17.アナスタシア
覚えている一番古い記憶は、教会だった。
教会では、5歳になった時に[自分の属性]と[加護]の有無を調べる為に、鑑定を行う必要がある。
私は生まれつき、髪の色が薄い桃色をしていた。
両親は気にしなくていいと言っていた気がする。
今では顔も思い出せないけど⋯⋯。
そう言っていた気がする。
あの日、教会に行くまでは。
教会に着いた私が鑑定を受け。
自分の属性を知った時の、周りの顔は忘れない。
両親からの驚愕と不信の眼差し。
5歳の私は周りの異様な空気に怯えていた。
その日から、私の生活は一変した。
両親は、私を教会の孤児院に引き渡した。
私は泣いて嫌がったが。
振り返りもせずに離れていく、両親の背中だけが記憶に鮮明に残っていた。
⋯⋯どうして私を置いていくの?
それからの私は、教会の孤児院内にある、天井付近に窓のある小屋の中で、日々を送った。
一日に2度の食事と、読み書きを教えてくれる先生。
必要最低限の知識だけを教えてくれた。
最初の内は毎晩泣いていた。
なんで?お父さんとお母さんは私をおいていったのか、何か悪いことをしてしまったんじゃないか。
誰も教えてくれない。
先生に何度聞いても、答えをはぐらかされた。
あの日、教会に行った時。
頭の中に響いた声が教えてくれた魔法を思い出し、唱えた。
「〈氷柱〉」
床から氷の柱が現れた。
冷たく。
透き通った、奇麗な氷の柱。
やる事の無かった私は、何度も呪文を唱えた。
そうすると、気を失う様に眠る事が出来る⋯⋯。
そうして眠っている時だけが、私にとっての安らぎの時間だった。
夢の中だけでも、お父さんとお母さんに会う事ができた。
私だけの時間。
誰にも邪魔されない⋯⋯、私だけの。
それから、どれ位の時間が経ったのだろうか。
先生は、あの日から2年経ったと言っていた。
文字を読めるようになってからは、先生の持ってくる本を、読む位しかやることがなかった。
内容は、囚われの姫を王子が救う物語。
子供心に胸がトキメク物語だった。
私にも何時か、そんな人が来てくれるのだろうか⋯⋯。
その間もやる事が無くなれば、〈氷柱〉を唱え続ける。
何時しか〈氷柱〉で出した氷が、薄く色を帯び始めてきた。
気付けば私は10歳になっていたらしい。
らしいというのも正確な日時が分からない。
先生がそう言っていたから、10歳になったのだと思った。
そのころには私が出す氷の色は髪の色と同じ、薄桃色になっていた。
私の髪の色と同じ色。
ふと思う。
この氷だけは、私を裏切らないのだろうと。
私が死ぬ、その時まで側に居てくれるのだと。
ずっと一緒⋯⋯私だけの氷。
それから月日が経ち。
私は15になった。
先生が決まりだからと言って、急に小屋の外に出されたが、私は困惑した。
10年間小屋の中に居た私は、外の眩しさに目が眩んだ。
ああ、外はこんな感じだったか。
特に外に出れた嬉しさなどは無かった。
私が思ったのは、日の光が眩しい。
空気の匂いが違う、位だろうか。
先生が言った。
「これからは好きに生きなさい」
前々からそれとなく、話は聞いていたので驚きは無かった。
先生から幾ばくかのお金と、必要な装備を渡された。
「私にはこれ位しか出来ない。
弱い私をどうか許して」
そう言った先生は涙を流しながら抱き締めてくれた。
その頃には、私がなぜ小屋に押し込まれていたのか理由は分かっていた。
100年前に居た[血濡れの魔女]。
そいつが死の間際に放った言葉。
生まれ変わっても、世界を憎み続ける。
そんな事を言ったのが原因だった。
教会側はそれを本気にしていたのか、特徴がそっくりな私を隔離し、10年間様子を見たうえで問題なしと判断した様だ。
その後は孤児院の規則通り、15になると追い出され1人で生きていかなきゃいけない。
私が10年間閉じ込められていた理由は理解したが、血濡れの魔女は私と同じ薄桃色の髪の毛に氷の魔法を使う。
両親が私を捨てた理由は、そんなバカみたいな理由だった。
本当に、バカみたい⋯⋯。
これからどうしようか⋯⋯。
今更両親の下に帰った所で、歓迎などされるわけもないし。
だからと言ってどこかに、住み込みで働けるわけでもなさそうだ。
どうしよう⋯⋯。
冒険者なら、誰でもなれるんだっけ?
