131.『緑の魔物』
順調に街道を進んでいた俺達一行であったが。
御者をしていたローズガーデンのメンバーが、あるモノを見つけ、馬車は停車を余儀なくされた。
「⋯⋯うわ。最悪ね」
「ですね、まさかここで会うなんて⋯⋯」
ロゼさんとクリスさんが2人そろってソレを見つめ、嫌な顔をしていた。
俺も改めてソレを見る。
街道のど真ん中にソレは佇んでいた。
見た目は人の形をした木で、顔の様なモノも有り、鼻から上の部分が花で覆い尽くされていた。
大きさは5メートル位だろうか、街道の周りに生えている木々と同じくらいの高さをしていた。少なくとも見上げる位の大きさはある。
体は葉っぱや根っこがまるでドレスの様に形作っており、女性的な見た目をしていた。
今まで見た事も無い魔物だ。
ギルドの資料でも見た事が無い気がする。
ロゼさんとクリスさんは最悪と言ったが、武器を構える事も無く、戦う意思を示していなかった。
別の意味で最悪な魔物なのかもしれない。とりあえず聞いてみよう。
「ロゼさん、あの魔物って何ですか?」
「昨日話したでしょ?アレよ」
「昨日のって事は、もしかして、アレが『色の魔物』なんですか?!」
「そうよ、『緑の魔物』って呼ばれてるわねぇ」
「正確な個体名は『マザー・フォレスト』ですね」
昨日の今日でまさか遭遇するとは思わなかった⋯⋯。
モルソパに向かう前は、こんなの居なかった筈なんだが、何が起きてるんだ。
「見事に道を塞いでるわね〜、これじゃ馬車が通れないわよねぇ」
「どこかへ行くまで待つしかありませんね。丁度良いのでお昼にしますか?」
「そうねぇ、そうしましょうか」
2人はすごい呑気な事を言っているが、ほっといていいのかコレ。
⋯⋯⋯⋯あっ。
「ヤバい!!マリアさん!!」
そう思い、振り返るもマリアさんはキョトンとしていた。
「どうかしましたか?」
「どしたのー」
「え、いや⋯⋯。マリアさんがアレに襲い掛かるんじゃないかと思って」
何故か呪いが発動してないようだ⋯⋯、白い魔物の時もそうだったが、もしかしてアレは魔物じゃない?
「そういえば、あの魔物を見ても何も感じませんね〜」
マリアさんは、『緑の魔物』をジッと見つめるも、特に襲い掛かろうとする様子は見られない。やっぱり、『色の魔物』とか呼ばれる奴らは他のとは別カテゴリーなのか?うーん、分からん。
いくら考えても、今は憶測の域を出ないんだし、呪いが発動しなかった事に、感謝だけしてればいいかな。
俺は頭の中で、そう結論付けた。
そしてシャロが不用意に近付き出した。
「まてまてまてーい!シャロ!ハウス!!」
「えー?攻撃しなかったら平気なんでしょー?」
恐怖心バグってる奴は、フットワークが軽すぎて困る。
俺はシャロに近付き、馬車に戻そうとしたが。
『緑の魔物』が、こちらをジッと見ている事に気が付いた。
その事に気付いた俺は、「ヒュッ」と小さい悲鳴が漏れ、その場に固まってしまった。
そして、ズズッと『緑の魔物』がコチラに向けて移動を始めた瞬間。
「全員、手出し無用!!絶対に攻撃しちゃダメよ!!!」
ロゼさんが吠える。
俺は慌ててシャロの手を掴み、馬車へと連れ戻る。
ヤベーヤベー!動き出しやがった!理由は分からないがこっちに向かって来てる。
「馬車を街道の脇に寄せなさい!アレの邪魔をしてはダメよ!」
クリスさんは、後方の馬車に向けて指示を飛ばすと、他のメンバーも慌ただしく行動を開始した。
『緑の魔物』の進路上にあった馬車は街道の脇に移動され、行く手を阻む物は何も無い。
全員が固唾を飲みながら、『緑の魔物』を見つめる。
ズズッと人が歩くよりも遅い速度で移動しており、俺達との距離も残り後わずか。
『緑の魔物』はそのまま俺達の横を、通り過ぎようとしていた。
何事もなくやり過ごせそうだ。そう思い、ホッと胸を撫で下ろそしたその時。
俺の体が宙に浮いた。
「「「あっ」」」
「まあ」
⋯⋯。
【アカチャン】
そんな声が頭の上から聞こえ、俺は『緑の魔物』に持ち上げられてしまった。
⋯⋯⋯⋯!!!!???
