164.君にだけは、知っていて欲しい記憶
「ソラは⋯⋯。絶対に渡しません。私のモノです」
私は目の前で、宙に浮いている本に向かって、そう言いきった。
「お、言うね〜。いいよ〜私のモノじゃないんだし〜。好きにしな〜」
そう言うと本は私の周りを、クルクル回り出した。⋯⋯何をしているんだろうか。
「それでさ〜。おっぱいちゃんに、私個人から話しがあるんだよね」
お、おっぱいちゃん?!この人?は私の事をなんて呼び名で呼んでるの?!
すぐに訂正させる為に名乗った。
「アナスタシアです。おっぱいちゃんじゃありません」
「アナスタシアね〜、いやでもマジおっきいからさ〜。」
そう言いながら、今度は斜めにクルクル回り出した。
もしかして、私の胸をいろんな角度から見てる?この人本当に勇者なの?
「それで、話ってなんですか?」
「おお、そうだったね。でも一応念の為に。鑑定魔法。⋯⋯⋯⋯うん、やっぱりそうだよね。これも運命ってやつかな?」
⋯⋯?
勝手に1人で納得しているけど、何が運命なのか、私には検討がつかない。
その時。
本はピタリと私の目の前に止まり。
それと同時に、無数の魔法陣が私達の周囲を取り囲んだ。
「なっ!?いつの間に!!」
「ごめんね〜。君には知っておいて欲しい記憶があってさ〜。この魔法の発動は結構集中しなきゃいけないからさ、少し大人しくしてね?」
知っておいて欲しい記憶?なにそれ?いやそれよりも、直ぐにこの場を離れないと⋯⋯。体が動かない。さっきは出せたのに、声も出せなくなっている。いつの間にこんな拘束を。
私は目だけで、本を睨んだ。
「そんな怒んないでよ〜。危害は加えないからさ。気楽な気持ちで見てきて〜。それじゃあ、行ってらっしゃーい」
目の前が光に包まれた。
******
光が落ち着くと、見知らぬ場所に立っていた。
何処ここ⋯⋯、ってうわっ。
自分の体を見て驚いた。
自分の体がうっすら透けているのだ。手の平から地面が、うっすらと見ることが出来るほどに。
何が起きたの⋯⋯。
あの本が使った魔法のせいなのは分かる。分かるけど⋯⋯。今のこの状況を説明する、答えにはなっていない。
「やほー」
目の前の空中に、小さい人が現れた。
小さい人というか、小さい勇者が現れた。
「それではお客様には、ある人物の記憶の旅に出発してもらいまーす」
ある人物の記憶の旅?なにそれ。
そこで誰かの声が聞こえてきた。
「ねえ、アンタが勇者様なわけ?」
「え!?あ、は、はい⋯⋯そそ、そうです」
「⋯⋯なんか弱そうね。本当に勇者様なの?」
「はいぃ、一応⋯⋯」
声の聞こえた方向を見ると、そこには2人の女性が居た。
片方は灰色の髪のスラットした女性。
もう一方は、黒髪の小柄な女の子。
その長い前髪は目元を隠すようにしていた。
終始オドオドしており、ハッキリ言って、弱そう。という言葉通りの見た目だった。
女性は続ける。
「勇者様って事は、強いんだよね?私と勝負してくれない?」
どうやら勇者と名乗る女の子に、ケンカを売っているようだ。
「え、嫌です⋯⋯」
「ふーん。なんで嫌なの?」
「わ、私の方が強いから⋯⋯」
「⋯⋯カカカカ!面白い事言うねぇ!なら無理矢理いかせてもらうよ!」
そこからの光景は酷いものだった。
勇者と名乗る女の子は。徹底的に距離を取りながら、無数の魔力の弾丸をあらゆる角度で、女性に打ち込み続けた。
近付けば距離を取り、魔法を放てば弱点の属性で打ち消し、再度魔力の弾丸を浴びせる。終始気の毒な程に完封されていた。
女性は、地面にうつ伏せのまま、絞り出すように言い放った。
「や、やるじゃない⋯⋯」
そしてそのまま動かなくなった。
そこに、子供を背中に背負った、1人の男性が駆け寄ってきた。
「うわああああ!すいません!すいません!どうか妻と子供の命だけは見逃してくださいぃぃ!」
女性の傍で地面に頭を擦り付けながら、命乞いを始めた。
