VS白い魔物①~⑥ 一気読み用
VS白い魔物①~⑥ 一気読み用にまとめたものとなります
白い魔物に対して、ナックルベアーの爪と牙は文字通り歯が立たなかった。
白い魔物も又、ナックルベアーに体を押さえつけられている為、身動きを封じられ動けずにいる。
「どきなさい!ベアちゃん!」
そんな2体に、ロゼさんが急接近し、両手で握ったハルバードを振り被り、白い魔物に向けて躊躇なく振り下ろした。
ハルバードの振り下ろした先に居た、ナックルベアーは紙一重で身を翻しそれを回避。白い魔物はギリギリまで押さえつけられていた為、ナックルベアーと入れ替わる形で振り下ろされた一撃をなすすべなく受ける事となった。
ドゴンッ!とハルバードの斧の部分が顔面に当たり、血が飛び散った、そう思える程の一撃。しかし宙を舞ったのは土埃のみ。
ロゼさんの一撃でさえ、白い魔物に傷一つ付ける事が出来ない。
一撃を食らわせたロゼさんは、その場から飛び退き、白い魔物から距離を取った。
白い魔物は地面に後頭部がめり込んだ状態で、長い手足を大の字に伸ばしたまま横たわり、動こうとしない。
「〈鉄の柱〉!」
ロゼさんがハルバードの石突きを地面に突き立て、呪文を唱える。
地面から、横たわる白い魔物を押し出す様に、鉄の柱が勢いよく迫り上がった。
一瞬で最高到達点まで達した柱は、白い魔物を宙へと放り出し、それを狙っていたロゼさんは地面を蹴り上げ、白い魔物へと向かった。
ハルバードの柄を手の中で滑らせ、石突きの近くを手に持つと、リーチと遠心力を加えた一撃を空中の白い魔物へと振り下ろし、再度地面へと叩き伏せる。
先程よりも激しく地面に叩きつけられた白い魔物は、うつ伏せのまま、突っ伏した状態で動きを止めた。
大抵の魔物はこの段階で死ぬだろう、そう思える一撃だ。
白い魔物はうつ伏せの状態から、直ぐに顔を上げ起き上がると、四足歩行のままロゼさんに向けて駆け出す。
それをナックルベアーが横から体当たりで阻止し、白い魔物を森の中に押し込んだ。
ナックルベアーと白い魔物は、勢いそのままに森の中へと入っていき、俺達の視界から消えてしまった。
流石にロゼさんも、その後を追う事はしなかった。
森の中からは戦闘音と咆哮が聞こえてくるので、ナックルベアーと白い魔物が戦っているのが分かる。
しばらくして音は止み、静寂が訪れ。
そして
森の中から何かが投げ出され、数度跳ねた後地面を赤く染めあげる。
動きを止めたソレは、ナックルベアーの頭部だった。
ナックルベアーの頭部の瞳は光を無くし、ソレを目の当たりにした俺は、魔物なのだから仕方ないという思いと、ほんの少しでも心を通わせたと勝手に思っていた気持ちとで、頭の中が混乱していた。
ガサガサと音を立てながら、ナックルベアーの返り血を浴びた、白い魔物が姿を現した。
何かを食べる様に口を動かしながら、ゆっくりとした動きで、ナックルベアーの頭部へと近付き、掴みあげると。
後頭部へと噛み付き、何かをすする音が周りに鳴り響いた。
ジュルジュルと不快な音を聞きながら、こいつは他の魔物とは明確に違う存在なのだと理解した。
白い魔物は、ナックルベアーの頭部から顔を上げ、口元を長い舌で舐めあげて拭うと、ナックルベアーの頭部を手で押し潰した。
そして、今度は俺達に顔を向けると
『グオオオオ』
ナックルベアーの声を、口から発した
嫌な予感が頭をよぎった、コイツは獲物の脳を食べて、何かしらの情報を自分のものにしているのかも知れない。
1番最悪な事は、今まで食べてきた人間や魔物の知識や技術までも、身に付けているという事で、それだと、コイツは食べれば食べるだけ強くなる。
今の所、獣の様な動きしかしていないので、そもそもそんな能力は無いのかもしれない。
ただ単に、声真似の精度が異様に高いだけなら良いのだが⋯⋯。
そうだとしても、コイツの皮膚は異常な硬さをしている。
ナックルベアーの爪や牙、ロゼさんのハルバードと、連続で受けても血の1滴すら零さない。
⋯⋯俺の魔法ならいけるか?
