167.その魂の記憶は誰のもの
気付けば、草原に戻っていた。
勇者が見せた記憶。
それは、血濡れの魔女と呼ばれた女性の記憶。
自然と涙が零れる。
誰かが残した話とは大違い。
彼女は世界を恨んでなんかいなかった。
愛する者を理不尽に奪われた。ただの被害者だった。
仲間である勇者と戦うなんて、あるはずが無かった。
それでも、彼女の行った所業は許され無いのかもしれない。
もしも、私が同じ立場だったのなら。
恐らく同じ事を⋯⋯、ううん。それ以上の事をしたと思う。
愛する者を2人も奪われ、正気でいられる自信が無い。
⋯⋯ソラが死ぬのを、想像しただけで胸が苦しくなる。
目の前に居る勇者は、何も喋らない。
彼女は何を思い、私にこの記憶を見せたのだろうか。
彼女が見たくないと、言った意味は分かった。
こんな記憶。見ていて気分の良いものではない。
血濡れの魔女の生まれ変わりだと言われた、私に。彼女は何を思うのだろうか。
彼女は言った。
貴女は知っておくべき記憶だと。
確かにその通りだった。
今まであった、血濡れの魔女と呼ばれた女性に対する恨みは消えていた。
彼女のせいで、両親と別れ離れになって。辛い経験を沢山した。
私は⋯⋯。どうしたら良いんだろうか。
彼女の事を許したとて、この事実を知る者は私と勇者の2人しか居ない。
誰かに話す事は今後無いだろう。
きっとそれが一番良いと思えた。
どうせ誰も信じてはくれない。
秘密を打ち明けてくれた、ソラには申し訳ないが、この事は話せない。
勇者もそのつもりで、私にだけこの記憶を見せたんだと思う。
勇者は、この記憶を見て何を思うのだろうか。
その答えは直ぐに帰った来た。
「⋯⋯うぅぅああああ!ごめんなさい!私があの時、2人に守りの魔法を掛けていれば!無理矢理にでも王都に来るように言っていれば!もっと、2人の様子に気を配っていれば!ヴァイスが死ぬ事は無かった!シロさんも!ブランも!私が、私が誰も守れなかったから⋯⋯。ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい⋯⋯⋯⋯」
本の中で、泣き崩れる勇者が居た。
彼女はずっとこの事を、胸に抱きながら生きて来たのだろう。
勇者である重荷を背負い。
友である仲間を守る事が出来なかった。
その全ての責任を自分のせいにして⋯⋯。
勇者という称号の重さを。私はその時初めて知った。
異世界から来た彼女が、この世界の為に命を賭ける理由は無いというのに。
もしかしたら、ソラも同じような事を思っているのかもしれない。
もし、そうなった時。私は。
周りが私を、血濡れの魔女と呼ぶのなら。
私は、ソラの為に。
この身が血に濡れてもいい。
⋯⋯いや、ダメかな。きっとソラはそんな事望んだりしない。
ソラは、きっと自分が傷付く道を選ぶと思う。
それなら私のやることは決まった。
ソラ、シャロちゃん、マリアさんの傍に居て守ろう。
私は、[白金]ランクの冒険者。
『血濡れの魔女』アナスタシアなのだから。
◇
勇者が泣き止むまで暫く掛かった。
その間、3人がこちらの様子を見に来ることはなかった。
多分、勇者が来るな。とでも言ったのかな?
私も飛び出す感じで、出てきちゃったし⋯⋯。
泣き止んだ勇者が口を開く
「いやー、ごめんね〜。普段は泣いたりしないんだけどね〜。流石にヴァイスの記憶を見るとね。込み上げてくるよね。それにしても惜しいな〜。肉体が有れば、君のオッパイに顔を埋めて、泣き止むことが出来たのに。残念」
「⋯⋯⋯⋯ハァ。それは残念でしたね。それよりも。貴女の目的は達成出来ましたね?私はヴァイスという、女性への恨みが薄れました。恨みが完全に無くなったと言えませんから」
「⋯⋯え?恨み?目的は違うけど?」
⋯⋯え。
じゃあ何でこの人は、あの記憶を見せたの?もしかしてその場のノリ?
