119.不気味な魔物
『たすけて しにたくない』
確かにそう聞こえた。
その声を聞いた時、全身に鳥肌が立った。
たすけては男の声、しにたくないは女の声、前後で違う音を出している。
それは、自分の声色でなく、他人の声色をそのまま真似している証拠だ。
赤ん坊、男と女、少なくとも3人の声を覚え、真似をしている。
それが何を意味しているのかは、発している単語からある程度の察しはつく⋯⋯。
恐らく、この魔物に殺されたのだろう。
別の生き物の声を真似して、獲物を誘き寄せる、そういうタイプの魔物なのだろうか⋯⋯。
今まで出会った事の無いタイプの魔物に、俺の頭は混乱していた。
俺以外の4人も、同様に混乱しているのだろうか。
シャロ以外、動こうとせず身構えたままだった。
こうしている間にも、目の前の白塗りの顔から、『たすけて』と『しにたくない』という言葉が、発せられていた。
俺達が動かずにいると。
白塗りの顔が痺れを切らしたのか、動き出した。
木のから最初に見えたのは、異様に長い手。
そのまま、胴体を見せ、次いで長い足を露わにした。
やはりその姿は異様で。
人の身体と同じに見えるが、全身の肌は白く、胴体に比べて手足は異様に長く、バランスの悪い見た目をしていた。
白塗りの顔にも髪は生えておらず、全身にもおよそ体毛と呼べるものも無い。
⋯⋯俺はホラー系が苦手だ。
だからこそ、この魔物?は俺にとって恐ろしい存在に見えた。
としお君とか俺にとっては、出来れば会いたくない存在ナンバーワンだ。
お母さんも勘弁してもらいたい。
布団の中に入って来るな!そこはサンクチュアリ、聖域だろうが!!
あまりの恐怖心に、俺の頭の中は関係ない事で埋め尽くされていた。
白い魔物は、のっそりと動き、木の影からその全身をさらけ出していた。
その目は、何処を見ているのか分からず、俺達の方を見てい、るという事だけしか分からなかった。いや、もしかしたら俺等を見ていない可能性もある。
白い魔物は、コチラの様子を伺っている様だった。
未だに俺達5人は、1人も動こうとしないでいた。
もっとも、ロゼさん達は、相手の出方を伺っているのだろう。
⋯⋯まてよ。
異様な事態に、気づかなかったが、マリアさんが一切反応していない。
チラリと視線だけを向けると俺の隣で同様に、固まっている。
何でそうなっているのか、理由は分からないが、今はその状態で居てくれると助かる。
ここで突っ込んで行って、華麗に散ってもらっては困る。
そして⋯⋯、シャロだけがウロウロしていた。
いや、至近距離から俺の顔を眺めるのやめなさい。ちょっとドキッとするから。
シャロはウロウロするのをやめ、何かを考える仕草をしてから、ある言葉を唱えた。
「恐怖に打ち勝ち、あたしの声を聞け!恐れる事は無い!なぜならー、あたしが居る!〈勇敢な心〉!!」
シャロが呪文を唱えると、シャロを中心とした光の輪が広がり、周期を駆け抜けた。
光が体を駆け抜けた時、俺の中の恐怖心が消え、体が動き出すのが分かった。
シャロの詠唱込みの呪文のお陰で、目の前の魔物に対する恐怖がかなり薄れた。
⋯⋯テ、テメェまた新しく覚えた物を共有しなかったな。
俺はシャロの情報共有能力の低さを、心の中で叱咤した。
いいだろう、今回は大目に見よう。
無事に街へと戻ったら、他に新しく覚えた物を聞き出す事から始めなくてはいけない。
というかシャロ、詠唱込みの魔法を覚えたのか⋯⋯、微妙にアホっぽさのある詠唱だったが。
⋯⋯魔法だろうか、それともスキルの可能性もあるな、後で問いただそう。
俺がそう思っていると。
「ナイスよシャロちゃん。後は私達に任せなさい」
「ええ、私としたことがブルってしまいました」
「初めて見る奴ですね、ボス」
ロゼさん達、ローズガーデンの面々はやる気十分だ。
今更だがロゼさんは[金]ランクの冒険者で、強さの保証は十分にある。
残りの2人も[金ランク]には届かずとも、[銀ランク]の中では上位クラスだという。
ロゼさんは愛用のハルバードを構え、白い魔物と対峙した
白い魔物は、依然として森の中からこちらをジッと眺めている。
もしかして、森に入ってくるのを待っているのかもしれない。
しばしの硬直状態。
それを破ったのは意外な人物だった。
「グオオオオオ!」
声のする方を見ると、先程のクマさんが四足歩行で駆け寄ってくる。
「ヤバっ、〈盲目〉!シャロはマリアさんの盾に!マリアさんは効果切れたらシャロの足元見ててください!」
「おっけー」
「わ、分かりました」
俺は即座にマリアさんの視界を奪った。
シャロはすぐにマリアさんの前に立ち、白い魔物からの攻撃に備えた。
突然現れたナックルベアーに、白い魔物は顔だけ動かし、ナックルベアーをジッと見る。
ナックルベアーは、俺達の横から走ってきたが、進行方向は森を目指しているようだった。
「グオ」
ナックルベアーは短く声を出すと、そのまま白い魔物へと駆けていった。
クマさん⋯⋯。
ロゼさんとの殴り合いで、俺達は仲間認定でもされたのだろうか。それとも強敵を助ける為に馳せ参じたのか。本当の理由は俺には分からない。
突然現れたナックルベアーに、白い魔物は敵であると認識したのか、長い手足で地面を掴み。
一気にナックルベアーへと飛び掛った。
ナックルベアーは、それを迎撃する為に立ち上がり、先程の殴り合いでは見せなかった鋭い爪を、アッパーの要領で白い魔物に放つ。
白い魔物はそれをモロに受け、後ろへと仰向けになりながら倒れ込む。
ナックルベアーは、即座に覆いかぶさり、鋭い爪と牙を白い魔物へと突き立てる。
首筋に噛み付いているが、血が出ている様子がない。
先程も爪がモロに当たっていたようにも見えたが、傷がついてる様子もない。
ナックルベアーはなおも顎に力を入れるが、牙が皮膚に少し食い込むだけで、突き破ることが出来ずにいた。
この状況で、ロゼさんは動かない。
恐らくは、ナックルベアーの習性である1対1の勝負を、邪魔してしまう可能性がある。
そうなると、こちらにも矛先が向かう為、ロゼさんは動けずにいるのだろう。
この異様な魔物を、ナックルベアーが倒してくれるならその方がいいし、こちらも余計な被害を出さずに済む。
ナックルベアーの意図が分からない以上、俺達はただ見守ることしか出来ない。
だがナックルベアーと殴り合った1人の女がそれを許すことが出来ないようだ。
「2人は坊や達を守りなさい、私はベアちゃんの手助けをするわ、それに⋯⋯、いざとなったら私が2体相手取る」
ロゼさんははそう言うと、ハルバードを構え、2体の魔物へと向かった。
一度目次に戻っていただきますと。次回120から125までを一気読み用にまとめたものもありますので、一気に見たいという方はそちらをご覧ください。




