172.おおかわ
「お風呂上がったよー」
「よっしゃぁああああああ!!!」
「ッッッチ!!クソが!」
お風呂上がりで、ホカホカと湯気を漂わせた3人が、リビングへとやって来た。
俺は勇者との攻防を制したのだ。
3人のお風呂タイムは守られたのだ。
「え、なんでソラ。ボロボロなの?」
「えーっと。〈回復魔法〉」
マリアさんの回復魔法により、俺の身体は癒された。
このカス勇者⋯⋯、遠慮なく俺に電撃を浴びせてきやがった。
だが心配ご無用。そんな事で屈する俺ではない。
伊達に、アウラお嬢様の訓練を生き延びてないんだよ。
⋯⋯ふっ。大した事無いな、先代勇者と云う奴も。若干手加減されている感じはしたが。俺の勝利である事に変わりはない。
俺は勝利の余韻に浸りながら、風呂へと向かった。
◇
あー、久しぶりの湯船。というか、元の世界の湯船。
こっちの世界は、木で出来ているから、肌触りが大分違うんだよな。
やはり現代技術は偉大だ。
特に電気の存在が凄すぎる。無意識に使っていたが、先人達の技術にタダ乗りしていたんだなと実感する。
蛇口を捻ればお湯が出る。それすらもこの世界では、早々お目に掛かれない。
基本魔法で何とかなる世界だから、そういった技師が発展しないのかな?
「あ〜、いい湯だね〜」
そして何故か、勇者も当然の様に浸かっている。なんで居んの?
「なんで居んの?」
「なんでって、お風呂入りたいからに、決まってんじゃん」
答えになってない気がするが⋯⋯、いいのか本のまま浸かって。ふやけない?大丈夫?そう⋯⋯。
「本当は君にあげた、魔法の説明をしてあげようと思ってね〜」
そういえば何か、無理矢理上書きされたな。なんて名前だっけか⋯⋯、そうだ〈限界突破〉だったな。
なんの限界を突破してくれるんだろうか。今の所、俺の体に変化は感じ無いが⋯⋯。
「実際使ってみたら分かるよ」
「今ここで?全裸なんですけど」
「攻撃力のあるものじゃないから、平気だよ〜」
」
そこまで言うなら⋯⋯。俺は言われた通りに、新しい魔法の発動を意識した。
「〈限界突破〉!」
魔法が発動したが、魔法陣は現れず。
代わりに、ドス黒いオーラが体から溢れ出てきた。うっわぁ⋯⋯。
「えぇ⋯⋯、なにこれ。なんなのこれ」
試しに腕を上げると、オーラも後を追うようについてくる。あれ?割とカッコいいなこれ。
湯船から立ち上がると、それに従うように、ゆらゆらと体から立ちのぼる。そして、1部のオーラは股間も隠してくれた。す、すごい!便利だ!
「それさー。本人の持つ属性でオーラの色が変わるから、君だと真っ黒になっちゃうね。私は、全部の属性使えたから、虹色だったんだよね〜」
「へ〜。それで?コレが出てると、何が変わるんだ?」
俺は湯船の中に座り直し、勇者に問いかけた。まさか、オーラが出るだけじゃないだろうし、どんな効果があるのやら。
「効果はシンプルだよ。魔力の貯蔵と放出。それだけ」
「⋯⋯?それだけ?」
「そうだよ。あ、身体能力も少し上がるかな?もっと詳しく説明すると、魔力⋯⋯あー、まぁMPだね。それの上限を超えた分が貯蔵出来るって感じ。」
「上限を超えた分⋯⋯。つまり食没と同じ感じか」
「食没が何か知らないけど、多分そんな感じ。要は貯金しておいて、ここぞって時に散財できると。思ってればいいよ」
「何となく理解した。でもこれだと1日の溜まる量は少ないんじゃ⋯⋯」
「大丈夫大丈夫。MPが満タンでも魔力は作られ続けるから。余った分は本来、空気中に四散するんだけど、この魔法でそれを貯めとくことが出来るのよ。まぁ、貯めれる限度はあるけど、切り札としては十分過ぎるでしょ?」
なるほど。戦闘中にマナポーションを、飲むのが難しい場合もあるしな。いざって時の為に魔力を貯めておけば、切り札として使えるか。デメリットも無さそうだし。
「そうそう。そのオーラって意識すると自由に動かせるから。私は残量確認しやすい様に、左手に纏わせてたね」
動かせるのかコレ。あ、動いた。おほー。こういうのでいいんだよ、こういうので。
俺はオーラを動かし、色々な形に変えてみた。
マフラーみたいにして、ヒラヒラ動かしたり。額に集め、死ぬ気の炎風にしたり。片目に集めて⋯⋯見えねぇ。視界が塞がれたので目は却下で。
湯船に浸かりながら、色々やってみたが。結局は、勇者の様に左手に纏わせるのが、1番邪魔にならない。とりあえずはこれでいいかな。後々良いのを思いついたら、変えればいい。
⋯⋯にしても、少し長風呂し過ぎたな。
俺は湯船から上がり、風呂を出ることにした。もちろんオーラを使い、股間を隠すのも忘れずに。
「なに?隠す程小さいの?」
「やかましい。普通よりはあるわ」
勇者を無視して体を洗い、浴室を後にした。
◇
ウ、ウ・ワ・ワ・ウワァ。
コレが異世界パジャマパーティズか。
俺は思わずそう思った。
風呂から上がり、リビングに戻ると。
そこには、パジャマに着替えた3人が居た。
シャロは黄色、アナは水色、マリアさんは白色とそれぞれが、長袖長ズボンのパジャマを身にまとい、俺を待ち受けていた。
こんなん。なんか大きくてかわいいいやつやん。略しておおかわ。流行れ。
俺に遅れて、勇者もリビングに来ると一言。
「おー、可愛いじゃん」
「でしょー?」
「うんうん。おっぱい小さくても私は、気にしないよ〜」
「〈氷の鎖〉」
勇者がセクハラ発言をした瞬間。
空中に、青い魔法陣が浮かび上がり、そこから氷の鎖が、勇者目掛けて飛び出した。
氷の鎖は、本である勇者を絡め取ろうとしたが。突然本は消え。空振りした。
「あっはっはっはー。不意打ちするなら!呪文は口にしない方がいいよ〜」
アナの後ろで、クルクル回りながら勇者は高笑いをしていた。
コイツ瞬間移動したのか?いや、確かにいきなり現れるのは何度かやってたな。
とはいえ、呪文を唱えずに、移動したってことでいいのか?
