160.それぞれの光
「だから、君は私を恨んで良いんだよ?」
勇者シズクは俺に向かってそう言った。
恨む⋯⋯か。俺はこの人の事を恨めるのだろうか。
俺と同じように、突然この世界に来たのは同じだ。
⋯⋯いや、待てよ。この人チート持ちな上に王城という、恵まれた環境からのスタートじゃねーか。
はー!いいですなぁ!チート持ちの人は俺なんて、血反吐吐きながら戦い方習得したっていうのに!!むきー!
「⋯⋯君もそれなりに苦労してるみたいだけど、君も大概ヤバいよ?『深淵の加護』も有るし。それマザーフォレストのだよね?アレから加護貰えるなんて聞いたことないよ」
「いや、普通に赤ちゃんと間違われて、なんやかんやあって加護貰いました」
「記憶覗いても良い?」
よくないが?何言ってんだこの人。
「拒否されても見るけど。〈記憶を覗く魔法〉。⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯うわ。キッショ」
「おい」
「ゴホン。まぁ良いんじゃない?あの化け物の加護貰えるなんて、君くらいなものだよ?私も戦った事あるけど、逃げるしかなかったし」
「え!戦ったんですか?!」
「あの時は自暴自棄だったからね~。たまたま遭遇してね。ココで死ぬのも良いか~と思って喧嘩売ってみたけど。駄目だね。アレは人が叶う存在じゃないよ。知ってる?アイツって「ママです」⋯⋯⋯⋯ママって、形態が3つあるのよ。私は最後の姿を見て逃げ出しちゃったんだよね」
ママには3つの形態があるのか。それってつまり⋯⋯。3パターンのママを味わえるって、ことぉ?!お得感が増した!!
「⋯⋯君さぁ。⋯⋯まぁいいや、えーっと。ママ?だっけ?には普段の姿と、デカい姿と、本来の姿で3つあるのよ。強さ的には、デカい姿が一番弱くて、次に普段の姿、そして本来の姿。私が逃げ出したのは本来の姿の時なのよね。アレはヤバイ、本能が逃げる事を選択したからさ、気付いたら知らない洞窟の中で、ガタガタ震えてたんだよね~」
「普段の姿ってのは、あの普通の木と同じ位の大きさのですか?」
「そうそう、それ。あの姿の中に、もっと人型に近いのが居るんだよね。何て言うかなさ~、外側の装甲を削り切った時に出てくる本体、みたいな感じかな?とにかくアレはヤバイ」
そう言った、勇者シズクはブルりと身震いした。
流石ママだ。例え異世界の勇者であっても勝つ事ができない存在。俺はそんな人の子供になったんだな⋯⋯。
⋯⋯ママも元異世界人だったな。
「⋯⋯その話は置いといて。それで、君は私を殺してくれるの?」
「殺すと言われても⋯⋯。魂の状態なら殺す必要もないんじゃないですか?」
「あー、そうだよね。君はまだ知らないか。因みにさ、異世界人が死んだらどうなるか分かる?」
「分かりますよ。使徒とかいうのになるんですよね?ママと同じ」
そう。ママが見せてくれた記憶の通りなら、異世界人である俺も、同じような存在になると予想している。
「知ってるんだ。なら話は早いね。私は使徒とかいうのにはなりたくないの。この世界のシステムの一部にされるなんて、真っ平御免なのよ」
「そんなに嫌なんですか?死んだ後のことですし、生きてるうちは関係ないんじゃ」
勇者シズクはコップの中身を飲み干すと、心底嫌そうな顔をしながら言った。
「私はね、この世界が大っ嫌いなの。真面目に生きる人間が馬鹿を見るこの世界が。産まれ持った権力で他人の幸せを貪る連中。人の優しさを都合のいい道具みたいに考える連中。ただ見栄の為に平気で人を殺す連中」
一呼吸おき、続けた。
