132.バブみでオギャったらママができた件
『緑の魔物』に赤ちゃん抱っこをされてから、しばらくたった。
「ソラー、これソラの分だよー」
そう言ってシャロが俺の分の昼食を『緑の魔物』の足元から差し出す。
⋯⋯どうやって食えと?
思わずそう言おうとした時。
「お?おおー」
急に『緑の魔物』が屈み、シャロが差し出したお皿を『緑の魔物』から生えている植物の根が器用に受け取ると、俺の目の前に持ってきてくれた。あ、どうも。
そして木の根は、器用にスプーンを持つと皿から料理を1口分掬い取り、俺の口元へと運んだ。
グイッと差し出されたスプーンを口の中に入れ咀嚼。モグモグ、うまい!
「完全に赤ちゃんですね⋯⋯」
「良いじゃない、危害は加えられてないんだし。様子を見るしかないわよ」
クッソー。言いたい放題言いやがって⋯⋯。モグモグ。
「シャロー!飲み物ー!」
「はーい」
シャロがコップを『緑の魔物』に渡すと、これまた器用に受け取り、口元へと運んでくれる。ゴクゴク、うまい!
そんな感じで終始『緑の魔物』にご飯を食べさせてもらった。
⋯⋯腹が一杯になったら眠くなってきたな。
抱っこの揺れも心地良い。
ユラユラ一定のペースでユラユラ。
ユラユラ
⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯。
——ッハ!危ない危ない、本当に寝る所だった⋯⋯。
というか、これいつ降りれるの?
「ロゼさーん!これいつ解放されるんですかー!」
「ソイツの気が済むまでよー!死ぬよりはいいでしよぉ?」
確かにその通りだが⋯⋯。
周りの俺を見る目が、可哀想なものを見る目になってるんだよな。
もういいか、不貞寝しよ。
正直、揺れの心地良さで眠気が凄い。
⋯⋯zzZ。
◇
——寝てたか。どれくらい寝てたんだろうか。
俺はいつの間にか眠ていたようだ、目を擦り、視界をクリアにし、最初に飛び込んできたものは。
顔の上半分を花で覆い尽くした、木の顔だった。
「ギャーーーーー!!!」
寝起きで至近距離に、とんでもない顔があれば誰だって叫ぶ。だから俺は叫んだ。
「どうしたの?!!」
ロゼさんの声が聞こえてくる。
——っ!こ、ここは、⋯⋯ああそうか。街道のど真ん中か。寝てる間に、状況を忘れてしまっていたようだった。
という事は、この目の前にある、花の生えた木の顔は『緑の魔物』か。
「だ、大丈夫です」
「そぉ⋯⋯、大丈夫ならいいわ」
⋯⋯そういえば、ちゃんと見てなかったな。
危害は加えられないようだし、いっそ観察してみるか。眠って頭もスッキリした事だし。
改めてその全貌を見る。
高さは5m位か?周りの木々と同じ位の大きさは有る。
そして全身が植物でできているようだ。
体は女性的で、根っこの様なものの集合体だろうか、俺を抱き締めている腕は、そんな風に見えた。
体の表面には葉っぱや蔦が生い茂り、ドレスの様に形作られている。葉っぱや枝、蔦で作られたそれは意匠が凝っていて、俺の目から見ても立派な物に見えた。
更にその表面には、模様を描く様に花が咲き誇りアクセントを加えていた。
顔の上半分は色とりどりの花が咲いており、よく見ると鼻や口があった。目があるかどうかは、花に埋もれているので分からない。
髪の毛の様に伸びる蔦は1本1本が細く、遠目からでは緑色をした、本当の髪の毛に見えるだろう。
こうして抱かれていると、分かる事がある。
俺をガッチリホールドしてビクともしないが、俺の身動ぎに合わせて、絶妙な力加減で身体に負担の無い、丁度良い抱き心地を味合わせてくれる。
何が言いたいかと言うと。
めっちゃイイ、何これ。俺もう赤ちゃんでいいや。
そう思えた。
俺はバブバブしながら、漂って来る。甘い花の蜜の香りを堪能する。多分この匂いに危険性は無い、何故だか知らないが直感でそう思えた。
俺のママが、俺に危害を加えるはずがないのだ。
こうして抱かれていると、元の世界の母親の事を思い出すな⋯⋯。
両親共に仕事人間で、あまり構って貰えなかったが、愛情はあったのだろう。そう思えるだけの事はして貰えていた。
せめて別れの手紙くらい、残せたら良かったんだけどな。
拝啓、父さん お母さん。
俺は今、異世界で楽しくやっています。
大変な事も多いけど、3食キッチリ取っているのでかなり元気です。
多分、もう逢えないと思うけど、この異世界から、2人の事を思いながら、今後もこの世界で生きていきます。
追伸
引き出しの中身の処分は父さんに任せてください。ほんとお願いします。
俺は心の中で、もう逢えない両親に対して手紙を送った。なんかの電波に乗って、届くといいのだが⋯⋯。無理だな。
センチメンタルに浸ってると、不意に頭を撫でられた。
【アカチャン、イイコ】
「ま、ママ⋯⋯」
そうだ、俺にはママが居る。
元の世界では大騒ぎになっているだろうが、俺は今こうして異世界で生きている。それでいいじゃないか。