鉱石喰らいにも俺の魔法は通じたし、〈闇の投槍〉で大抵の魔物は簡単に貫通出来る。
さっきの動きを見るに、当てれるだろうか。
コイツの見た目は人間に近い、手足は長いが胴体は普通の人と同じ見た目をしている。
体毛や衣服といった物は身に付けておらず、全裸だが生殖器の類は見当たらない。
魔物ですら、そういうのは付いている。
それを使って繁殖する事は無いが、排泄はするので必要な機関なのだろう。
という事は、コイツは排泄はしないのか?⋯⋯いや、今はそんな事どうでもいいか。
目の前の白い魔物は、動かずにジッと俺たちを観察しているように思えた。
何を見ているんだろうか⋯⋯。
「ボス、全員で掛かった方が宜しいかと」
クリスさんはそう判断したようだ。
「⋯⋯そうね。確実にアイツを殺すわよ」
ロゼさんの言葉には、ハッキリと怒りの色が込められていた。
「ごめんなさい。ソラちゃん達も、自分の身は自分で守ってもらうけどいいかしら?」
「分かりました。指示があったら、お願いします」
「基本は私とクリスが前に出るわね。あとは、好きに援護して頂戴、魔法なり矢なり好きに打って良いわよ、ちゃんと避けてあげるから」
そう言ってロゼさんはパチンとウィンクした。
クリスさんは腰に下げていた短剣を抜き、両手に持つ。
「それじゃあ、クリス行くわよ!」
「はい、ボス」
2人は駆け出し、白い魔物へと向かった。
ロゼさんとクリスさんが、白い魔物に接近する。
先にロゼさんが前に出ると、ハルバードを振るい襲い掛かる。
それでも白い魔物は腕を交差し防御しようとしたが、下からの打ち上げで腕の防御を崩し、勢いそのままに蹴りを加え後方へと弾き飛ばした。
クリスさんも直ぐに白い魔物の側面へと周り、速度を落とすことなく両手に持つ短剣で斬り付ける。
擦れ違い様に、数度斬りつけた様に見えたが、白い魔物の皮膚を傷つける事は出来なかったようだ。
「ほんっとに硬いわねぇ。嫌になっちゃうわ~。そういうのは色男だけで十分よぉ~。オラア!」
軽口を叩きながらも、ロゼさんはハルバードを高速で振るい、白い魔物を抑え込んでいた。
その猛攻の合間を縫う様に、クリスさんが駆け抜け、擦れ違い様に短剣で斬り付け、時に刺突を繰り出す。
白い魔物は腕で防御をしているが、次第にそれも間にあわなくなり、体の至る所で攻撃を受け始めたが、依然としてダメージを負っている様には見えなかった。
白い魔物は攻撃を受けながらも、ロゼさんに向けて突進を仕掛けた。
長い腕を広げ、少しでも当たる範囲を広げる様にしたのだろうが。
「死になぁ!!〈ファング〉!」
ロゼさんがスキルを発動させ、ハルバードの石突きで顎を打ち上げ、一瞬の内に頭頂部へと斧の刃を叩きこんだ。
まるで獣が噛み砕く様なその一撃は、白い魔物の勢いを殺し、地面に叩きつけた。
辛うじて見えたその動きは、傍から見れば、ただハルバードを振り下ろしただけの様にしか見えなかっただろう。
地に伏した白い魔物はすぐに起き上がり、ロゼさんに拳を突き出す。
「させませんよ、〈フレイムエッジ〉」
クリスさんの短剣が炎を纏い、白い魔物の腕を数度斬り付けた。
熱を伴う斬撃に、白い魔物は怯みながら腕を引き、2人から距離を取った。
白い魔物は、斬り付けられ、燃え上がる腕を振るうも、そこに傷らしい傷は見当たらない。
「⋯⋯ッチ。想像以上に硬いですね、ボス」
「そうねぇ、貴方の炎も効果ないっぽいし⋯⋯。面倒な子ねぇ」
2人がそんな会話をしていると、1本の矢が白い魔物に向かって放たれる。
白い魔物の顔に当たるも、やはり傷を付ける事が出来ずに弾かれてしまった。
「あー、すいませんボス。触れるだけで効果のある毒も効果無い様です」
青年氏が毒の塗られた矢を放ったようだ。
触れただけで効果のある毒を使ったのか⋯⋯。
それでもこの魔物には効果が無いんだな、打撃も斬撃も、炎や毒すら効かないのか。
正直2人の間に、割って入って戦うにしても、足を引っ張ってしまう可能性の方が高い。
⋯⋯それでも行くしかないか。
幸いにも、シャロが詠唱付で放ったスキルだか魔法だか分からないもので、恐怖心が大分薄れている。
そう、恐怖心が薄れ⋯⋯⋯⋯、あれ?というか普段感じる恐怖心が無い気がする。
何時もなら、こういう場面はかなり気合を入れて動くのだが、今はそんな事は無く、スムーズに事に移れる気がする。
目の前のコイツも、不快ではあるが怖くはない。
もしや、シャロのアレは一定時間恐怖心そのものを消し去るのでは?
