168.私の我儘
私が⋯⋯。
血濡れの魔女本人の、生まれ変わり。
今まで散々言われ続けてきた。
それが本当の事だと。
勇者本人の口から告げられた。
この女は何を思ってこんな事実を告げたのだろうか⋯⋯。
ハッキリ言って、「正気か?」と思った。
今まで散々血濡れの魔女という、過去の亡霊に苦しめられた身としては。
本当の血濡れの魔女は、物語の中の人物とはかけ離れていた。
その事実だけでも良かった。
なのに、この勇者はそれを台無しにする様に、お前は本当に生まれ変わりなんだと告げて来た。
今私の頭の中は、混乱している。
私の前世が血濡れの魔女で、実際に愛する者を奪われ、死んだ存在だと。
ソラが死んだら云々考えていたが。覚えていないだけで、別の人間でそれを経験している。
今までで一番「コイツ何なの?」という思いが強く浮かんでいた。
そんな私の思いを読んだ、勇者が口を開く。
「いやーごめんごめん。ぶっちゃけ私の我儘なんだよね。君がヴァイスの生まれ変わりだって、気づかなければこんな事しなかったし。ヴァイスの記憶も見ることなんてなかったんだよね~」
「⋯⋯ハッキリ言って、かなり無責任な行動だったと思いますよ?」
「自分でもそれ位、分かってるって~。しょうがないじゃん、理屈じゃないの。突然ヴァイスの生まれ変わりが、目の前に現れたんだから。止められなかったんだよ~」
「私がこの事実を知って、変な気を起こしたらどうしてたんですか?」
そうだ、もしもこの事をしって、血濡れの魔女として。世界に復讐を考えていたら、この勇者はどうしていたのだろうか。
「それはないでしょ」
勇者はあっさりと否定した。
「なんでですか?」
「決まってるじゃん。君にはソラが居るでしょ?それに仲間も居る。なら大丈夫」
そう言った勇者の顔は、確信を持っていた。
⋯⋯そう。そうね。彼女は知っているんだ。
仲間という存在が、どれほど大きいのかを。
これ以上、勇者を責めても仕方ない気がして来た。
ソラと仲間が居るから大丈夫と言われたが、彼女なりにそう思える確信があったのだろうか。
⋯⋯まさか。
いや、そんな筈は無いと思う。
シロとブランという2人の人物。
ソラは別の世界から来た。
でも、シャロちゃんとマリアさんは、この世界で生まれ育った⋯⋯。
「もしかして。シャロちゃんとマリアさんが、シロとブランって人の生まれ変わりなんですか?」
「全然違うけど?」
「違うんかい!!」
思わず声が荒ぶる。
自分の中でそう確信して、覚悟を決めたのに⋯⋯。なんかすごく恥ずかしい気がして来た。
「家の中に居る2人に関しては、私は何も知らないよ。あー、マリアって子が『不死』の祝福持ってるから、大変だよね~とは思うけど」
⋯⋯またとんでもない爆弾を平気で、投げて来た。
マリアさんが不死?国が幽閉して、管理するのが当然の、あの加護の不死?
次から次へと新事実が溢れて来て、私の頭がパンクしそう⋯⋯。
というか思ってた以上に、問題を抱えた人が多すぎる⋯⋯。
もしかして、シャロちゃんも何かある?
や、やめてね?信じてるからね?
「いやー。まさか、私がこの世界に呼んだ子と一緒に来るんだもん。そりゃビビるよね」
「ビビったで済ませる気ですか?」
「さっきからウルサイなー。死にゆく勇者の終活に、付き合ってあげようと思わないわけ?」
「終活?異世界の風習なんて、私に分かるわけないじゃないですか」
私がそう言うと、勇者は空高く舞い上がり。捨て台詞を吐いた。
「ハイハイ、私が悪かったですよ~。少し頭冷やしてくるから、先に家の中入ってなー」
「あ!ちょっと!⋯⋯もう!」
勇者は本のまま、何処かへ飛んでいってしまった。
あの状態で魔物に襲われたらどうするんだろ。
腐っても元勇者なんだし、心配するだけ無駄ね⋯⋯。
⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
ど、どうしよう。
怒った感じで、外に出ちゃったから戻りづらい。
そういえば。ヴァイスさんの記憶でも、動く髪をシロさんに受け入れてもらえたんだっけ。
私も、初めてソラと会った時。髪が奇麗だって言ってくれた。
こんな所で共通点があるなんてね。
そう思うと、この出会いは必然だったのかもしれない。
もしも、その終わりも一緒だというのなら。
そうならない様に、必ず守ってみせる。
私はアナスタシア・ベールイ。
そう、私は『血濡れの魔女』
その名の通りに、この身が血に濡れようと、大事な人達を守ってみせる。
私は一呼吸し。
勇者の家の扉を開いた。
最初に言う言葉は決まってる。
「ただいま!」
ソラと仲間達が居る。
その場所が、私の帰る場所なのだから。
◇
やべぇよ。
アナが怒って出て行ってしまった。
シャロとマリアさんは大丈夫だと言っているが、俺にはそう思えない。
下手したらこのまま死ぞ?
一応、勇者がフォローに行ったが。あの勇者だからな⋯⋯。あんまり期待できそうにないよな。
しばらくの間、テーブルで頭を抱えている俺を他所に、シャロとマリアさんがキッチンを漁りだした。
おいおい、一応人の家だぞ?食材があっても、100年物しか出て来ないぞ?
「なにしてんの?」
「んー?ご飯の準備しようかなーって」
「勇者様も、お腹を空かせているかもしれませんからね」
全く、その位この俺が用意していないとでも思ってんのか?
俺は〈収納魔法〉から、前日に作っておいた。サンドウィッチと、適当に摘めるおかずを取りだした。
「昼飯はもう用意してあるぞ」
「おおー、さすがー」
「わぁ、美味しそうですね!」
「食べるのは、2人が戻って来てからだぞ?」
俺の用意したお弁当を目の当たりにした2人は、サッサとキッチンから離れ席に着いた。
あとはアナと勇者が、帰ってくるのを待つだけだが⋯⋯。
それから暫くして、部屋に備え付けられている時計を見ると、アナが出ていってから30分は経っていた。
その時。
「ただいま!」
玄関から元気な声で聞こえてきた。




