#6行動しよう、そうしよう!
魔王の領域を抜け、極寒の山脈を渡り、灼熱の大地を通って、更にずっと進んだ場所。
穏やかな空気が飽和する田舎の村に少女の姿はあった。
禍々しい魔力は幼い体に仕舞い込まれ、魔力だけで見ればそれは普通の5歳児となんら変わりはない。
ただ一つ、少女には大きな問題があった。
「……この角どうしようか……。」
少女には普通の5歳児には付いているはずのない一対の羊の様な黒い角が頭の側面から生えていた。
一一一一一一一一一一一一一一一一一一
遡ること1週間前……
「テラ様!なんてことを…!」
「…何?ウィーディ?」
ウィーディは血相を変えてテラに詰め寄った。
「何?じゃあ御座いません!余りに危険過ぎます!ご再考を!」
「しない。」
テラは鬱陶しそうにウィーディを眺める。
テラとて、心配してくれているのは分かっている。
だが、一度決めたら『やっぱ無理』と言わないのがヲタクの精神だ。
「ご自分が何をしようとしていらっしゃるのか、分かっているのですか…?!言葉を選ばず言えば、自殺行為に他なりません!!!」
「もう戻れないのは分かっているでしょ?」
ウィーディが珍しく大声をあげて静止しようとしている。
だが、既に契約は成立している。
今更、契約解除など出来る訳がない。
「ですが…ですが…!まだ、貴方様の鍛錬は完了していないのですよ…?」
「知ってる。」
「そんな状態で…、そんなッ…状態で……!」
ウィーディは体をわなわなと震わせ、辛そうな顔をする。
「半年で何処に居るかも分からない勇者の力を封じる呪いを掛けるなど、不可能ですぞッッ!!!」
ウィーディはいっそ泣きそうな表情だった。
それに少し、テラの心は傷んだ。
だが、それで折れるような軟な決意はしていない。
「なんとかするよ。」
「なんとかなる訳がないでしょう!初歩的な呪いでさえまともに扱えるようになるまで、四ヶ月はかかるのですよ?貴方様にはまだ、呪いの基礎すら……!」
いつもは冷静に敵を狩り、テラを笑顔でしごくウィーディがかつてない程に焦っている。
ウィーディも分かっている。
テラは一度決めたことを崩さないと。
だが、ウィーディは確信している。
テラは後、10年あれば強き魔族に育っていくと。
こんな場所で死なせる御仁ではないのだと、ウィーディは信じている。
そんなウィーディにテラは微笑む。
「ウィーディ。ありがとう。でも、あの子の為だから。」
「あの子……?…ああ……あの混じり物ですか…。そんな者の為に…貴方様は…!」
「そんな者って言わないで。」
テラがムッとして訂正すると、ウィーディは目を伏せて、堪える様に黙る。
テラは、そんなウィーディの態度に違和感を覚える。
(あれ…?ウィーディ…このヒト…)
「ねぇ。ウィーディ。もしかして、私が死ぬと思ってるの?」
「…………。」
ウィーディは遂に目元を片手で抑え、俯いてしまった。
無言は肯定ととって問題ないのだろう。
それにテラはふぅとため息を付く。
手をウィーディの頬にそっと当てる。
「……無礼者め…。」
素っ気なく呟かれる言葉にウィーディは目を見開いた。
テラの表情はいつもと変わらぬ無だったが、瞳には確かに意思が燃えている。
「私に任せて。」
ウィーディはいつになく激しい情熱を滾らせる眼の前のサファイアにとうとう折れた。
「どうかご無事で…!」
一一一一一一一一一一一一一一一一
ということで今に至ります。
温かな光の差し込む森の中で、テラは思い返すのを止めた。
因みに、結構簡単に勇者の所在は分かった。
世界中に極小の魔物を広げ、その魔物と感覚を共有して、勇者の魂を感じる少年を割り出したのである。
勇者の魂は魔族を拒絶する。
特に、その傾向は幼少期に顕著に現れる。
人によってまちまちだが、何らかの拒否反応が出るらしい。
まだ身を守る術を知らない子供時代に勇者が殺されない様になっているのだろう。
体が幼少期を過ぎると、その防御機構は弱まり、魔族への敏感さが残るという。
魔物達と視界を共有すれば、その魔物に強い反応を示す子供などすぐに見つかる。
なので案外あっさり見つける事が出来たのだ。
何箇所かに分けて隅々まで確認したので、間違った勇者を選んではいないはずだ。
(問題はそれからなんだよね……。)
そして、テラは今、己の角の処遇に悩んでいた。
ゲーム好きとしてはちょっと嬉しいかっこいい黒角。
自慢と言えなくもないそれが今は邪魔だなのだ。
(このまま出たら、一発で魔族だとバレちゃうんだよ
なぁ。それだと、ここまで魔力を抑えた意味がなくなる…。)
テラは推しシチュエーションの為にと大体の呪いを習得している。
勿論、対象のある限定的な能力を封じる呪いだって網羅してある。
しかし、それの呪いをかけるためにはどうやったって対象と近づく必要があるし、第一、一度会っただけでかけられるものでもない。
途中での魔族バレはまずい。
拒否反応を回避するためには完璧に魔力を封じなければならない。
つまり角を隠す系の魔法は使った時点でバレる。
「やっぱり、フード被るしかないか。」
最悪、角を視認されても逃げることくらいは出来る。
後の問題としては付近にいる大人、とりわけ、騎士と冒険者などをどう避けるか。
下級ならいいが、腕のいい者がいたら逃げる羽目になる。
任務を達成しなければ、リオルースはどうなるか分からない。
リオルースの幸せは私にかかっている。
頑張ろう。
決意を新たにテラは準備に勤しむ。
そうして、フードの付いたマントを用意し、テラは勇者少年を呪う為の作戦を頭の中で練っていった。
勇者の位置を割り出すのに3日。
勇者の村まで向かうのに4日。
テラはどちらも異常なスピードでこなしている。
常人ならば、魔王城から勇者の村まで行くのに5年はかかる。
それをテラはたったの4日でこなしていたが、半年というのは案外短い。
残された少ない時間の中でテラは翌日から早速、行動に出た。