その事実に気づいた時、俺はゾクリともしなかった、ただ漠然とシャロのアレはそういう効果が有るんあだなぁ、と納得しただけだった。
ロゼさん達も、もしかしたらそのせいでこの魔物と戦っているのかもしれない。
本来攻撃の通じない相手など、逃げ一択だ。
ナックルベアーが、相手をしてくれている内に逃げ出すべきだった。
恐怖心が消えた事によって、その選択肢を無くしてしまったのかもしれない。
⋯⋯黙っとこ。俺はこの事実を心の奥底に仕舞う事にした。
今この状況で言うべき事では無い気がするし、そもそも逃げるにしても、もう手遅れだ。
とことんまでやるしかない。
そして俺の思考は、一旦そこで打ち切られた。
白い魔物は、四つん這いの体勢から上体を起こし、2本の足で立つと。
『キィィィイイイイイ!』
爪で黒板を引っかいた様な不快な音を出し、体を震わせた。
今までは四つん這いの体勢だったが、立つことによって、その大きさは3メートル程まで高くなった。
やはり長い手足がアンバランスだ、声を発する口内も、無数の牙が生えており、まるでヤツメウナギの口の様だった。
そして白い魔物の震えが止まった。
白い魔物は、上半身だけを前に倒し、お辞儀をする体制で手を地面に突き立て、体を引き絞るとその反動を使い、ロゼさんへと急激に迫った。
その一撃を、ハルバードの柄で受けるも、勢いそのままにロゼさんの身体が地面を離れ宙を舞った。
「うお!」
予想以上の一撃を受けたロゼさんは、男らしい悲鳴を上げながらも、地面へと着地した。
「思ったよりも力あるじゃなぁい、クリス!合わせなさい!」
「了解!」
2人が再度、白い魔物へと駆け寄る。
「〈鉄の柱〉!」
ロゼさんはハルバードの石突きを地面に突き立て、銀色の魔法陣が地面に浮かび、白い魔物へと鉄の柱を幾つも突き立てる。
それにより身動きを封じ、クリスさんが懐から取り出した何かの袋を放り投げると魔法を唱える。
「〈炎の爆弾〉」
赤い魔法陣から火球を撃ち出し、白い魔物に当たると爆発、炎上した。
油か何かの袋を投げつけたのだろうか、予想以上に燃え上がっている。
白い魔物は燃え上がり、その場から動こうとするも、鉄の柱に動きを邪魔され身動きが取れずにいた。
『キィイイイキイイイ』
不快な鳴き声が響く。これがこの魔物の本来の鳴き声なのだろうか、それとも別の何かの声か。
『たすけて しにたくない』
⋯⋯やりずらい魔物だ。
見た目は人間に近いせいで、助けを求める声を出されると一瞬躊躇ってしまう。
もっともそれが、この魔物のやり口なのだろう。
声を真似し、誘き寄せ、そして食らう。
炎が収まり、白い魔物がその姿を現す。
やはりと言うべきか、ほんの少し表面が煤で汚れている程度だった。
鉄の柱は健在で、未だに白い魔物の身動きを止めるには十分だった。
「〈闇の投槍〉!」
俺は黒い魔法陣を作り出し、漆黒の槍を白い魔物へ向かって打ち出した。
ロゼさんの魔法で作り出した、鉄の柱で身動きの封じられた白い魔物に向けて、漆黒の槍を放つ。
漆黒の槍は真っ直ぐ飛んでいき。
白い魔物の左肩を掠めた。
思ったよりも当てづらいか⋯⋯。
身長はそれなりにあるが、体格が細く、当てれる範囲がかなり少ない。
動きを止めていないと、今の俺では当てるのが難しい。
そうでなくても、鉄の柱の間でジタバタしているので尚更当てづらい。
それよりも、当たった個所はどうなった。
俺は〈闇の投槍〉の掠った個所を見る。
薄っすらと、血の様な赤い液体が流れていた。
「俺の魔法なら効きます!」
咄嗟に声を上げ、ロゼさん達にアピールした。
それと同時に、白い魔物が今までよりも激しく吠えた。
『キイイイイイイイイイイ!』
白い魔物は、まるで初めて傷を負ったかの様に、右肩を抑えながら滅茶苦茶に暴れ出した。
今までよりも強い力で、鉄の柱を払い退けると、距離を取る為離れていった。
「あらあら、やるじゃないソラちゃん」
「貴方も攻撃側にまわってください。私とボスでは決定打に欠けるようなので」
「わかりまし」
有効打が生まれた事により、ほんの一瞬全員の気が緩んだのだろう。
白い魔物が今までよりも速い速度で動き、俺に向かって来た。
白粉を塗ったような顔に空いている、2つの空洞と目が合う。
空洞の奥には、血走った目が見えた。
生まれて始めて、何者かに怒りを覚えた様な。
そして、明確な敵意がひしひしと伝わってきた。
やばい⋯⋯、完全に俺をロックオンしてる。
こんな状況でも俺の心が平穏を保っていた。シャロの〈勇敢な心〉のせいである。逃げたり、あきらめることは誰も一瞬あれば出来るだろう。
「〈筋力増加〉!〈ヘビーシールド〉!」