聞いてみるか。
「今、無詠唱で移動したのか?」
「そだよ〜。んー?ああ、無詠唱知らない感じ?知りたいなら教えてあげるよ〜」
勇者はピタッと止まり。俺の肩に本の角を置いた。まるで肩に肘を置く様な仕草だ。
実際本の中の勇者は、そういうポーズをとっている。
教えると言われてもな。一応俺も使えるし。1回しか使ってないが。
「一応やり方くらいは知ってるよ」
「え?!ソラ知ってるの?なんで?」
アナは驚いてるが、貴女の戦いを見て気付いたんですよねぇ。
「ほら、この前。アウラお嬢様と戦ってる時に、呪文唱えずに使ってたろ?それで気付いた」
「あ、あれだけで⋯⋯。嘘でしょ⋯⋯」
何やら驚愕しているが、少し考えれば分かる事なんじゃないのか?
そこに勇者が口を挟む。
「この世界の人達にとって魔法っていうのは。魔法を使う時は、必ず手か道具を使って出す!呪文を唱える時は、ハッキリ滑舌良く声に出して!手を使わず、呪文も唱えずに魔法を出す?無理無理〜。そういう考え、というか常識があるんだよね。わかった?」
確かに、俺もアナから教わるまでは、魔法は手から出すものと思っていた。実際魔法を出すのに、手や武器を介する必要性は無い。
その考えが、すんなり受けいれられるのは、俺と勇者が元の世界にある漫画やアニメから、そういう知識を事前に得ていたからだろう。
この世界の常識がないからこそ、辿り着けたんだな。
勇者は続ける。
「まぁ、正直な話。コッチが説明してもピンとこない人は居るよ?ハンゾウがそうだったし。逆にヴァイスは最初から無詠唱使ってたんだよね。この辺は本人の才能的なやつだろうけど。無詠唱っていっても、威力が2割位落ちるから、ちゃんと戦う時は私でも呪文は唱えるよ。まっ、不意打ちなら無詠唱でもじゅうぶうおおおおおお!!」
勇者は喋ってる途中で、氷の鎖にグルグル巻にされた。アナさん⋯⋯。
「うん。確かに、不意打ちならこの方がいいね。私も少し自惚れてたかな」
「そうそう。自覚できることはいい事だ。今後も励たまえよちみ〜」
勇者は普通に瞬間移動で、抜け出してアナの目の前に現れる。
本のくせして、とんでもねえなコイツ。
⋯⋯ん?シャロとマリアさんが目を点にしている。話がとんでもなさ過ぎたか?
「シャロ。理解出来た?」
「うーん。魔法は手から出すもの。だよね?」
「そうだな」
「呪文も唱えないと、魔法は発動しないよね?」
「そうだな」
「じゃあ勇者さんの言ってる事、間違ってるんじゃない?」
そう⋯⋯なるかー。うーん。シャロには理解が難しいようだ。
「マリアさーん?」
マリアさんはニコッと微笑んだ。コッチもダメそうだ。
「言ったところで、理解出来る人は少ないからさ、ゆっくり覚えていきな〜」
勇者は、叩き落とそうとするアナの手を躱しながら、そう言った。
それもそうか。
時間はたっぷり有るんだ。
のんびり覚えていけばいいさ。
俺は〈収納魔法〉を無詠唱で唱えると、中から酒瓶を取りだしテーブルに置いた。
「風呂上がりだし、取り敢えず。呑むか」
「さんせーい!」
「何かおつまみは有りますか?」
「この!この!」
「へいへ〜い。そんなんじゃハエが止まるぜ〜」
2人は放っておこう。
〈限界突破〉=トリコの食没的なアレ。




