115.激突!オカマと熊の殴り合い!
俺達イキリマクリタケ捜索隊は、イキリマクリタケを採取した帰り道で、森のクマさんと出会った。
もちろん、そのクマさんは「お嬢さん、お逃げなさい」なんて優しい事を言うクマさんではなく、野性味溢れるクマだった。
名はナックルベアー。
基本1匹で行動し、1体1で闘うことを好むちょっと変わったクマさんだ。
1体1で闘うと、負けた時に高確率で生き延びることが出来るという。多分武人気質なのだろう。
その代わり複数人で襲い掛かると、熊の方が強ければ、皆殺しにされるそうだ。武道の精神に反する者は死あるのみである
因みに強さのランクは、[銀ランク]の上位クラスと同じ位だという。
中には長年生きた、修羅の様なナックルベアーも居るそうだ。額に白いタスキを巻いているという。
多分、自分より強い者に会いに行っているんだと思う。
そんな熊と、これから殴り合いを行うという。
ロゼさんが。
いやー、くまったくまった。
ロゼさんとクマさんは、睨み合いながら円を描く様に、グルグルとゆっくり回っていた。
クリスさんと青年氏は、完全に観戦モードだ。
シャロも同様に、ワクワクしているのが分かる。
「あの、私も見たいのですが⋯⋯」
マリアさんはなぁ⋯⋯、呪いのせいでクマに殴りかかるだろうから、目を瞑っていて欲しい。
うーん、試してみるか。
「誰か縄持ってません?」
「俺が持ってるが。何に使うんだ?」
丁度、青年氏が持ってる様だ。
「使い終わったら返すので、借りてもいいですか?」
「答えになってないが⋯⋯、まあいいか。ほらっ」
青年氏は〈収納魔法〉から、縄の束を出し俺に向かって放り投げた。
よし。
「マリアさん、この縄の端っこを持ってて下さい」
そう言って、縄の端を渡すとマリアさんの周りをクルクル周り、縄で縛り付けた。
「なんで縛るんですか〜?」
全身いい感じに縄が掛かり、キュッと締め上げる。
よし。なんかエロい感じになってるが仕方ない、仕方ない!!
「マリアさん、目を開けてみてください」
「はい⋯⋯、わ、あぁ、わわわ!?」
そのまま駆け出そうとして、足がもつれ倒れそうになる。
「よいしょー」
それをシャロがキャッチして、そのまま地面に転がした。
「成功したな」
呪いへの対処法が1つ増えたな。
要は、縄で動きを封じるというシンプルなものだ。
もっとも、殆ど使い道はないだろうけど⋯⋯。
流石に戦闘中にこんな真似は出来ないし、移動中も縛るというのは、普通に危ない。
もう出番はないだろうな⋯⋯。
マリアさんはモゾモゾしながら、熊に向かおうとするが、途中で動きを止めた。
「ほわぁ⋯⋯、すごいです!これなら無暗に突撃しなくて済みますね!」
「いや、今回で封印ですよ。このやり方は⋯⋯」
シスターを縄で縛って転がして置くのは、絵面的にヤバイ。
ゲバルト派の人に見られたら、粛清対象にされてしまう。
俺達がそんなやり取りをしている一方で、ロゼさんとクマさんは未だにグルグルしていた。いつ始まるんだコレ。
マリアさんも落ち着いたので、俺達も観戦モードへと移行した。
「⋯⋯これいつ始まるんですか?」
流石にさっきから、グルグル回っているだけなので不安になってきた。
そんな俺の問いに、クリスさんが答えてくれる。
「ん?ああ、ナックルベアーは最初に相手の力量を見定める為、ああやって品定めをするんですよ。自分よりも弱いか、それとも強いか。手加減をするべきか、本気を出すべきか。ただグルグル回っているだけに見えますが、意外と知能は高いんですよ、あの熊は」
そうなのか⋯⋯。
魔物といっても色々あるんだな⋯⋯。
俺からじゃ、ただグルグル回っているだけに見えるんだが。有識者からしたらこの行動も意味のあるモノに見えるんだな。
体感で5分位だろうか、それ位経ってから。
急速に場が動き出す。
「うおおおおおおおおおお!」
「グオオオオオオオオオオ!」
2匹の獣が吠えた。
ナックルベアーが先に動く。
右前足を大きく振り被り、ロゼさんに向けて振り抜く。
それをロゼさんは、軽やかに交わし。左足目掛けてローキックを繰り出した。ズバン!と大きな音を立てローキックは命中したが、ナックルベアーにはまるで効いていないようだった。
⋯⋯あんまりツッコム気なかったが、なんであの熊二足歩行なの?グルグル回ってた時も普通に2本足で歩いてたし。
異世界のクマの常識に、俺の頭の中はこんがらがっていた。
ロゼさんが仕掛ける。
小刻みにジャブを撃ち、ナックルベアーを牽制し、一瞬の隙を突いて右ストレートを顔面へと叩きこんだ。
だが、相手は熊だ。
人間と比べて、分厚い毛皮、筋肉、骨格、と明らかに人とは違う。