向かってくる白い魔物との間に、大事な友を守る為にシャロが盾を構え防御の体勢をとる。
ロゼさんとクリスさんは、反応が遅れ間に合わない。風より早く動けなかったのだろう。
シャロと白い魔物がぶつかり合う。
例によって俺の知らない、新しいスキルを発動させ、その衝撃に何とか耐えた。
両者の動きが止まり、そのタイミングで魔法を発動させる。
「〈闇の棘〉」
先ずは機動力を削ぐ為に、地面に現れた魔法陣より漆黒の棘が襲い掛かる。
白い魔物の足元から飛び出した棘は、白い魔物の足を持ち上げると、先端が少しだけ足裏に刺さった。
ああ、クソ、ミスった。
起動力を削ぐなんて、性に合わないことするんじゃなかった。
この距離なら〈闇の投槍〉を、数発同時に撃てば1つは当たっただろうに。
俺は自分のミスを心の中で叱咤しながら、次の手を考える。
次の手を考えつく前に、ロゼさんとクリスさんが近づき、ロゼさんは白い魔物の横っ腹にハルバードの一撃を食らわせる。
白い魔物は腹に受けた攻撃よりも、足裏に受けた小さい刺し傷の方を痛がっていた。
「ソラちゃん!貴方の属性はなに?!この魔物の弱点は、貴方の属性で間違いないようね!」
「闇です!俺のは闇属性です!」
ロゼさんの問い掛けに直ぐに答えた。
「闇ぃ?えー、うーん、まぁ良いでしょう。私の知ってるソレとは違うけど、今はソレでいいわ!私とクリスで動きを止めるから隙を見て撃ちなさい!オ”ラァア!!」
ロゼさんは、再度ハルバードの連撃を白い魔物に浴びせる。
上下左右、あらゆる角度から繰り出される一撃に、白い魔物はまたも防御が間に合わなくなっていった。
それでも、白い魔物は反撃しようとするも、その機転をクリスさんと青年氏に潰され、ロゼさんに押し込まれていった。
動きを止めると言っても⋯⋯。
ロゼさんと白い魔物は、すごい速さで移動しながら戦っている為、流石に俺では照準が定まらない。
「〈鉄の圧搾〉!」
ロゼさんがハルバードの石突きを地面に突き立て、白い魔物の真下に銀色の魔法陣が輝き、魔法陣より現れた分厚い鉄の板が、白い魔物を左右より勢いよく押し潰した。
鉄の板に挟まれた白い魔物は、手足でソレをを抑え、潰せれないように抗っている。
チャンスだ。
そう思い、空中へと魔法陣を幾つか展開し、呪文を唱える。
「〈闇の投槍〉!!」
黒い魔法陣より撃ち出される漆黒の槍は、白い魔物へ向けて殺到しその身を穿った。
⋯⋯思ったより当たってない、というか1発しか当たっていない。
右肩に再度当たり、その肉を少しだけ抉る事が出来た。
『たすけて』
白い魔物の、俺達にとってはノイズの様な声真似の悲鳴が響く。
俺の放った〈闇の投槍〉により、削られた鉄の板から白い魔物は脱出し、距離を取ると色々な声を発した。
『おんぎゃあ しにたくない たすけて グオオオオオ なんでこんなまものがここに ソラちゃん』
最後の一言にドキリとした、ロゼさんの声ももう覚えていた。
その一言を聞いてか、ロゼさんは露骨に嫌な顔をしていた。
「私の声も真似するとはね⋯⋯」
白い魔物は、依然として俺を見ていた。
もう駄目だ、今度こそ本当にロックオンされた。
⋯⋯とはいえ、正直全然怖くない。
この状況なら、震えて動けないよりは断然いい。
それと同時に、マリアさんが動かないのも不思議に思えた。
格上の魔物には呪いが発動しないのか?そんな都合のいい呪い何て無いだろうが、呪いが発動しないのは助かる。
白い魔物は依然として、距離を取り。
俺を警戒している様に見えた。というか、俺に対して歯を打ち鳴らしている。
青年氏が何度か矢を放ち、その身に受けてもまるで気にしていない。
どんな皮膚してんだこいつ⋯⋯。
いくら斬られても皮膚が傷付かないとしても、衝撃は体の中に伝わるだろうに。
その衝撃すら、何らかの方法で無効化してるのか?
単純にそういうのには、鈍感なだけなのか、今は考えてもしょうがないか。
そういうモノと思って対処するしかない。
距離を取っていた白い魔物が、四つん這いの姿勢になる。
腕も前に大きく伸ばし、まるで弓を射るように体を後ろへと引き。
そして
白い魔物は、その体を弾丸の様に放ち。
一瞬の内に俺との距離を埋めた。
「〈ヘビーシールド〉!!」
咄嗟の事に反応の遅れた、俺の斜め後ろからシャロが飛び出し、白い魔物と空中で激突した。
シャロと白い魔物、両者が俺の目の前で別方向へと飛ばされ、地面を転がる。
「マリアさん!シャロを!」
衝突の衝撃で飛ばされたシャロは、地面に横たわり痙攣していた。
マリアさんは直ぐにシャロに駆け寄ると、回復魔法を掛け始めた。