元の世界の母親と、異世界での新しい母親、両方居ても何も問題は無い。むしろお得感まである。
俺はバブみでオギャった結果、新しいママを得た。
俺はママの腕の中で、ユラユラと揺れている。
しかし、幸せの終わりは突然やってきた。
「ねえー、そろそろソラ返して欲しいんだけどー」
シャロがママに向かって、俺を返せと要求してきた。
「出来れば返して頂けると⋯⋯」
マリアさんも、それに続き意見する。
ママはそんな2人をジッと見つめた後、俺の頭をひとなですると、その体躯を屈め2人の前に俺をソッと置いた。
⋯⋯そうか、お別れの時間か。
地面に降ろされた俺はスっと立ち上がり。
ママを見上げる。
母親というのは、こうも大きい存在なのか。いや物理的な意味じゃくてね。
【サヨナラ】
ママはそう言うと、街道沿いの森へと足?を向けた。ズズズとゆっくりとした歩み。
あれだけ大きい体だ、足元に赤ん坊が居たら踏み潰してしまうかもしれない、だからこそ地面を這うように、ゆっくりと移動しているのだろう。
俺はあることを思い出し、声を上げ呼び止める。
「ママ!!」
俺の声にママは振り向くが、こちらに近づこうとはしない。
俺は駆け寄り、〈収納魔法〉の中から、ある物を取りだした。
「これを」
俺はモルソパで買った、カーネーションに似た花のブローチを差し出す。
あの時は何となくで買ったが、恐らくこの瞬間の為にそうしたのだろう。
ママは戸惑っていた。
どうしていいのか分からない、といった感じで、オロオロとしている。
「ママ、屈んでくれる?」
俺がそう言うと、ママは体を曲げ屈んでくれた。丁度手の届く位置に胸元?がきたのでそこに生えている木の根に、ブローチを取り付ける。
その巨体と比べると、全然サイズが合っていないが、ママの胸元に付けたカーネーションに似た花のブローチは、キラリと輝いて見えた。
【ア、アアア】
それを見たママは、プルプルと振るえると、手で顔を覆い、そのまま嗚咽の様な声が辺りに響いた。
そして、顔から手を退かすと、再度俺を抱き上げ顔の近くへ引き寄せ
俺のおでこにキスをした。
おでこに伝わる感触は、固く、冷たかったが、俺の体の中に何かが流れ込んで来るような、そんな温かさを感じた。
そのまま地面に降ろすと。
頭も撫でながら、ママは言った。
「ありがとう、坊や」
今までとは違う、ハッキリとしたその声は、優しく、それでいてどこか切なげだった⋯⋯。
【サヨナラ、ボウヤ】
ママはそう言うと、森に向かって進み出した。
森の中に入ろうとするママに、俺は別れの言葉を投げかける。
「ママ!また会おう!だから⋯⋯、またね!」
俺は手をブンブン振る。
ママは振り返り、小さく手を振ると。
手を交差し、大きく弧を描く様に広げた。
その瞬間。
ママを中心に地面から、ブワッと色とりどりの花が咲き誇り、辺り一面を覆い尽くし、風が吹き、花びらが舞い上がると、幻想的な光景が広がった。
その光景に皆の目は奪われている。
そんな中、俺はただ1人、森の中へとゆっくり消えていく後ろ姿を眺めていた。
またどこかで⋯⋯。
何時かまた、この世界のどこかで会えるだろか、その時はアナも紹介出来たらいいな。
そんな事を思い、みんなの元へと戻ることにした。
◇
「貴方、『緑の魔物』をママ呼びするなんて正気?」
ロゼさんの酷い言いように、俺は反論する。
「正気ですよ?良いじゃないですか、1人ママが増えるくらい」
「魔物をママ呼びとは、頭がイカレましたか?」
ぐぬぬ、クリスさんはすぐ言葉のナイフを突き刺してくる⋯⋯。
いいさ、なんと言われようと俺はへっちゃらだ、なんせ、アカチャンから坊やにランクアップしたのだから。これはもう実質ママの子認定だろう。
「それに、思った以上に時間食っちゃったから、今日はここで夜営するわよ」
「ですね、『緑の魔物』の影響で魔物の気配がありませんし。皆に指示してきます」
たしかに、そろそろ日が暮れ始める時間か、思った以上にママと過ごしていたんだな。
俺も準備を始めるかな。
シャロとマリアさんの元へと移動すると、2人からも言われる。
「おかえりー、ソラだけ楽しそうでズルいなー」
「貴重な体験でしたね〜」
「すまんな。2人の事は、つぎママに会った時にでも紹介するよ。それじゃ、夜営の準備をしますよー」
「「はーい」」
素直でよろしい。
俺達はテントをはり、夜営の準備を進めた。
その後は皆で夕食を取り⋯⋯、なんか他の人から距離取られてない?なんで?
おばちゃんズからも、「大変ね」とか言われてやたら優しくされたし。
まぁいいさ、俺にはママが居るんだ。
だからなんだって感じだが。
夕食も食べ終えたので、あとは寝るだけだな。俺達は川の字になり、眠りについた。
そして、俺はある夢を見ることになる。
次回少しシリアスな回になりますので、ご注意ください。




