136.暇人、ドレスラードに到着
『緑の魔物』と『白い魔物』が衝突する数日前に遡る。
暇人を乗せた馬車は街道を進んでいた。
行きもそうだったが、これといった出来事が起きない、退屈な旅路だった。
大量の魔物が襲ってくる。なんて事に比べれば退屈なのはいい事だ。
平和が1番。
それに、行きに比べれば大分マシな状況だしな。
モルソパからドレスラードへと引越しを決めた、ローズガーデンと一緒だからである。
クラン丸ごと引っ越しの為、家財道具も丸々所持している。
個人が所有している、暇を潰せる何かを皆で楽しみながら移動を続けていた。
それでも暇になるタイミングはある。
昼寝も飽きたし、やることが無い。
日数的には、そろそろドレスラーに着く頃だろうか。
鉱山都市の時に比べれば短い期間だったが、あの時は時々魔物が襲撃してきたし、それなりに刺激のある道中だった。
今回はマジで何も無かったな⋯⋯。
いや、俺に新しいママが出来たんだったな。
まさか異世界で、赤ちゃんプレイをする羽目になるとは思わなかった。
そのお陰で『深淵の加護』を得られた訳だが、夢の終わりに流れた声は、ママを『深淵の使徒』とかいう名前で呼んでたな。
使徒⋯⋯。
魔物じゃないのか?それならマリアさんの呪いが、発動しないのも頷ける。
だとしたら、あの白い魔物も使徒という事になる。
アレも元転移者なのか⋯⋯。アレが?下手な魔物よりも、見た目がバケモンだろアレ。
なんかでかくて強いやつでも、もうちょっと愛嬌があるというのに。
ハー、それに比べてママは神秘的な見た目をしていたな。
多分顔に生えている花の匂いだろうが、すごく良い匂いもしたし。
⋯⋯そういえば、ロゼさんが言っていたが、他にも赤と青が居るんだよな。
という事は少なくとも、俺と先代勇者を合わせて、最低でも6人はこの世界に転移している事になる。
白い魔物が、先代勇者の成れの果てじゃない事を祈るが⋯⋯。
たしか、魔法を作る能力を持ってるんだったか、それだと真似する必要性なんて無いから違うか?
まぁ、この辺は俺の中で、「仮定」という事に留めておいた方が良いかな。
それよりも深刻な内容が有るし⋯⋯。
俺も死んだら、あの使徒の仲間入りなんだよなぁ⋯⋯⋯⋯。
いやさ、正直その事理解した時すげーテンション下がったんすよ。
死んだら、輪廻転生的なので新しい人生がスタートすると思っていたからな、とんでもない事実を突き付けられたのよ⋯⋯。
まぁ、正直死んだ後の事だしな、今の人生からそうなる訳じゃないんだから、気楽に考えるか。
未来の自分に丸投げしよう。どうにでもな~れ!!!(ヤケクソ)
◇
馬車は進み。
シャロとマリアさんと共に、手遊びで熾烈な戦いを繰り広げていた俺は、不意に馬車の外を見ると、ある光景が目に入った。
見覚えのある風景だ。
ぱっと見で思った事はそれだった。
見覚えのある風景という事は⋯⋯。
俺は馬車から身を乗り出し、街道の先を見る。
すると、ドレスラードの外壁が遠くに見えた。
「シャロ!マリアさん!ドレスラードが見えたぞ!!」
「マジ?!⋯⋯おー!ホントだぁ!」
「やっと到着しましたね~」
ようやくこの旅が終わる。
ドレスラードの外壁を見てそう思った。
なんだか鉱山都市の時に比べて⋯⋯マジで嬉しい。この暇な時間が終わる。そんな事がコレほど嬉しいとは⋯⋯。
酒が飲める。その事実もまた、俺の嬉しさを加速させていた。
そして何よりも、アナに会える。その事が俺の心を躍られていた。
◇
ドレスラードの入り口に到着したのはいいが、思ったよりも入るのに時間が掛かった。
その原因は、ローズガーデンにあった。
単純にローズガーデンは35人居る。
それだけの人間が移住して来るのだ。チェックに時間が掛かってしまうのは仕方がない。
仕方ないのだが⋯⋯。
「俺達は別によくない?」
門番にそう問いかけるも、「一緒の馬車で来たんだから、諦めろ」との事。
まぁ、仮にローズガーデンが犯罪者集団なら、俺等も拘束されるのは納得がいく。
仕方ないとあきらめるか⋯⋯。
しばらくして、門番より許可が下りた。
「ソラ、早く魔女の機嫌をどうにかしてくれよ」
「まじでどうにかしてくれ」
門番から不穏な言葉を投げかけられ、俺等はドレスラードの街へと戻って来た。
アナはなにをやったんだ⋯⋯。
俺はアナの問題解決係ではないんだけどな⋯⋯。
そんな事を思いながら、街の入り口にあるフリーの馬車置き場へとやって来た。