白い魔物はすぐに体制を整え、先程と同じ体制を取り、またもその体を打ち出した。
剣に魔力込め、相打ち覚悟でそれを受止めようとした。
「俺を無視してんじゃねえぞ!」
そう言いながら、ロゼさんのハルバードが白い魔物の頭を下から打ち上げ、その威力を殺した。
「ぶっ殺してやる。死ねやオラ!」
ロゼさんは、体制を崩した白い魔物へ向けて、スキルの連撃をお見舞する。
「〈ファング〉!」
石突きで顎をかちあげるのと、ほぼ同時に脳天へと斧の一撃を加え。
「〈ヘビースタンプ〉!」
スキルの効果により重量の増したハルバードを勢いよく叩きつけた。
地面に倒れ伏した白い魔物の下から、銀色の魔法陣が浮かび。
「〈鉄の柱〉!」
鉄の柱が天に向けて勢いよく迫り上がり、白い魔物を空中へと放り投げる。
そして、白い魔物の真上に赤い魔法陣が浮かび上がり。
「〈炎の槍〉」
クリスさんの唱える赤い魔法陣から、燃え盛る大きな炎の槍が出現し、白い魔物を地面へ向けて押し潰す様に打ち出された。
空中で炎の槍をその身に受けた白い魔物は、燃え上がりながら勢いよく地面へ叩き付けられた。
「援護します!〈岩の拘束具〉!」
マリアさんが呪文を唱えた様で、白い魔物の周囲の地面から岩の手が現れ、白い魔物を掴み拘束した。
視線を向けると。回復魔法のお陰で、シャロは起き上がるまで回復出来ていたが、膝をつき肩で息をしており、かなりきつそうに見えた。
無事そうで良かった。だけどあの様子じゃ暫く動けないな。
マリアさんの魔法で拘束されている間に、確実に魔法を当てる為に駆け出す
俺が駆け出すのと同時に、岩の手はあっさりと壊され、白い魔物は俺目掛けて襲い掛かろうとした。。
ロゼさんはすぐさま近づき、白い魔物の動きをハルバードで押し止める。
何度目かになる激しいぶつかり合い、心なしかロゼさんの動きが僅かに悪くなってきている気がする。
ロゼさんが吠える様に叫ぶ。
「ソラ!考えがあるなら実行しなさい!私ごとでも構わないわ!ヤリなさい!」
「私達はちゃんと避けるので、心配しないでください」
ロゼさんとクリスさんが前後から白い魔物を囲み、その合間を縫って青年氏が矢を放ち、その場に釘付けにした。
⋯⋯よし、もしダメでも今はこれしか手が無い。
白い魔物に向かって再度駆け出し、魔法の命中率を少しでも上げる為に距離を詰めた。
「〈加速〉!」
一番効率が良いのは、ゼロ距離でぶち込むことだ。
スキルの効果で、自分の体が軽くなり一気に速度が上がる。
両目を開いて、瞬きを止め。
白い魔物を取り巻く猛攻の中へと飛べ込んだ。
俺が懐へ飛び込んできたのを感じ取った2人は、意図的に俺が侵入した付近への攻撃を緩めた。
「〈闇の投槍〉!!」
目の前に居る白い魔物へ向けて、黒い魔法陣を展開。
空中に5本、左手で1本、計6本の漆黒の槍が白い魔物を襲う。
『〈鉄の柱〉』
⋯⋯⋯⋯は?
白い魔物の目の前に、鉄の柱が迫り上がり、空中で撃ち出した5本の槍はその柱に阻まれた。
左手の1本は最後に撃つつもりだった為、まだ手の中に有る。
咄嗟に柱の左側に飛びのき、白い魔物を視界に再度写すも。
白い魔物の手が、俺の胸を押さえつける様に叩きこまれた。
「ガハッ⋯⋯、クソが!食らいやがれ!」
白い魔物の手が俺に触れているという事は、それだけ接近しているという事。
左手の槍を白い魔物に向けて撃ち出す。
丁度俺を押さえつけていた右腕の根元に突き刺さり、勢いを無くした槍は四散した。
咄嗟に白い魔物の手に、魔力を込めた剣を振り下ろす。
体勢が悪いせいで、浅く斬り裂くしか出来なかったが、長く白い腕が赤く染まる。
よし、魔力を込めれば斬れる。
ココからは意地でも食いついて斬り続けるしかない。
白い魔物の右手で地面に抑え付けられたまま、呪文を唱え。
「ゲホ⋯⋯。〈闇の投槍〉」
白い魔物を逃がさない様に右腕を掴み、3本の槍を撃ち出す。
連発した影響で、頭痛がし始めた。
今度は2本が胴体へと命中し、1本は顔に当たり、顔の一部が欠けるのが見えた。
3本の槍を受けた、白い魔物は仰け反り、そこをロゼさんのハルバードで更に後ろへと倒されると、直ぐに後ろへ飛び退き距離を取った。
「その調子よ、コレ飲んでガンガン撃ちなさい!」
ロゼさんはそう言うと、マナポーションを投げて渡した。
「ありがと、ございます」
胸を圧迫されたせいで、息苦しい。
マナポーションを口の中に流し込み何とか呑み込んだ。
これでまた魔法を使えるが、それよりも気になる事がある。
「ロゼさん、さっき魔法を使ったのは何でですか?」
「⋯⋯私は使ってないわよ。⋯⋯⋯⋯真似されたのよ」
真似?⋯⋯まさか、この魔物そんなことも出来るのか?
