音頭を取るしかあるまい。
俺はコップを手に取り。言った。
「今日は色々あったが。100年の時を超えて出会った勇者に⋯⋯乾杯!」
「かんぱーい!」
「乾杯~」
「え、か、乾杯⋯⋯」
「へへ。何だよ君達。お姉さんを酔わせてどうしようっての?⋯⋯乾杯!」
その後は、皆で酒を呑みながら。勇者の冒険の話を聞いたり。俺達の冒険の話をしたりと。夜遅くまで、5人で語り明かした。
そして寝る時間になり。
3人は寝室に。
俺と勇者はリビングで寝る事になった。
何でそうなったかというと、酔った勇者がセクハラ発言しかしないからだ。本当にコイツはまごうことなきカス。
酔って寝たので、そのままテーブルの上に置く事となった。
「ソラは私達と一緒に寝ないの?」
アナの悪魔めいた誘惑の一言を鋼の精神で耐え。ソファーで寝る事にした。
⋯⋯⋯⋯くそ、やっぱり一緒に寝るべきだったか。
俺はソファーで横になりながら、そう思った。そしていつの間にか寝てしまった。グゥ⋯⋯Zzzz。
◇
昨日の夜の事を思い出し。俺は目を覚ました。
あー、そういえばそんな事があったな。そういえば勇者は⋯⋯。
テーブルの上に本が落ちていた。多分まだ寝てるな。魂の状態でも寝られるのか。
俺はシャロと一緒に朝食の準備を始めた。
流石に、泊りになるとは思って無かったからな。ストックしている料理を出すしかないか。
しまった。油っこい物しか残っていない⋯⋯。いけるか?シャロとマリアさんは問題ないとして、アナはきついか?出してみてから様子を見よう。
俺はテーブルに唐揚げを並べた。
⋯⋯朝から唐揚げは俺もキツイな。
しばらくして、2人が寝室から出て来た。
「おはようございます~」
「おは⋯⋯ざす⋯⋯zZZ」
相変わらずアナは寝起きが悪い。髪もライオンみたいになっている。仕方ないなー。
「〈清潔魔法〉」
「うわっ!お、おはよう」
「はいおはよう。朝ごはん出来てるから、食べたら街に帰るぞー」
そう。始まりの地を目指すという旅も、先代勇者という存在を見つけたので、終わりを迎えていた。
正直、これ以上ここに居てもやる事ないんだし、街に戻りながら、今後どうするのか話し合えばいい。
勇者はまだ寝てるのか、本を閉じたまま沈黙している。
そのうち起きるだろうから、放置でいいかな。
俺達は朝食を食べた。
やっぱり、朝から唐揚げは重かったか⋯⋯。
◇
「おっはよ〜!」
片付けをしていると、突然本が跳ね上がり勇者が目を覚ました。
この後の事を勇者に伝える。
「なあ、この後街に戻るんだけど、ついてくる感じ?」
「もっちろ〜ん。100年で世界がどれくらい変わったのか、見てみたいしね」
「分かった。じゃあ片付け終わったら出発するけど、持ってく物とかあるか?」
「大丈夫。あ、そうだ。これあげるよ。⋯⋯オェ」
勇者はそう言うと、本を下向きに変え、何かをドサドサ落とした。オェって⋯⋯。
見た感じ、何だか高そうな布。
それを見たアナは、目を見開き狼狽えた。
「この布ってまさか⋯⋯。アラクネの糸で編んだ布?」
「お、見ただけで分かるなんてやるね〜。昔見かけて捕まえた奴から、絞り取ったやつだよ。なんか個体名ある奴だったけど、名前なんだっけなぁ⋯⋯。まぁいいや、それあげるよ。好きに使いな〜」
アラクネといえば、蜘蛛に女の上半身がくっ付いてるアレか。見た目は高そうな布だが、そんなに違いがあるのか?
「アナちゃん。その布そんなに凄いのー?」
「うん、かなり。私の装備もアラクネの布で作ってるから、でもコレはそれ以上⋯⋯。ねえ、そのアラクネって白い見た目してる?」
「ん〜?あー、思い出した。そうだね、白かった。あと周りに黒いアラクネがいっぱい居たね」
ということは、ソイツはボス的な存在だったって訳か。⋯⋯アナさん?
アナは両手で目を覆い、天を仰いでいた。
「なんで⋯⋯、こんなふざけた奴が、そんな規格外な力を⋯⋯⋯⋯」
言いたいことは分かるがな。とはいえ、わざとそういう風にふざけてる感じするけども。
不意に本の中の、勇者と目が合う。
その目に感情は無く、まるで人形の様な目をしていた。
その目を見た俺は、背筋に冷たいものが走った。そして直ぐに勇者は、ふにゃっと顔を崩し、見慣れた表情に戻った。
何も言うなってことかな。この勇者闇が深すぎる⋯⋯。
⋯⋯。
「シャロ。これは売らないからな?」
「え!?なんで!!」
「貴重な布なら、自分達の装備にした方が良いだろ」
目が$マークになっていたシャロの目が元に戻る。
「アナが預かっていてくれ」
「⋯⋯分かった」
一旦アナに預かって貰って、使う時が来たら使おう。そういえば、デカイロックタートルの魔石代も預けてたっけ。この布を加工する時に使うか。
⋯⋯よし。もう何も無いな。
「それじゃ帰りますか」
「はーい!」
「うん」
「分かりました〜」
「返事くらい統一したら?」
「俺達はこれでいいんだよ」
部屋を出る時。
勇者が、ジッと部屋を見回していた。
勇者は何を思って、この部屋を作ったのんだろうか。
その答えを知る事は、出来ないだろう。
恐らく、それは勇者だけが胸に秘めてる秘密なんだろうな。
「やっぱり死ぬなら自分の家で死にたいじゃん?そういうコンセプトで作った」
「⋯⋯⋯⋯そっすか」
割とあっさり秘密を吐露した。
「ほら〜、みんなに遅れるよ〜」
「ハイハイ」
俺は3人の後を追い、勇者の家を出た。
「この家ともお別れだね。バイバイ」
勇者はその言葉を呟き。
生まれ故郷に似せて、作った部屋を後にした。
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