「えぇ⋯⋯。あの、殺すつもりは無いんですけど⋯⋯」
「ほ、本当ですか?!ありがとうございます!ありがとうございます!」
そう言って男は、何度も頭を下げた。
私はその光景を、ただ唖然と見ているしかできなかった。
「あはははは。懐かしいね〜。そういえば、最初の出会いはこんな感じだったね」
「あの、私は何を見せられてるんですか?」
「ん〜?何って、そこの黒髪の可愛い子が昔の私で。そこで地面に転がってるのが、私の仲間の1人。名前はヴァイスだよ」
勇者の仲間の1人⋯⋯。
え?じゃあこの人が⋯⋯。
「その通り。君には、この呼び名の方が馴染みあるかな?この子が『血濡れの魔女』。その人だよ」
⋯⋯この人が。
地面に横たわるその姿は、本に描かれていた人物像とはかけ離れていた。
髪は灰色だし、服もボロボロ。
『白銀の魔女』と呼ばれたその姿とは、似ても似つかない。
「英雄譚で聞くような、勇者一行を想像してた?ところがどっこい、コレが現実⋯⋯!残念だね?」
「⋯⋯貴女は、何を私に伝えたいんですか?」
この勇者の、やろうとしている事が分からない。何の目的があって、これを見せているのか⋯⋯。
「最初に言ったでしょ。君にだけは知っていて欲しい記憶が有るって。これはその始まりにすぎないよ。とはいえ、少し長いから要所要所カットするけどね。という事でカット」
勇者が指をハサミの様にチョキンと動かすと、目の前の風景が急に代わった。
今度は古い小屋の中に移動していた。
そこには、向かい合わせにテーブルを挟み。勇者と先程の男女と子供が座っていた。
なにかの話し合いをしているみたい。
「先程は妻が大変失礼致しました。⋯⋯お前も謝りなさい!」
「えー。⋯⋯ごめんね〜」
「あ、はい。その、いいですよ気にしなくて。よくある事なので」
「お詫びの印に、夕食をご馳走させて下さい。あまり大した物は出せませんが⋯⋯」
「い、いえ!お気になさらず!わ、私はこれで失礼しますね!」
勇者が立ち上がろうとしたが、女性⋯⋯ヴァイスの髪の毛が、勇者の腕に絡み付き、それを阻止していた。
「まあまあ、いいじゃない。ちょっと位ゆっくりしていきなって」
「それ、人前でやるなって、何時も言ってるだろ!?」
「いいじゃん。ね?勇者ちゃん。君は、この髪見てどう思う?」
「えーっと⋯⋯⋯⋯、魔法で動かしてる感じですか?」
勇者は少し考えた様子で、そう答えた。
その答えを聞き、ヴァイスはカカカカと笑い言った。
「正解は、何となくで動かせる。でした〜」
「え、なにそれ⋯⋯」
「生まれ持った特技みたいなやつよ。ほんとに何となくで動かせるんだから、それ以上の答えは無いの」
勇者の腕に絡み付いていた髪がシュルシュルと動き、ヴァイスの頭の後ろでウネウネ動いている。
その動きを見て、子供がキャッキャと笑っていた。
「あ~ん、どちたの~?この動きが気に入ったんでしゅか~?」
ヴァイスは子供を抱き上げると、ほおずりしながらそう言った。
すごい。一瞬でデレデレ顔に変わった。
きっとこの子は、望まれて生まれて来たんだろうな⋯⋯。
私の時も最初はそうだったのだろうか⋯⋯。もう両親の顔と名前は憶えていない。
もしもこの人が、勇者の仲間にならなかったら。私も両親とこうして過ごせてたのかな。
隣に居る勇者は何も語らず。目の前の光景をただ眺めていた。
◇
その後、勇者が2人に生活魔法を教えていた。
「すごい⋯⋯。これが有れば何時でもきれいな水が飲めるし、食べ物だって幾らでも日持ちする⋯⋯。勇者様、ありがとうございます!本当にありがとうございます⋯⋯」
「何泣いてんのよ。でも、いいの?私達にこんな魔法教えて」
「いいんです。最初は王様が独占しようとしてましたけど⋯⋯。周りの皆も使えた方がいいと思ったので」
〈清潔魔法〉を掛けてもらった、ヴァイスの髪は。灰色から美しい白銀へと変わっていた。きっと元の色はコチラだったのだろう。