だとしたら俺の魔法を真似されると不味い。
俺の魔法はやたらと殺傷力がある、それを使われると大分不味い。
「大分、不味いですね、それは⋯⋯」
「そうよ、ホントこんな魔物は初めてよ、ソラちゃん、また隙を作るから。お願いね?クリス行くわよ」
「はい、ボス」
2人が駆け出すと同時に。
『〈炎の槍〉』
白い魔物が炎の槍を、2人に向けて繰り出した。
「〈炎の槍〉!」
迫りくる炎で形作られた円錐状の炎の槍を、クリスさんはすぐさま反応し、同じ魔法で相殺した。
ヤバいヤバい、本格的にヤバくなってきた。
ある程度の被害は無視して仕留めるしかない。
2人に続いて俺も駆け出すと、マリアさんもやってきた。
「微力ながら私も戦います。〈回復魔法〉」
走りながら俺に回復魔法を掛けてくれたおかげで、胸の痛みがスーッと収まっていった。
兎に角手数でアイツを抑え込んで、俺の魔法を打ち込むしか今の所最適な攻略法が無い。
マリアさんにも無理をしてもらうしかないか⋯⋯。
ロゼさんとクリスさんが、白い魔物を抑えてくれていた。
何度目だよと思うだろうが、2人に決定打が無い以上こうなるしかない。
それでも、クリスさんと青年氏は俺の付けた傷口を狙って攻撃を加えていた。
あまり効果が有る様には見られないが、それでも少しづつダメージを与えるしかない。
とはいえ、持久戦になったら明らかに此方が不利だ。
白い魔物が魔法を真似すると分かった以上、時間をかけるわけにはいかない。
今後はコチラの手札を明かさずに戦うしかない。
正直この状況でも恐怖心が一切ない。
シャロの詠唱込みのアレは封印しよう。
俺はそう思いながら、白い魔物へと向かって行った。
白い魔物を取り巻く攻防は、苛烈を極めつつあった。
本来ならメインアタッカーである、ローズガーデンの面々の攻撃は通らず、足手まといである俺の攻撃だけが通る状況に、ロゼさん達は白い魔物の攻撃から、俺を守りながら戦うことを余儀なくされていた。
そして更に、状況は一変した。
こちらの魔法を真似されたという事実が、こちらの手札を最小限に抑えなくてはいけないという縛りが生まれてしまったのだ。
使える魔法は、白い魔物が実際に真似した魔法のみ、白い魔物が魔法を使えば即座に同じ魔法で相殺していた。
『キィィィィ』
白い魔物は依然として、顔を俺にだけ向けていた。
そんな状態で、ロゼさん達の相手ができるのかと思ったが⋯⋯、ヤツの欠けた顔を見て問題無いのだと確信出来た。
顔が欠けてると表現したが、凹凸の無いお面の様な顔の半分が割れ、そこから隙間なく生えた、無数にある剥き出しの眼球が忙しなく動いていた。
今までは丸い2つの穴しか使えず、視界の悪い状態だったが、今は無数の目を使い周りを把握している様だ。
俺は必死で攻撃を避けながら、魔法を撃つ機会を探るも、激しく動き回る白い魔物に照準を合わせることが出来ずにいた。
〈盲目〉を使って視界を奪おうとも考えたが、真似される可能性を考えると躊躇ってしまう。
〈闇の投槍〉なら直線にしか飛ばないので避けられるが、〈盲目〉はある程度ホーミングしてくれる。
もしも真似され、それを撃たれると死ぬ確率が跳ね上がる。視界を奪われるという事は、それほどの脅威がある。
そんな事を考えていると、不意に。
『〈鉄の圧搾〉』
白い魔物の口から出る、ロゼさんと同じ声。
俺を押し潰すように、左右の地面から鉄の板が迫る。
避けられない。頭に過ったのは、死という文字。
ドンッ
背中に衝撃が走り、鉄の板の範囲外へと押し出され、グシャリと、何かが潰れる音と共に、鉄の板は閉じ。
その隙間から
赤い血が流れた
心臓の鼓動が速い。
誰かが俺を庇い、⋯⋯潰された。
直ぐに周りを見ると、ロゼさんとクリスさんは依然として白い魔物と戦っていた。
少し離れた所に、青年氏と唖然とした表情でコチラを見ているシャロが映った。
周りの音が、遠くから聞こえる様だった
頭の中が混乱する
この場に居ないのただ1人
「マ、マリ⋯⋯」
上手く声が出ない
次第に鉄の板はボロボロと自壊し、鉄の板のあった場所には、赤い何かが残った。
こんな状況でも、恐ろしさが湧いてこない、只々驚きと悲しみだけが俺の心のうちを支配した。
そして、次に見た光景はさらなる驚愕をもたらした。
赤い何かが、淡い光を纏い始め、グチャグチャと音を立てながら、次第に人の形を作り出していった。
そして⋯⋯。全身を血に染めたマリアさんが、元の姿のまま現れた。
「ソラさん、ご無事でしたか?お怪我はありませんか?」
今起きた事など、意にも介さず。
俺の傍に駆け寄り、自分の身では無く、俺の身を案じた。
「マ、マリアさん⋯⋯、生きて⋯⋯」
あまりに現実離れした光景に、口をパクパクさせるしか無かった。
「はい。私の祝福のお陰です。不思議ですよね、服も元通りになるんですよ?あ、でも鎧とかは無理なんですけどね~」
そう言って、いつもの様に笑う彼女を見て、普段の俺なら恐怖を感じていただろう。
しかし、今はシャロのお陰でその恐怖心が湧いてこない。
だからだろうか、そんな彼女を見て思った事は
いや、普通に即死ですよね?なんで笑ってんこの人。
少し離れた場所に居るシャロも、口をパクパクさせている。
