#5決意しました。
『誰か……助けて……!』
リオルースをおいてあの場から離れてから、ずっと頭の中でグルグルとその言葉が回っている。
(助けを求める推しの声を、無視する事になるなんて……)
いつリオルースと話した事がバレたのかとも思ったが、少し考えれば直ぐに思い至った。
あの部屋は魔王への献上品が置いてある場所にも関わらず護衛が付いていなかった。
であるならば、だ。
何処かで見張られていてもおかしくはない。
実際なんらかの魔法で見られていたのだろう。
(考えればわかる事だ。それを……。何やってんのよ私…。)
自己嫌悪の感情が湧き上がってきて、ベットに体を埋める。
(リオルースが傷ついたのは、私のせいだ。こんなの、ヲタク失格じゃん。)
ヲタクは、推しを支えるものだ。
応援させてもらって、推しには最大限輝いて貰う。
それがヲタクと推しとの間にある基本的な関係性だ。
ヲタクのせいで推しが傷つくなんて、あっていいことじゃない。
(私は、どうするべきだろう。このまま見捨てていいのだろうか。)
ウィーディの言うにはリオルースは近隣の地域から魔王への献上品らしい。
はたして欲しいと言って易易とくれるだろうか。
(少なくとも、代わりが無けりゃだめだろうな…でも、代わりなんて…どうしよう。)
見捨てるのは簡単だ。
今、考えるのをやめてしまえばいい。
大体、話した事すらあの一回きりなのだ。
命をかけるには安すぎる……
本当に?
もし、安い命だとして、一度推したいと思った存在をこうも簡単に切り捨てていいのだろうか。
私は、彼のお陰で数日間、生まれ変わってから初めて大きな幸せを感じた。
あの推し活でしか、感じられない幸福感は言葉にできないほど心地よくて、救われる気すらした。
しんどい魔法練習の毎日の中で、その辛さを忘れる事が出来たのだ。
それに、やっと出会えた美少年の笑顔をまだ見れていない。
それならば…!
私は恩に報いなければ、そんで推しの笑顔を見なければ、ヲタクの名折れというもの!
「決めた。」
誰も居ない部屋の中でつぶやく。
「私の出来る事は、やってみよう…!」
全ては、推しの笑顔を拝む為に…!
テラのサファイアの瞳は決意に輝いていた。
一一一一一一一一一一一一一一一一
リオルースの笑顔を拝むと決めたテラの行動は早く、そしてシンプルだった。
「魔王様。テラで御座います。お話があって参りました。」
「…入れ。」
「失礼します。」
大きな扉を開けて、カーペットの上を進む。
左右に並ぶ6人の魔人と、中央に鎮座する禍々しい玉座、その後ろは1人の魔人が佇んでおり、玉座には黒髪に濃いグレーの角を持った男が座っている。
テラはある程度まで進んで、跪く。
「お久しぶりで御座います。魔王様。本日は突然の訪問、誠に失礼致しました。」
「………。」
魔王は不愉快なものを見るような目でテラを眺める。
その視線に、テラはやっぱり、と思った。
(どう考えても、兄様や姉様に向ける視線とは別物…こんな視線は、私だけだ。やはり、嫌われている…!)
泣きたい気持ちを抑えて言葉を続ける。
「……お話、というのは魔王様への献上品に関することです。その…単刀直入に申し上げます。混じり物の少年を、頂けないでしょうか…!」
「……。」
「勿論、その対価として、私に出来る事ならば、何でも致します!!」
魔王は表情を変えず、苛立った気配を辺りへ撒き散らした。
その圧力に、テラの体はカタカタと震えた。
「貴様には一体何が出来る?不出来なお前如きに出来る事が、本当にあると思っているのか?」
「……この数年で、魔法の扱いは……鍛えてきました…。」
「笑わせるな。ハルデュールやクライオミが五つの時はお前より魔力が大きかった。イレサークトでさえ、お前より賢く、知恵があった。それなのに…なんだお前は!」
圧が強まって、床に倒れ込む。
呼吸は苦しくなって、視界の端が白く弾けた。
「か…ヒュっ……!!…お願い…致します……!」
「魔力は弱く、愚かで考え無しだ!何でも、と言って懇願すれば、どうにかなると、本気で信じ込んでいる!」
更に強く威圧されて、体中が悲鳴をあげだす。
押し潰されるような感覚の中でも、テラの意思は変わらない。
「うっ…あ゛っ…!!…おねが…っ…」
「そんな弱さで良くも私への献上品を望めたな!?弱き者は消える。それが魔族の秩序だ。私の威光だけでなんとでもなると考える愚か者など、不愉快でしかない!!!……消えるがいい…!」
魔王は手を翳してテラの命を捻り潰さんと力を加えー
「その程度にしてやったらどうでしょうか?」
止められる。
その途端、テラにかけられていた全ての負荷が解除され、テラの脳に酸素が補充される。
「ごほっ………けほっ…」
「モーリッシュ…貴様、どういうつもりだ…?臣魔七冠である貴様といえど、邪魔をするなら容赦は…」
背中から三対の腕が生えた長身の男は、魔王にそっと耳打ちする。
すると魔王の表情は嫌悪から邪悪な笑みへと変わった。
それにテラは、ぞっとするものを感じる。
「そうか……では、第四王女よ。お前にあの混じり物をくれてやろう。その代わり…」
「……?」
ぞっとはするが、死ぬかもしれない、というのは覚悟の上だ。
寧ろ、先程の威圧で死ななかった事が幸運。
(どんな命令でも、上手くやってみせる…!)
魔王はゆっくりと口を開く。
「第四王女へ命ずる。」
それにテラはゴクリと息を飲む。
「勇者の力を封じるのだ…!!」
魔族の王は第四王女を見下した表情で嗤った。