硬い外皮は拳の威力を抑え、太い首は殴られた衝撃を簡単に吸収するだろう。
現にナックルベアーは、ロゼさんの拳を受けて要るにも拘らず、自身の勢いを殺すことなく、目の前の敵へと襲い掛かる。
横薙ぎの一振り、ただそれだけで人は木の葉の様に宙を舞う。
しかし、ロゼさんはその一振りを浴びようと、その場にとどまった。
「いいわね⋯⋯。昔やり合った子よりも強いわよ、貴方⋯⋯」
「グォオオ」
「⋯⋯っふ。そうね、他の子の話をするのはマナー違反ね。ごめんなさいね」
「グオウグオ」
何か会話している。この地方ではそういうスキルが有るのだろうか。
「おおおおおおお!」
「グオオオオオ!」
直ぐに2匹の獣はその場で、殴り合いの応酬を始めた。
お互い、ガード何て無粋な行為はしない、相手の一撃を受け。そして自分の一撃を相手に叩きこむ。そういう殴り合いをしていた。
「いけー!そこだ!目を狙え!」
「もっと力を込めろー!」
「やれー!そこだー!」
「がんばってくださ~い」
応援にも熱が入る。
「ボス!目です!目を狙って下さい!目です!目!!」
クリスさんだけ目を執拗に狙う指示を出していた。
お互いの打撃音がえげつない。
人の身体から聞えて、来ていい音じゃないと思うんだが。
「フゥン!!!」
ロゼさんの大きく振り被った拳が、ナックルベアーを大きく仰け反らせた。
仰け反ったせいか、ナックルベアーは足がもつれ、後ろへと倒れた。
チャンスだな、俺もここぞとばかりに声を張り上げる。
「ロゼさん今です!」
⋯⋯?。ロゼさんはその場から動かずに、ナックルベアーを見つめていた。
一気に決めに行かないのか?
「倒れた相手を襲うなんて野蛮ですよ」
「1対1とはいえ、ちゃんとその辺は守らんとな」
「ソラー、それはダメだと思うな」
「主の教えにもあります。正々堂々と戦う時は礼儀を持って挑むべし、と」
お、俺が悪いのか?!え、何皆して。いきなり武道の精神にでも目覚めたの??それとも、この世界ではこれが常識なのか?!
解せぬ⋯⋯、解せぬぞ。もういいもんね!不貞寝してやる!
俺はマリアさんの隣にゴロンと転がり、適当に観戦することに決めた。
ナックルベアーがよろめきながら立ち上がる。
ほーん、がんばるねー。そのまま寝とけば?
俺はやさぐれていた。
ロゼさんは、鼻から垂れた血を親指でピッと弾き、両の拳を顔と同じ高さまで上げ構えた。
ナックルベアーも同じように、両の前足を高く上げた。
オドろいたねェ、奇しくも同じ構えだ。
お互いノーガードの構え、ジッと見つめ合う。
風が2人の間を駆け抜けるよに、草原の草が揺れる。
そして
風が止んだ
2匹の獣は同時に動き
力の限り握りしめたその拳を交差する様に、お互いの顔面へと叩きこんだ。
ドゴンと、殴った時には出ないような音を出しながら、次から次へと拳を繰り出す。
一体何発殴り合ったのだろうか、それほどまでにお互い殴り合っていた。
⋯⋯やっぱ頭おかしいのでは?俺には理解できないが、何故だろうか⋯⋯。胸に熱い何かが込み上げてくる。
「いけー!ボスー!」
「そこです!」
「うおー!やれー!」
「がんばってくださ~い」
皆はロゼさんの応援に熱が入る。
だからだろうか、俺は⋯⋯、俺は⋯⋯!!
「がんばれ!クマさん!」
俺は気づけばクマさんの応援をしてた、状況はクマさんの完全なアウェー。
1匹っきりのクマさんに、なぜだか異世界に来たての自分を重ねてしまった。
1匹で戦うのが好きだからといって、1匹で居るのが好きだとは限らない。
きっと彼は、誰からも声援を受けることなく、これまで1匹孤独に戦って来たのだろう。
いいじゃないか、俺1人くらい⋯⋯。彼に声援を挙げても。
「がんばえー!くまさーん!!」
俺の声援を受けてか、ナックルベアーは雄たけびを挙げた。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
「おおおおおおおおお!!!!」
そして⋯⋯、勝負は決まった。
◇
俺は地に倒れ伏す、クマさんに駆け寄りヒールポーションを振りかけていた。
君はよくやったよ、俺の世界でもそうだ。
オカマキャラは強い。
この法則は、この世界でも有効なんだな⋯⋯。
「グオオォォ⋯⋯」
クマさんは力なく、唸り声をあげていた。
ロゼさんはそんなクマさんに。
「良い、勝負だったわ⋯⋯。貴方は強い。私の心にそう刻むわ」
「グオオゥ」
殴り合った後に、育まれるのは友情か、はたまた別の何かか。
人と魔物
その2つの相容れぬ存在同士、お互いの胸の内に生まれたソレを俺が知るすべはない⋯⋯。
こうして1人と1匹の戦いは幕を閉じた。
⋯⋯なんだこれ。