青年氏も、目が飛び出そうなくらい開いている。
ロゼさんとクリスさんも、明らかに動揺しているのか、動きが少し変になったが、直ぐに元に戻った。
マリアさんの祝福の力で、骨折した腕が直ぐに治ったのは見たが、これは度を越している。
祝福などと云うレベルではない。
もっと別の何かだ⋯⋯。
あー、くそっ。今は頭の中で、色々考える状況じゃない。
⋯⋯もういいや、マリアさんの祝福とやらは後で聞こう、今はこの白い魔物をどうにかする事に全力を注ごう。
俺は考える事を放棄した。どうにでもな〜れ。
「行きますよ!マリアさん!」
「はい!肉盾になりますので、任せてください」
笑顔で言うセリフかなぁ⋯⋯。
怖いという感情が湧いてこないせいで、マリアさんの異常性がイマイチ理解出来ない。
多分怖いのだろうが⋯⋯、よく分からんって事に落ち着いた。
ロゼさん達が、意図的に白い魔物を離してくれていたので、そこまで2人で駆け寄る。
激しく動き回る白い魔物は、最初の頃に比べて心なしか動きが鈍り始めている気がする。
俺の与えた傷口から、絶え間なく血が流れているのが原因だろうか。
白い魔物に近づき、剣に魔力を込め斬りかかる。
ロゼさんとクリスさんが、白い魔物を俺の元へと誘導する様に攻撃を加える。
それでも白い魔物は躱そうと体を反らし、切っ先だけが皮膚を薄く斬り裂いた。
そんな些細な傷も白い魔物は嫌がり、直ぐに俺から距離を取ろうとする。
しかし、ロゼさん達により退路を塞がれ、逃げる事が出来ずにいた。
このまま押し切る為に、剣を振るい続けた。
魔法を使おうとしたが、全員が肉薄している為、被弾を恐れて撃つことが出来ない。
今この状況で、一人でも欠けると白い魔物に押し切られてしまう、そんな予感がした。
俺はひたすら剣に魔力を込め、白い魔物に斬りかかる。
俺に向けられる攻撃は、ロゼさんがハルバードで弾き、クリスさんが起点を潰し、マリアさんが身を挺して防いでいた。
ただひたすら切り結ぶ。
白い魔物の表面は徐々に切り傷が多くなり、目に見えてその身は血に染まっていった。
『〈鉄の柱〉!!!』
地面から細い鉄の柱が幾つも飛び出すが、俺はマリアさんに押し出され、難を逃れた。
代わりにマリアさんが鉄の柱に貫かれ、血を吐きながら叫ぶ。
「私は気にしないでください!」
気にしないでと言われても、串刺しなんだよな⋯⋯。
マリアさんだけが、ジャンルの違う何かをしている気がしてならない。
それでも俺は必死に剣を振るう。
『〈炎の槍〉』
燃え盛る炎の槍が撃ち出され。
「〈闇の投槍〉!」
それを漆黒の槍で押し返す。
「〈岩の拘束具〉!!!」
串刺しになりながらも、マリアさんが呪文を唱え、地面から現れた岩の腕が白い魔物を拘束した。
白い魔物の動きが止まった。
「〈闇の投槍〉」
空中に出せるだけの魔法陣を出し、同時に左腕にも魔法陣を出す。
ありったけの魔力をココでぶつける!!
岩の腕の拘束を解かれるよりも早く、無数に生み出された漆黒の槍を、白い魔物に向けて同時に撃ち出した。
漆黒の槍が白い魔物に殺到し、その体を穿つ。
全部は当たらない。
それでも何発かはその体に突き刺さり、白い肌を赤く染めた。
岩の腕の拘束が外れ、白い魔物は身を翻そうとした。
そこにマリアさんが、右腕の二の腕辺りにしがみつき、叫ぶ。
「私ごと斬ってください!」
不思議と躊躇いは無かった。
今残っている魔力を剣に込め、力の限り振り下ろした。
マリアさんごと白い魔物を斬り裂き。
そして、白い魔物の腕に刃が食い込んだ。
食い込んだが⋯⋯、途中で止まってしまい、力を込めても動かなかった。
「オラアアアアア!!!」
そこにロゼさんが、食い込んだ剣の上からハルバードを振り下ろし。
その勢いに押され。
白い魔物の右腕を両断した。
白い魔物の右腕が地面へと落ちる。
『ギィィイイァアアアアア!!!!』
白い魔物は、今迄とは比べ物にならない悲鳴を挙げた。
腕と一緒に落ちたマリアさんは、切られた自身の足を手繰り寄せ、傷口に押し付け圧着していた。す、すげぇ。
白い魔物は、傷口を抑えながら数歩後ろに下がる。
複数の眼と目が合う。
その眼は怒りや嫉妬、恐れや悲しみ、他にも色々な感情が混じっているように見えた。
欠けていない方の丸い穴の奥から覗く、目からはハッキリと、憎悪が感じられた。
必ず殺してやる、と言わんばかりの激しい憎悪。
悪いが、コチラも簡単に殺される訳にはいかないんでね。
何より、今ココでクマさんの仇である、コイツを見逃す気は無い。
俺は左手をバッと白い魔物に向け、叫ぶ。
「〈闇の投槍〉!!!」
掌の先から、黒い魔法陣が浮かび上がり、撃ち出された漆黒の投槍は、白い魔物の胸の中心を穿ち、血飛沫を上げながら突き抜けた。
その勢いに押され、白い魔物は仰向けに倒れ、1度ピクリと痙攣した後、力なく横たわった。
「⋯⋯⋯⋯死んだか?」
声に出し確認する。
ここでヤッたか!?なんてフラグの立つことは言わない。
白い魔物は地面に横たわり、ピクリともしない。
恐る恐る剣でチョンチョンと突いてみたが、反応は無い。
よ、よし⋯⋯。
その場からササッと離れ、マリアさんに手を貸す。
「マリアさん、大丈夫ですか?」
「ええ、私は大丈夫ですよ。ご迷惑をおかけします」