⋯⋯やりかねない。
短い時間だけど、この勇者はそういう事をすると思う。逆に納得してしまうと思う。
だが、この後勇者から語られた話は、その予想を遥かに超えるものだった。
「君は死んだ人間がどうなるか知ってる?」
」
なんだか急に、訳の分からない事を言い出した。
死んだらどうなるか⋯⋯。そんな事、分かるはずがない。
分からないからこそ、皆死ぬのが怖いんだと思う。
だから答えなんて決まっている。
「分かりません」
「だよねー!正解は、死んだら別の人間に生まれ変わるでした〜」
⋯⋯やけにあっさりと言ったね。
死んだら別の人間に生まれ変わる?
うーん。言葉の意味は理解出来るけど⋯⋯。納得しろと言われたら、納得出来ない気もする。
だって、私の記憶の中には、死ぬ前の人間の記憶が無いのだから。
そんな私の考えを読んだのか。
勇者は、本の中で何やら絵を描き始めた。
⋯⋯絵が下手すぎる。
大きな輪っかを1つ。そして小さい丸を無数に書き出した。
そのうちの一つ、丸い物にしっぽの生えた絵に『魂』と書かれており。その隣には人型の何かを書き足し、『転生体』と書き加えた。
「はい。それじゃ説明するね。まず、この世界の人間は、死ぬと魂となってある場所に集められます。その場所が何処かは分からない。多分次元が違う何処か。それで、集められた場所から、また新しい命となってこの世界に産み落とされるの」
勇者の言葉が。どこまで本当か分からない。分からないが、死んでまた生き返るのなら、それは実質不死の様なモノなのでは、無いだろうか。
そう思ったが、勇者は否定する。
「生き返ると言っても、それはもう全く別の存在だよ。記憶も容姿も考え方だって異なる、全く新しい人間。それだと、今いる自分自身と同じとは、言えないよね?」
「確かに⋯⋯。つまり私も、元は別の誰かの魂だったって事ですか?」
「その通り。とは言え、全くの別人になるけど、ある部分は引き継がれるの」
「ある部分?」
記憶や容姿、考え方まで違う別人になるのに、他に引き継ぐものなんてあるのだろうか。
「それはズバリ。魂に刻まれた魔法の力。君は若くして、最高峰の力を手にしているよね。この世界には、そういった人間が沢山居る。生まれ持った才能と言ってもいい。努力で手に入ったと言っても限界はあるし、その力の使い方を、何となくで理解出来たりする。それは何故か。自分の魂が知っているから」
そこまで言うと、箪笥?の様な物を書き出した。
「一々人の描くものに疑問浮かべるのやめなー?下手でも伝われば良いでしょ!」
本の中でペンを地面に叩き付け、勇者は続ける。
「単純に鍵の付いた、箪笥だとでも思えばいいのよ。ある程度修練を積めば箪笥の鍵が開き、その中にある魂に刻まれた知識を手にすることが出来る。君も経験あるでしょ?頭の中で何かの枷が外れる、あの感覚が。急にその力が使えるようになる、あの感覚」
⋯⋯確かに。何度もある。色々な魔物と戦い、死ぬ様な目にも何度もあってきた。でもその度に、頭の中で何かが外れる感じがした。レベルや新しい魔法を覚える時とは違うあの感覚。まるで今までその事を知っていたかの様に。
私はそれを、枷が外れると表現していた。
「そう。それが唯一引き継がれるもの。何度も繰り返し、転生し続けた魂はより強くなる。次の人生を少しでも、長く生きる事が出来るように。その力は魔力の属性となって生き続ける」
魔力の属性⋯⋯。そうか、何度も繰り返し教えるのなら、毎回違う属性だと効率が悪い。特定の1つや或いは、2つ3つに絞って教えた方が効率が良い。
そう、効率が良い。
1つなら尚のこと⋯⋯。
その1点に、集中するだけで良い。
私の属性は氷。
それは、ヴァイスと同じ属性。
私は今まで言われてきた。
「お前は、血濡れの魔女の生まれ代わり」だと。
勇者が口を開く。
「そうだよ。君に宿る元の魂はヴァイスと同じ」
「だから⋯⋯。君にだけは、知っていて欲しい記憶だったんだよ」