「何より、私の大切な人達を奪う。この世界の人間が嫌い。全員殺したくなる。そいつ等が今までしてきたことを、その身に刻み込みたくなる。なんで誰も隣の人と手を取り合って平和に生きようとしないの?魔物もいるこの世界で、なんで人間同士で争うの?せめて貴族や王族だけでも、皆殺しにするべきだった。⋯⋯ダメね。それでも私の心は晴れない。私が使徒に成ったらこの世界を滅ぼす為にしか動かなくなる。それはダメ。この世界は嫌い、それでもミーシャや、ハンゾウ達の家族が残って居るこの世界を壊したくない⋯⋯」
手に力が入り、ティーカップの持ち手がパキリと割た。
それを見た勇者シズクは、バツの悪そうな顔をし、指先で魔法陣を描くと。みるみるうちに、ティーカップは元の姿に戻っていった。
「まっ、そんな訳だから。私の魂ごと消せる存在が来るのを、この家の中で待ってたってわけ。ありゃ、もう中身無いか」
ティーポットの中身が空になっているのに気付いたのか、椅子から立ち上がり。再びキッチンへと向かった。
確かに、日記の内容を見るに、あまりいい冒険の旅では無かったんだろうな。
そんな事を考えると、すぐに心を読んだのか。勇者シズクは口を開く。
「あの日記の内容は、大分優しめに書いてるから、実際はもっと酷いし、鬱々としてるね〜」
「そ、そうなんですね⋯⋯」
「私も最初の頃は毎日泣いてたし、多分あれが鬱っていうのかな?そういう感じになってたし、その辺は魔法作って抑え込んだからいいんだけどね〜。あ、そうだ。君はもう人は殺したことある?」
「え?!いえ、まだ魔物くらいしか⋯⋯」
流石にまだ人は殺したことないんだよな、盗賊とかに会ったことないし。その時はちゃんとできるだろうか⋯⋯。
「そうだね。覚悟はちゃんと決めておいた方がいいよ。私の時は王城で罪人相手だったけど、1ヶ月位は引きずったから」
そこで再度、ティーポットを持って椅子に腰かけた。
「君をこの近くに転移させちゃったけど、これまでどうやって過ごしてたの?」
「そうですね——」
俺は転移してからの事を話した。転移直後たまたま通り掛かった商人に助けられ、シャロと出逢い、アナ、マリアさんと出逢った事。俺が話している間、彼女は黙って静かに、相槌を打っていた。
「そう⋯⋯、君もちゃんと信頼出来る仲間と出逢えたんだね。それにしても、メンタル強いね〜。流石男の子って感じ?羨ましい〜」
「たまたま良い人達と、知り合えただけですよ」
「フフフ。君は丁度いい光なのかもね」
「丁度いい光?」
よく分からない例えだ。この世界にそういう例えでもあるのかな?
「私の様に、強すぎる光っていうのは、それだけ人を引き付けるの。憧れ、尊敬、敬い、羨望、嫉妬、妬み。自分には無いその光を求めて色んな人が寄ってくる。自分の理想を押し付け、少しでも違うと失望し落胆する。自分勝手に期待して、その願いが叶わないと分かると途端に敵意をむき出しにしてくる。かつての転移者達がそうだった、その身を焦がしながら全てを救済しようとしたお坊さん。大海を制覇し、最後は実の息子に殺された大海賊。1つの国を築きあげ、友に奪われた王様。実り豊かな大地を作るも敵国の子供に殺された女王。そのどれもが強烈な光を放ち、人を引き付け、焦がし、近づく者の心を焼き尽くす」
一呼吸おき、続ける。
「だからこそ。君みたいな丁度いい光は、そうだね⋯⋯木漏れ日の様なものなんだろうね。心地いい光。共に寄り添い、疲れたのなら一緒に休めばいいと思える様な。だからこそ人が自然と集まる。どんなに強烈な光を持っていても、君なら受け入れてくれる。そうして色々な光が集まり、1つの大きな光になる。それは決して君1人が背負うものじゃない。皆が一緒に背負い、どんな困難も共に乗り越えればいいと皆が思う。そして⋯⋯、それぞれが自分の理想や希望を持っている。決して誰か1人に押し付けたりしない。⋯⋯それは私達では、到底真似出来ない事」
「ママってのも、そんな君だからこそ惹かれたのかもね?」
そう言って彼女は目を瞑り、口を閉ざした。