なに!?何が起きたの!!??
俺は『緑の魔物』の木の根で形作られた両手で、脇からすくい上げる様にして抱き上げられていた。
そして、俺は赤ん坊を抱っこする時の様に、横抱きの姿勢にされ、『緑の魔物』の手の中へと納まった。
「わァ⋯ぁ⋯」
あまりにも意味不明な状況に、俺の中のちい〇わが悲鳴を上げた。
「ちょ、は、放して⋯⋯下ろして」
俺は『緑の魔物』の手の中でジタバタして、下ろして貰おうとしたが。
「あらまぁ。ソラちゃん!動いちゃだめよー!そのまま、そのままでいなさい!」
「暴れたらぶっ殺しますよ!!」
ロゼさんとクリスさんは、俺に動くなという。
言われた通りに、大人しく抱っこされる事にした。
何この状況⋯⋯。
シャロは爆笑してるし、マリアさんはオロオロしているし、あのクソガキがよぉ⋯⋯。夕飯のシャロのおかずを減らす事を心に決めた。
まぁシャロのおかずを減らした所で、この状況が好転するわけでもないのだが⋯⋯。
俺を抱っこした『緑の魔物』は体をユラユラと揺らし、まるで赤ん坊をあやす様にしていた。そして時折【アカチャン】という声というか音?が聞こえてくる。どっから出てるんだ⋯⋯。
混乱している俺にロゼさんが、話しかけてくる。
「ソラちゃんよく聞きなさい。『緑の魔物』は赤ん坊に執着心を見せる魔物でね。赤ん坊を見かけると、母親から奪い取って、抱っこするのよ。それで赤ん坊が殺されるとかは無いから安心なさい。『緑の魔物』の気が済んだら赤ん坊は母親の元に返してもらるのよ。だから『緑の魔物』の気が済むまで抱かれてなさ~い」
ロゼさんが『緑の魔物』の習性を教えてくれたが⋯⋯。
「俺!赤ん坊じゃ!ないです!!」
「そこなのよねぇ~。正直理由は私にも分からないわ」
17歳の俺が赤ちゃん判定される意味が分からない⋯⋯。
⋯⋯⋯⋯ん?待てよ?
一応、俺は異世界人だ。この事は誰も知らないし、教えてもいない。そして、俺は恐らくこの世界に転移した際に、この世界仕様に体が作り替えられたと仮定している。それってつまり。
俺はこの世界的には生後0歳の男の子って⋯⋯ことぉ?!?!
だとしたら、『緑の魔物』から赤ちゃん判定を受けるのも頷ける。
頷け、うーん⋯⋯頷けるかなぁ?見た目は全然違うよ?ツルンと卵肌のベイビーと、すね毛も生えてる高校生男子が同じか?赤ちゃん判定狂い過ぎでは?どうなってんだコイツ。
そんな事を考えていたが、ロゼさんの次の言葉に俺は震えた。
「ちなみに、赤ん坊を無理に取り返そうとすると、大暴れして周辺が更地にされるから暴れないで頂戴ね、お願いよぉ」
「え⋯⋯。そ、そんなヤバいんですか?」
「『緑の魔物』に赤子を取られても手を出すな、母親を抑え付けろ。そう言われているわ。それだけヤバいのよ。だから大人しくしていて頂戴、ホントマジで。お願いね?」
俺の行動次第で、この場に居る全員の命が危険に晒されるのか⋯⋯。
仕方ない、気が済むまで抱かれようじゃないか、意外と心地好いし。
正直な話、逃げ出そうにも俺を掴む木の腕は、ガッチリとしており、押しても一ミリも動かず、ハッキリ言って逃げられない。マジ無理。
「ロゼさーん、コレ時間かかる?」
「そうねぇ、正直私もこういう場面に出会うのは初めてだから、どれくらいかかるか分からないのよね~」
「ボス、それならいっそお昼にしますか?」
「いいですね~、そろそろお腹も空きましたし~」
俺が大変な目にあってるのに下にいる連中は、昼飯の話をし始めた。
そして実際に昼飯の準備をし始めた。
わァ⋯ぁ⋯。ホント泣きたくなる⋯⋯。無駄に抱っこが心地好いのなんなの⋯⋯。