⋯⋯それ以外の選択肢は無いよね。
その日のうちに冒険者ギルドへ向かった。
10年も小屋の中に居たせいか、街の中の移動は苦労した。
先生がくれたローブのフードを目深にかぶり、髪が見えないようにした。
念の為、そうするようにと先生が教えてくれた。
さらに念を入れて、予め髪も短めに切っておいたので、そう簡単にはバレないと思う。
街を歩いている私の目の前を、色々な人が行き来している。
この10年でまともに話したのは先生位しかいない。
うまく話せるよね?不安が胸を支配していく。
⋯⋯特にトラブルも無く、簡単に登録を終える事が出来た。
一応暫くは暮らせる位の額を先生から貰っていたが限りがある。
[銅]ランクの街の雑用の依頼を受けて生活していこうと思った。
問題が発生した。
原因は私の見た目だった。
髪の色を見ただけで大抵の人が嫌な顔をする。
氷の魔法を使おうものならそれだけで、追い返される。
私が思っている以上にこの世界はクソだった。
私は街の依頼を避け。魔物を討伐する事を選んだ。
ホーンラビットやゴブリンも〈氷柱〉で簡単に殺せた。
この頃には、何十発撃とうが気を失う事も無くなっていた。
そんな生活を続けていると、レベルも上がり色々な氷の魔法を覚える事が出来た。
新しい魔法を覚える度に、一段強い魔物を狩る様にしていたら、いつの間にか[鉄]ランクに上がっていた。
更に[鉄]ランクの依頼の中でも、危険な部類の魔物を狩り続けている内に[銀]ランク。
[金]ランクへと1年程で上がって行った。
その頃からだろうか。
何時しか私は周りから、恐れられ始めていた。
今まで私の事を血濡れなどと呼んでいた人間は、私の名前をさん付けで呼ぶようになり。
物を売ってくれなかった商人も、ペコペコと頭を下げるようになっていた。
そうか⋯⋯、力があれば誰も私をバカにしないんだ。
その事に気づいた私は、[白金]ランクを目指すことにした。
[白金]ランクの条件。
1・単独でのドラゴン種の討伐。
2・高難易度指定の素材を納品。
3・3名以上の貴族領主の推薦状。
上記の3つを満たす者のみが[白金]ランクの称号を得ることが出来る。
1と2はほぼセットの様な物で、ドラゴンを倒してその素材を収めればいいので、1を達成した時点で2も同時に達成したことになる。
なので実質2つの条件を満たせばいい。
貴族の推薦状もドラゴンの死体を目の前に出せばいいかな。
推薦状を貰えないなら、暴れてしまえばいいかと考えていた。
ドラゴン種の討伐には、自分と同じ属性のブリザードドラゴンを狩る事にした。
理由は、その時滞在していた街に一番近いのがソイツだった。
正直死ぬかと思った。
分かっていたことだけども氷の魔法の効きが弱い為、倒すのに時間がかかった。
面倒くさがらずに、もう少し楽なのを選べばよかった⋯⋯。
それでも私は1人で、ブリザードドラゴンを倒した。
その姿は血に塗れていただろう。
かなりギリギリの戦いだったので、よく覚えていない。
その後、3人の貴族にドラゴンの死体を見せ推薦状を貰った。
あとは、ドラゴンの死体をギルドに納め、[白金]ランクの条件を達成した。
それからしばらくして。
冒険者ギルドはアナスタシア=ベールイを[白金]ランクに認定した。
ベールイと云うのは国から私個人に与えられた家名だ。
[白金]ランクになる冒険者は家名を持つことを許される。
家名を持つのは[白金]ランクの冒険者か貴族だけだそうだ。
商人なんかは自身の店の名前を家名の様に使うとかなんとか。
まぁどうでもいいことか。
それからの生活は一変した。
皆が私を避けるように、怯えるようになった。
中には本物の血濡れの魔女の、生まれ変わりだという人もいた。
正直、それでも構わないと思った。
◇
それからさらに1年が経ち。
私は1人の男性との出会いを迎えた。
私が普段使っている杖を作ってくれた、ヴィーシュさんの店に、依頼されていた鉱石を届けに行った時の事だった。
本当はギルドに渡すだけでも良いのだけど。
何故かその日は直接、持って行きたくなった。
本当に只の気まぐれの思い付きだった。
そして私は店の扉を開けた。
店に入ると1人の男性が中に居た。
「えーっと。貴方は新しい店員さん?」
ヴィーシュさんと、カルマンさんなら知っているが、その両方が店に居ない。
念の為に、新しい店員かどうかの確認をすることにした。
「あ、いえ。俺は今ヴィーシュさんに剣を研いでもらっている者です」
私が声を掛けたからなのか、少しビクッとしてから答えてくれた。
この人はお客さんなのか⋯⋯。
「そうなんだ。結構時間かかる感じかな?」
私と店に2人っきりだと、怯えてしまうだろうから、戻ってくる時間を確認しておかないと。
「えーっと、さっき裏に引っ込んだので暫くかかると思います」
そう言うと彼は、何故か私の目をじっと見つめて来た。
へー。皆自分から目を反らすのに、根性ある人なのかな?そんな事を思っていた。
⋯⋯あれ?
