134.深淵の加護
――ラ。
――ソラ。
――――起きてソラ。
体を揺さぶられ目を覚ます。
「――え?あ、ああ。なん⋯⋯だ?」
「大丈夫?うなされてたけど」
シャロに起こされ、俺は自分がうなされていたんだと知った。
「⋯⋯本当にどうしたの?」
「え?ああ、大丈夫、変な夢見ただけだから」
そう、アレは夢だ。
夢であってほしい、じゃないと彼女が報われなさすぎる。
「あれ?」
俺の目から涙が零れる。
何故だか分からないが、涙が止まらない。
彼女を哀れんだのか、それとも別の理由か、今の俺には判別がつかない。
ただひたすら涙が流れ出た。
そんな俺をシャロは、優しく抱きしめ。
何も言わず、ギュッと抱き締めてくれた。
唯々嗚咽が零れた。
なんであの人じゃないといけなかったのか。他の人ではダメだったのか。そんな思いが胸を駆け巡る。
そんな俺を、シャロは唯々無言で抱き締め、涙が止まるまで側に居てくれた。
◇
「すまんな⋯⋯」
「良いよ別にー、前もこんな事あったよねー?」
「そうだな、あの時もお前が抱き締めてくれたな」
「ふふ~ん。また何時でも貸すよー?お礼は忘れないでねー?」
現金な奴だな。とはいえ、それがシャロの良い所でもあるか。
この異世界に来てから、シャロには助けて貰った事が沢山有る。
これからも頼りにしよう。なんといっても、俺の相棒でありメイン盾だからな。
「それじゃ、寝ますか」
「そだねー、おやすみー」
俺達は、もう一度眠る事にした。
また同じ夢を見ませんように。
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深淵の加護を得た事により、魔法の上書きを開始します。
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⋯⋯⋯⋯え!?な、なにそれ!?
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〈闇弾〉は〈深淵の砲弾〉
〈闇の棘〉は〈深淵の墓所〉
〈闇の投槍〉は〈深淵の弩砲〉
に上書きされました。
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⋯⋯え?ええ?あ、あばばばばばばばばば!!!??
俺の頭に途轍もない痛みが走る。
俺は痛みの余り、そのまま気絶した。
◇
「ソラー、起きてー」
――――っは!?俺は目を覚ました。
目を覚ますと、もう朝になっていた。
シャロとマリアさんは先に起きていた様で出発の準備を先に終えていた。
⋯⋯あの夢を見て、再度寝ようとしたら例の声が頭に響いた。
あまりの痛みに気絶したんだな⋯⋯。
思い出すだけでも頭痛がする。
というか、なんだ?魔法の上書き?なにそれ、そんな事あるの?というか『深淵の加護』ってなんだよ。
⋯⋯ま、まさか。ママか?心当たりがそれしかない、夢の中の内容が現実なら、俺は『深淵の加護』というやつを得た事になる。
ママ⋯⋯。離れていても俺を守ってくれてるのか。
ありがとうママ。きっとママを守れるほどの男に育ってみせるよ。
俺は決意を新たにする。
とはいえ、ますます教会で鑑定を受けられなくなった気がする。
割とこの加護ヤバイ奴だよな⋯⋯。
なるべく教会には近づかない様にしよう。
俺は決意を新たにした。
◇
街道を馬車が進んでいく。
ガタガタと揺れる馬車の中で、俺は昨日の夢の内容を思い出していた。
夢の中の彼女、『緑の魔物』と呼ばれる前の存在。
彼女も異世界から転移してきた人間だった。
彼女が呼ばれた時の光景を見るに、何かの儀式的なモノでこの世界に呼び寄せるのだろう。
だとしたら疑問がある、なぜ俺は何も無い草原に呼ばれたのだろうか。
記憶をたどっても、あの場所には人が居なかったし、隠れられる場所などなかった。
分からん、分からん事は一旦頭の奥底に仕舞うのが良い。
答えの出ない問題なんて、いくら考えても仕方がない。
それよりも、現在俺が直面している問題がある。
魔法が上書きされたという事だ。
最初はよく意味が分からなかったが、冷静になると大体の事が分かった。
まず、元々使えていた〈闇弾〉が使えなくなっている。これに関しては感覚で分かる。
今は馬車で移動中なので、検証が出来ないが。
それでも頭の中にある魔法一覧的な感覚では、〈闇弾〉、〈闇の棘〉、〈闇の投槍〉の3つが使えなくなっているのが分かる。
新たに覚えた、今は仮に深淵シリーズと呼ぼう。その深淵シリーズがどれほどのものなのか、正直試したくて仕方がない。
こっそり撃ってみようか⋯⋯。いやいや、ダメだ。
仮にもママの加護で上書きされた魔法だ。
どれ程の威力があるのか分からない。
ローズガーデンの面々を疑うわけでは無いが、シャロとマリアさん以外に、この事を知られるのは不味い気がする。
ドレスラードに帰ったらゴブリンで試そう。
空の彼方でゴブリンが、親指を立ててポーズを決めている姿が目に浮かぶ。
彼らは言っている。俺等に任せろと。
予感がある、彼らはきっと粉々になる。そんな気がする。
ガタガタと振動する馬車で俺はそんな事を考えていた。
ドレスラードまではあと3日は掛かるだろう。
それまで、何事も起きなければいいのだが⋯⋯。
仮に白い魔物が襲ってきたら、ぶっつけ本番で深淵シリーズを使うしかない。
恐らくアイツも転移者なのだろうな。
生前はどんな奴だったんだろうか、もしかしたら友達になる事が出来たのかもしれない。
白い魔物はどんな人生を送っていたんだろうか⋯⋯。
事情を知らない俺が幾ら考えても無駄か。
「ソラー、暇!」
シャロの言葉に俺の考えは中断された。
はいはい、昨日迷惑かけたしな、構ってやるか。
「暇っていってもなぁ、なにするよ?」
「何かない?」
「⋯⋯ないんだよなぁ」
手遊びでも教えるか。親指を使ったアレを。
「こんな遊び知ってるか?いっせーのでって言うんだけどな⋯⋯」
馬車は進む、暇人を乗せて。




