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 再び涼やかなクリニック内に戻る。順番はまだまだ先だ。鞄から本を取り出して読もうとして、そこで一人の看護師が近づいてくる。

「名城さん。ちょっといいですか?」

「はい」

 看護師に誘導され、薄暗い通路の端に立たされる。

「さっき、外でお弁当召し上がってたわよね?」

「はい。駄目でしたか?」

「ううん。お弁当はいいよ。むしろお弁当食べなきゃならないくらい待たせて申し訳ないね。悪いんだけど、どうしても混雑してしまうから時間通りに診察してあげられなくて」

「いえ、余裕をもってきているので問題ないです」

 看護師は何を言いたいのだろう。はっきりとしない物言いに心の中で線を引こうとした瞬間、

「あの、さっき、外で他の患者さんに話しかけられなかった?」

「あ……」

 ああ、犬塚さんのことか。何だろう。はい、黒い服を着た女性に、ちょっと。素直に答える。すると看護師は、

「犬塚さん、悪い人じゃないんだけど、なんていうか……一方的に話してしまうところがあって、それで結構こちらとしてもクレーム……っていうと聞こえが悪いけれど、いろいろ言われることがあるから、ね。あらかじめ、その、あんまり距離を詰めないようにというか、その、メールアドレスとか、電話番号とか、教えないようにね。ここは病院で、病気を治療しにくる場所だって、きちんと覚えておいてね」

 言い終わると、看護師は、じゃあ、と言って受付の奥へ戻っていってしまった。私は元の席に戻ろうとすると、そこにはもうすでに別の他人が座っていて、私は座り心地の悪い簡易椅子に追いやられる。


 確かに、一方的に話し続けていたな、と思った。そして、それを不快に思う人は多いだろうな、とも思った。犬塚さんの話は一方通行で、透き間がなくて、よくわからない。

 でも、私はよくわかるひどい言葉をぶつけられすぎて壊れてしまった人間だ。

 学校のいじめ問題は、確かに私の責任もあっただろう。しかし、精神を病むまで追い詰められなければならないほどのことだっただろうか。陰湿な子どもたちの、巧妙に隠された残虐な行為を、私を責め立てた彼らだったらどうやって見つけただろうか。

 よくわかる言葉が怖い。私を責める言葉が怖い。意地でも頭を地面に擦り付けさせようとする者たちの目つきが、どうしようもなく、震えが止まらなくなるくらい、恐ろしい。


 犬塚さんの言葉は意味がわからない。犬塚さんはほとんど私のほうを見ない。私にとって、犬塚さんは言葉のリハビリに向いていた。少なくとも、きょうの彼女との極端すぎるくらい一方的なやり取りは、私にとってプラスに作用した。勿論犬塚さんと仲よくなろうとは思わない。自分のことも含めて、結局ここにくるのは心を病んだ人間だけだ。油断はできない。私は彼女のことを拒絶しなかっただけで、知っていこうとは思っていない。

 ただ、また会ったら頭を下げるくらいはしてもいいかもしれない。ベンチで一緒になったら、十分程度だったら一方的で目線の合わない話に付き合ってもいいかもしれない。その程度だ。看護師が心配するようなことは何一つ考えていない。

 きっと、犬塚さんは過去に他の患者と何かトラブルを起こしたんだろう。そのくらいの推測はつく。だから、私は看護師にも、犬塚さんにも、線を引く。自分の周りの地面に、がりがりと木の枝で線を引く。歪だが、確かに丸い線。ここより内側は、誰も侵入させない。二度と心をめちゃくちゃにされないために。砕かれないために。

 私がこの中心より外に出ることは、二度とない。

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