「君。髪の毛真っ黒なんだね」
彼の目をじっと見つめていたから気付くのが遅れたが、黒い髪なんて珍しい。
黒い髪は珍しいけど、私みたいな目に合う事は無いだろうから、少しうらやましいな。
「私も、君みたいな色の髪色だったら良かったんだけどね」
思わずそう呟いてしまい、直ぐにごまかす様に微笑んだ。
困らせてしまっただろうか。
「俺は、貴方の髪の方がキレイだと思いますよ」
ドキリとした。
思わず目に力が入る。
キレイ?私の髪が?街の皆は薄気味悪く思っている私の髪を?なんで?わからない。
思わず髪を手で弄ってしまう。
「キレイ⋯⋯か。本当に?」
私が怖いから咄嗟に嘘を言ったのだろうと思い、確認の為そう聞いてみた。
「もちろん」
彼は、私の目を真っ直ぐ見つめ答えた。
「⋯⋯なら。この髪⋯⋯触れる?」
自身の髪を一束分、手で掬い彼に向けて差し出した。
私は知っている。
街の人達は、私の髪に触れると血を吸われると思っていることを。
この人だって、私がこう言えばきっと躊躇うだろう。
「じゃあお言葉に甘えて」
⋯⋯あっさりと触られた。
思いもよらない行動に驚いてしまった。
「す、すいません!あまりにもキレイだったので思わず触ってしまって⋯⋯」
「⋯⋯え?あぁ、ううん。大丈夫だよ。気にしないで」
私は必死に取り繕う。
今までこんな事は無かった。
先生ですら、私の髪に触れた事は無い。
髪を伸ばし始めたのも、冒険者になってからだし。
それまでは、割と短めに切る様にしていた。
「君⋯⋯名前はなんて言うの?」
気づけば言葉が漏れていた。
「俺はソラ。[銅]ランクの冒険者やってます。まだ駆け出しだけども⋯⋯」
⋯⋯ソラか。同じ冒険者なんだ。
「私の名前はアナスタシア。アナって呼んでね」
直ぐに私も自分の名前を名乗った。
かつて両親から呼ばれていた、愛称も付け加えて⋯⋯。
「それと、敬語も使わなくていいよ。私がそうしたいから」
続けてそう告げる、何故だかそう思った。
「あ、はい。わかり⋯⋯わかった」
私のお願いに彼も応えてくれた。
「うん。ねぇソラお願いがあるんだけど。」
なんだか顔が熱い気がする
「ヴィーシュさんまだ時間かかるだろうし、これ渡しておいてもらっていいかな?」
変だな⋯⋯なんだか顔がどんどん熱くなる。
そんな気がする。
「なるほど、わかった。⋯⋯代わりに渡すのは良いけど、俺を信用していいの?」
「大丈夫だよ。君ならちゃんと渡してくれるでしょ?」
そんな事を聞いてきた彼だが。私は何故だか彼を信用してもいいと思えていた。
「⋯⋯渡しますが」
彼の答えは私の予想していた通りだった。
顔が熱い。
ヴィーシュさんへの荷物を渡して、私は店の扉に向かう。
フー。
呼吸を整え。
「ソラ。またね」
それだけ言って店を出る。
うまく笑えただろうか。
店を出て街を歩きながら、ソラとのやり取りを思い出す。
あぁ、なんだか変な感じ。
顔がポカポカする。
鼓動も早い。ブリザードドラゴンと戦った時でもこんなにドキドキはしなかった。
そういえば。
ピタリと足を止め。ある事を思い出す。
一年くらい前だったか、別の街で占いを受けた事があったっけ。
その時の記憶を思い出す。