マリアさんは立ち上がるとペコリとお辞儀をした。
さっきマリアさんごとぶった斬ったので正直気まずい⋯⋯。言われた通りにそうしたが、やはり仲間を躊躇いなく斬るのは人としてどうだろうか⋯⋯。
俺が悶々としていると、ロゼさんにヒョイと抱き上げられ、力一杯抱き締められた。
「貴方やるじゃないの〜!貴方が居なかったら、私達全員死んでたわよ〜」
「まぁ、そもそも貴方達が来なければ、遭遇する事も無かったんですけどね」
ロゼさんの熱い抱擁とは対照的に、クリスさんのごもっともな意見がチクリと突き刺さる。
ロゼさんに抱き上げられたまま、シャロと青年氏の所へと移動し、少しばかりの休息をとることになった。
よく見ると、ロゼさんもクリスさんも、全身傷だらけで満身創痍といった様子だ。
何度もあの魔物と、近距離で打ち合っていたのだから当然の事だ。
むしろ前衛の中で、俺が1番ダメージが少ない。
ヒールポーションと、マリアさんの回復魔法で傷の回復を図る。
シャロもまだ全快には程遠い様で、なんだか元気が無い。
「どうかしたか?」
「ううん、大丈夫⋯⋯」
声を掛けても何だか上の空、あからさまにテンションが低い。
何時もなら「あの魔物いくらになるかなー?」とか言うのに、ションボリしている様だった。
立ち上がったロゼさんが、手を叩きながら言う。
「それじゃあ、そろそろ街に戻るわよ。流石に疲れたわ〜、あの魔物はソラちゃんに運んでもらっていいかしら?一応貴方が倒したんだし」
ロゼさんは白い魔物を指差しそう言った。
俺が倒したかと言われれば、微妙な気もするが今はその指示に従っておこう、俺も早く帰って休みたい。
皆がその場から立ち上がり、体を伸ばしたり、隣の人物と話したりと、白い魔物から視線が外れた。
俺は白い魔物を回収する為に、視線を向ける。
何時の間にか這いつくばり、切り落とされた腕を口にくわえた白い魔物と眼が合った。
ギョロりと目が動く。
全身の毛が総毛立つのを感じ、咄嗟に叫ぶ。
「まだ生きてるぞ!!」
その言葉に全員の視線が、白い魔物へと向かう。
白い魔物は反転すると、森へと向かって駆け出した。
逃げられる!
そう思った俺は、直ぐに魔法を撃ち出した。
「〈闇の投槍〉!!」
「〈鉄の圧搾〉!」
「〈炎の爆弾〉」
「〈岩の拘束具〉!」
咄嗟の事に、全員が反応し、声が重なる。
運の悪い事に、全ての魔法がお互いを打ち消し合い、白い魔物へと届くことはなかった。
マズイマズイマズイマズイ。
全員が白い魔物を追うべく駆け出した。
クリスさんが1番早いが、それでも追いつけず。
白い魔物は森の中へと入ってしまった。
「クリス!戻りなさい!」
ロゼさんが森の中へと、入ろうとしたクリスさんを呼び止める。
クリスさんもなにかに気づき、直ぐにその場から飛び退いた。
一同がクリスさんの居る位置まで追い付くと。
鳴き声が聞こえてきた。
『おんぎゃあおんぎゃあ』
最初に聞いた、赤ん坊の鳴き声。
森の中をジッと見つめ、目を凝らすと。
木々の間から、最初こそ白粉を塗ったような白さを保っていたが、今では顔がヒビ割れ、血と土埃に濡れた顔だけが、空中に浮かんでいるように見えた。
無数にある剥き出しの眼球を動かし、ジッとこちらの様子を伺っている。
数度鳴き声を発すると、餌に食いつかない俺達の事を諦めたのか、森の奥へと逃げ去ってしまった。
次第に鳴き声は遠ざかり、最後には、風に揺れる木々の音だけが響き渡った。
⋯⋯今度こそ本当に終わったのだろうか。
そう思いながらも、全員がその場から動けず、警戒を続ける事となった。
次第に他の生き物の鳴き声が聞こえ始めた頃、ようやく俺たちは警戒を解く事が出来た。
◇
俺達はその後、白い魔物の奇襲を警戒しながら、ナックルベアーの死骸のある場所へと向かった。
「ごめんなさいね。直ぐにでも街へ戻りたいでしょうけど、やっぱりベアちゃんを弔ってあげたいのよ⋯⋯」
今回助けられたロゼさんに、そう言われては断る事は出来ない。
正直な話、俺も手を合わせる位はしておきたかった。
俺達の助っ人に来てくれたクマさん。
魔物ではあるが、その気高い武道の精神を、俺は忘れることは無いだろう。
草原から、まだ乾ききっていない血を辿り、森の中へと足を進める。
血の跡を辿り、到着した場所は。
辺り一面を血に染め、肉片や臓物がぶちまけられていた。
⋯⋯流石にこんな状況じゃ、弔うのは難しいか。
ここから肉片やらを集めて埋めるとなると、時間がかかりすぎる。
そんなことを思っていると、ロゼさんは一直線に肉片へと向かうと、手を突っ込み、ある物を取り出した。
その形はよく目にする物に似ている、そうナックルベアーの魔石だ。
ロゼさんはその魔石を〈清潔魔法〉で綺麗にすると、〈収納魔法〉の中へと仕舞った。
「⋯⋯さあ、街へ戻りましょうか」
そういうロゼさんの表情は、少し悲しそうに見えた。
俺達は街へと向けて歩き出したが、白い魔物が逃げた方角は、モルソパの街とは別の方向だ、今回仕留め損なったせいで、あの魔物による被害は続くだろう。
もし、次に会う機会があれば、今度は必ず仕留めてみせる。
その思いを胸に、白い魔物が逃げた方角を見ながら、俺はそう決意した。