「ん~、やっと着いたわねぇ~。ココがアッシュちゃんのハウスねぇ」
「ハウスではないです」
訂正しておく、たとえ間違っていても交通費を貸すわけにはいかない。
「そういえば、この後どうするんですか?」
街に着いたは良いが、拠点も無いローズガーデンが、この後どうするのか気になった。
「そうねぇ。先ずは宿を探すしかないわよねぇ。何処か良い所知ってる?」
宿か⋯⋯。俺は最初からシャロの所に泊まっているから、他の宿についての情報が無い。
シャロの親父さんに聞けば、同業者の店を紹介してもらえるだろうか。
「シャロ、親父さんに相談したら何とかなったりするか?」
「あー、お父さんなら顔広いから紹介は出来ると思うよー」
「あら、そうなのぉ?お願いできたりするかしら?」
「私からもお願いします」
「いいですよー」
そういうわけで、馬車に見張りを残し、30人程の人間を引き連れ[シャーリー亭]へと向かった。
◇
「ただいまー!!」
[シャーリー亭]の扉を開け放ち、シャロが元気よくそう言い放つ。
「ん?おお!シャロにソラか!おかえり」
「ただいまでーす」
「お父さん、宿探してる人達連れて来たんだけど、何とかなる?」
「帰って早々なんだ?2部屋なら空いてるが⋯⋯」
流石に全員ここに泊める訳にはいかない為、事情を説明する。
「モルソパから、クラン丸ごと移住して来たんですけど、まだ拠点のクランハウスが無いのでそれまで、宿屋に泊まりたいそうなんですよ。」
「クラン丸ごと?何やらかしたんだお前ら?」
「俺らじゃなくて、アッシュさんが原因ですよ」
「アッシュ?ああ、あいつか。うーん、分かった。そういう事情なら他の宿を教えよう。クランマスターは何処にいる?」
「外で待ってもらっています」
何とかなりそうで一安心。
外に出て、ロゼさんと親父さんを引き合わせた。
「初めまして、[ローズガーデン]マスターのロゼと申します」
オネェ言葉じゃないだと⋯⋯。
「話は聞いた。宿を探しているんだってな、人数は全員で何人だ?宿の条件があれば教えてくれ」
「人数は35名で、それぞれ別の宿でも構いません。条件も劣悪でないのなら特に無いですね」
「ハッハッハ。安心しろ娘が連れて来たんだ、変な宿は紹介しないさ。ウチの宿も2部屋空いてるが!どうする?」
「では、ボスと私はその部屋でお願いします」
クリスさんが2人の会話に割って入る。
クランマスターの寝床を優先的に確保する為かな?
「ちょっとクリス。私は最後で良いわよ」
「ダメです。ボスの宿屋の確保は最優先事項です。それに⋯⋯、この宿。巧妙に隠されてますが、とんでもない結界が張られてます」
「ほお⋯⋯。よく気づいたな、俺でも言われて初めて気づいたってのに」
⋯⋯?。この宿、結界なんて張られてるの?
隣のシャロと目が合うが、シャロは首を振り否定する。⋯⋯あっ、もしかしてアナか?正直やりかねない、アナは割と事後報告で済ませる事が多い。
流石に、俺達が絡む時は相談されるが、それ以外は、全てが終わった後にこういう事があったと報告してくる。
モルソパを出る前は、窃盗団を潰したという話を聞かされたっけか。
朝からふらっと出掛けたと思ったら、そんな事をしていたと言われて、ビックリしたな。
まぁ、結界については後でアナに聞けばいいか、親父さんがスルーしてるって事は変な結界じゃないって事なんだろうし。
「それじゃお前ら2人はうちの宿だな、部屋の案内は他の連中の宿を決めてからでもいいな?」
「ええ、それで問題ありません。ボスは先に宿でお休み下さい」
「ダメよ。私も他の子の宿は把握したいのよ」
「俺はどっちでも構わんが、それじゃ早速行くぞ。ああ、それとアンタも口調は好きにするといい。変に畏まられるのは好きじゃないんでね」
「あら、そうなの?それじゃぁ遠慮なくそうさせてもらうわねぇ。3人もまた後でね」
親父さんはロゼさん達を引き連れ、宿屋探しに出掛けた。
「俺達も今日は休んで、納品は明日行くか?」
「さんせーい」
「私もそれで構いません。夜はコチラに集合で良いんですよね?」
「ですね、打ち上げしましょうか!」
「賛成!」「はい!」
マリアさんは、1度教会に帰還した報告をしに戻って行った。
俺とシャロはそれぞれ自室に戻り、夜までまったりタイムを過ごす事にした。
次回、30話も別の町に放置されたヒロインの登場です。




