170.何も無かった⋯⋯。何も。
勇者の家で1泊する事になり、そのまま全員、だらけモードに移行していた。
シャロはソファーで横になり、マリアさんはちゃんと椅子に座り。アナは相変わらず俺の隣でピタリと体を寄せていた。
勇者は本の中で寝そべっている。
「それでさー、君達の冒険の話も聞きたいって訳〜」
「冒険ねぇ。勇者の冒険の旅に比べれば、大した事ないぞ?」
俺はもう勇者に対して敬語は使わない事にした。というか本人が、別にかしこまる必要はないと、言ったのでそうしている。
そんな中アナが声を上げる。
「先に1つ確認したい事が有るんだけどいい?」
「お、いいよ〜。どんどん聞いて〜」
「お前じゃない」
アナの勇者に対する、好感度が底辺まで来てる⋯⋯。勇者も本の中でガビーンと、文字を浮かべて衝撃を受けていた。便利ねソレ。
「私は、血濡れの魔女の生まれ変わり。ソラは異世界から来た。マリアさんは不死の加護持ち。⋯⋯シャロちゃん。もしかして貴女にも、何かあったりする?」
そう言えば、シャロのそういう話は、聞いた事ないか。親父さんからは、呪いの件で苦労したとは聞いたが。
ソファーに寝そべりながら、シャロが口を開く。
「んー?あたしは⋯⋯⋯⋯」
全員がシャロに注目する。
ソファーから、ガバッと起きて一言。
「⋯⋯あれ?あたしだけ何も無い??」
「よし。この話は終わりという事で」
「そうだね。ありがとうシャロちゃん」
「何も無いのが一番ですね~」
シャロに悲惨な過去など無かった。そりゃ悲惨な過去なんて、無い方がいい。無い方がいいんだが、シャロだけ普通だな。
シャロは、うんうん唸りながら絞り出そうとしている。別に無理して出す必要は無いんだけどな。
そして、「あっ」と言い。
「道に生えてるキノコ食べたら、3日間お腹壊した」
⋯⋯この娘はホントおバカ。道に生えてるキノコ食うなよ。
恐怖心が無いから、道に落ちてる物も怖くないってか?食い意地で死ぬのは勘弁願いたい。
シャロが言い訳を始めた。
「だってさー、よく食べるキノコと見た目一緒だったし。その頃あたしも小さかったし⋯⋯、お腹空いてたし⋯⋯。しかもお父さんとお母さんが、そのまま苦しめって言ったんだよ?ひどくなーい?」
「それは多分、拾い食いしたらこうなるぞって意味合いで言ったんだろ。実際、危険なキノコなら助けてたと思うぞ?」
「ヤバいね、この子」
勇者がゲラゲラ笑いだした。
まぁ、シャロは何でも食べるからな。道に落ちてる物は食べないでほしいが。
「それ以来、拾い食いはしてないからいいでしょー、もー!」
「今後もしないでくれ。腹減ったら俺に言う様に」
「ほんとー?じゃあ小腹空いた」
⋯⋯余計なこと言ってしまったな。
俺は〈収納魔法〉から、フライドポテトを取り出す。
「ほら、これでも食ってろ」
「わーい!」
シャロがソファーから立ち上がり、テーブルへと駆け寄ってくる。
こういう所が、シャロの良い所だな。食費は掛かるが⋯⋯。
フライドポテトを、美味しそうに食べるシャロを見ながらそう思った。
⋯⋯なんすかアナさん。
アナが俺に肩をグイグイ押し付けてくる。なんだ?アナも食べたいのかな?
俺はシャロからフライドポテトの入った皿を奪い取り、アナの目の前に置く。
アナは皿をシャロに押し返し、俺にくっ付いてきた。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯え、ホントなに?
勇者と外でなにがあったの?今まで、こんなにスキンシップが激しかった事なんてないのに、一体何をどうやったらこうなるの?
チラッと勇者を見ても、本の中で寝そべってマリアさんの胸を凝視していた。何してんだコイツ。
いやホント何してんのコイツ。
勇者がボソッと「デケー」と言ってるのが聞こえたがスルーしよう。
もういっそ直接聞いてみよう。
「アナ⋯⋯ど、どうかしたのか?」
「うん。ソラは私が守るからね。貴族が何かしてきたら言ってね?一族郎党皆殺しにするから」
めっちゃ物騒なこと言い出した。マジで勇者と何を話してたんだ⋯⋯。
「その時は⋯⋯お願いするよ⋯⋯」
「任せて」
⋯⋯ホントに任せて良いのだろうか。
「じわじわなぶり殺しにしてあげるからね?」
⋯⋯⋯⋯。
「なんでアンタの周りヤバい子しかいないの?」
俺が一番知りたいわ。
◇
陽も暮れ始めた頃。
お風呂に入る事になった。
一応別々で。
3人は異世界のお風呂は初めての為。
使い方を教える事になった。
「ココを捻るとお湯が出るんだよ。湯船は⋯⋯、貯めるのにちょっと待たないといけないから。溜まったら呼ぶよ」
「すごーい!なにこれー!」
「異世界には、こんなのが有るんだね⋯⋯」
「あたたかいですね~」
ふふ、3人は異世界の技術に驚いている様だな。
「いや、この家作ったの私だからね?」
「技術は既存のものだろ?」
「私の記憶の中から作ったから、そりゃそうなるね。もっとも、電気やガスじゃなくて。私の魔力で動かしてるんだけどね。感謝してよ?」
「ういっす、あざーっす」
俺はちゃんとお礼も言える男だ。自分の律義さに涙が出るね。痛ってぇ!!
いきなりビリっときた。勇者が電撃を俺に浴びせてきやがった。
「ファッ〇ュー!!」
中指を立てて、ファ〇クサインをしてきた。
このカス勇者め⋯⋯。
<お風呂が沸きました。
勇者と睨み合っていると、湯船にお湯が溜まったようだ。
⋯⋯ッチ。続きは今度だ。
「あ~ん?逃げんの?かなり弱体化した私相手に、尻尾巻いて逃げるんだ~?ザーコ」
こ、この野郎⋯⋯。何時か、わからせてやる。
「ソラー、お風呂入って来ていいの?」
「どうぞ!!」
シャロ、アナ、マリアさんはお風呂へと向かった。
勇者も向かった。⋯⋯待てい。
「その手を離せよ」
「てめえ何処行く気だ」
「お風呂だけど?」
「行かせると思うか?」
勇者は、魔法陣を展開。そこから放たれる電撃は正確に俺の身体を捉えた。
バチッという音と共に俺の身体に電流が走る。
「ぐうっ!」
さっき受けた電撃よりも遥かに強い一撃。身動きを封じるような、そんな一撃だった。
電撃を受けた俺は、一瞬手を離しそうになった。
だが俺は寸前の所で踏みとどまる。3人の裸を見せてたまるか⋯⋯!!
俺は気力を振り絞り、本を掴む手に力を込める。
へへ、悪りいな勇者⋯⋯。お前は俺と一緒に居て貰う。
俺だって見たいんだよ!!お前だけいい思いさせてたまるか!!
俺と勇者の攻防は、3人がお風呂から上がるまで続いた。
シャロに悲惨な過去は一切ありません。