「君の髪の色、本当はそんな色だったんだね⋯⋯。その、すごく似合ってるよ」
「ありがと。というか〈清潔魔法〉とかいう魔法で、アナタとブランも奇麗になってるじゃない。素敵よ?」
「えー?ハハハ照れるな⋯⋯」
2人のやり取りを、側で見てる勇者は凄い顔をしていた。
目の前でイチャつかれるのがそんなに嫌だったのね⋯⋯。
「もっとボコボコにしとけばよかった⋯⋯」
隣の勇者がぼそりと言った。⋯⋯聞かなかったことにしておこう。
その後、2人の馴れ初めの話になった様で。
「私達は2人共孤児でね。昔っから一緒に行動してたわけ。それで、私の髪を見てもこの人だけは、気味悪がらず側に居てくれたの。まぁ、ケンカは弱いけど、その分私が守ればいいかなーって事で一緒になったのよ」
「アハハハ⋯⋯。何時も守ってもらってばっかりでね。僕なんかよりも良い人は居ると思うんだけどね」
「何言ってんの!アナタ以上の人間は他にいないわよ。私が愛してるのはアナタとブランだけよ?」
「ヴァイス⋯⋯」
「アナタ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯帰っていいですか?」
イチャつきだした2人を見て、勇者は心底うんざりしている様子だった。
実際、さっきからずっと2人はイチャついている。ことある毎にベタベタしているし、子供に頬ずりしていた。
何だかうらやましいと思った。私も何時かソラとこんな関係になれるかな?
「⋯⋯チッ。わかってはいたけどムカつく」
勇者は、またボソリとそう呟いていた。
そして勇者が言った。
「カットカット!カットじゃこんなシーン!!」
そう言うと、指でハサミを作り。チョキンとシーンを切り取った。
またシーンが変わり、今度は外になった。
「それじゃ、行って来るね。出来るだけ早く魔王ぶっ殺してくるから」
「ああ、気を付けて。勇者様、妻を⋯⋯ヴァイスをどうかよろしくお願いします」
「不本意ですが⋯⋯、わかりました。では私達はこれで失礼しますね」
どうやら、街を出る様だ。
何時の間に仲間になるなんて話しがあったの?その辺の話って結構重要じゃないの?
私は疑問を思い浮かべながら、隣に居る勇者を見つめる。
「⋯⋯ん?⋯⋯ああ、えーっとね。確かこの後少し話題になった気がする」
本当かな⋯⋯。この勇者、結構適当な性格しているよね?
道を歩く2人。最初に口を開いたのはヴァイスだった。
「サッサと魔王倒して、王様から報奨金貰って、2人に良い生活させたいね~。シズクはそういう相手居ないの?」
「⋯⋯居た事ありません。元の世界ではモテませんでしたから」
「ふーん。前髪で目隠してるし、オドオドしてるからじゃない?シズクの強さなら引く手数多だと思うんだけどね~」
「私だって⋯⋯。貴女の旦那さんみたいな人と出会いたいですよ⋯⋯」
こんな話をしているけど。2人は盗賊と戦っている最中なんだよね⋯⋯。
道の途中で、女2人だという事で襲ってきた連中を、2人は簡単に蹴散らしている。
勇者は、魔力の弾丸を打ち込み。ヴァイスは氷を纏った髪の毛を駆使して盗賊を殺していた。
そして残ったのは、盗賊達の死体が10体。
「へー。見た目はそんな感じなのに殺すのに躊躇いは無いんだね」
「もう⋯⋯。慣れました」
「ふーん。前髪邪魔じゃない?⋯⋯それ!」
ヴァイスが勇者の前髪を触ると、バッサリと切り取ってしまった。
流石の勇者もその行動には、声を荒げた。
「な、なにするんですか!!」
「ん~?いやーこっちのが似合いよ?それに髪の毛生やす魔法とかも作れるんでしょ?」
「で、出来ますけど!いきなりこんな事しないでください!」
「ごめんごめん~。似合ってるのは本当だから。ほら先行くよ~」
何事もなかったように歩き始めるヴァイス。勇者は前髪を触ると、ため息を漏らしながらついて行った。
旦那がシロで息子君がブランとなっております。
名前の由来は、訳すと全て白になります。




