#3テンパったヲタクは気持ち悪い
どうも皆さんこんにちは。
テラです。5ちゃいです。魔族です。一応姫です。
本日はお日柄も良く、元気に雷がなっております。
いかがお過ごしでしょうか……。
私は今、乙女にあるまじき顔で、地面とキッスしております。
といってもファーストキッスではなく、ウン千回も繰り返した事なので、流石に慣れてきました。
これが彩りの無い土ではなく、せめて前世の推しでしたら尊死不可避案件だったのですが……
「テラ様。お疲れさまです。大分様になってきましたね。」
「…地面とキスするのが?」
「ふふ。お上手になりましたね。」
そう言って余裕たっぷりに微笑むのは私の教育係のウィーディ。
何だとこのクソジジイと言ってやりたいが、それは今日を命日にするような行為なので、やめておく。
「矢張り貴方様には才能がある。他の御兄弟に決して劣らぬ才能が……。」
「お世辞ならいいよ。……もう今日は終わり?」
「はい。明日からも楽しみにしておいてくださいまし。」
「……………わかったよ。」
ウィーディに弾かれた剣を拾って部屋まで帰る。
(しかし…上達はするものだな。)
はじめの方なら丸一日かかっていた訓練も半日程でこなせるようになった。
お陰で推しを脳内に浮かべる時間が増えたし、それに魔法の練習もできるようになった。
ウィーディと行うのは戦闘がメインの訓練だから、戦闘系以外の魔法は中々上達しない。
だから、自分でやるようになったのだ。
テラは別に強くなろうとは思っていない。
寧ろ強ければ強い程、権力争いに巻き込まれるので面倒とすら思っている。
しかし、それでもテラは闇魔法を磨くのをやめない。
なぜならー
(闇魔法は推し活に最適だから!!!!)
そう。
テラが今までに極めた魔法を幾つかあげよう。
壁に溶け込む魔法、服だけ溶かす魔法、影の中を移動する魔法、自身を透明化する魔法、触手を操る魔法、対象とした人物を大小様々な箱に閉じ込める魔法……などなど。
テラはありとあらゆる推しシチュエーションを再現するために必死こいていたのだ!!!
中には超高等魔法もあるのだが、魔導書に書いてあったものの中から好きなものを選んで全力で再現しているので、テラに超高等魔法を扱っている自覚はない。
「ぐすっ……ひっぐ……」
そうして、次に極める魔法を考えながら部屋まで戻っていると、何かの音が聞こえた。
(…?子どもの泣き声?いや、でもここ魔王城……。)
声がする部屋を覗いてみると……テラは息を呑んだ。
サラサラでキラキラ輝く白い髪と、黄金より透き通る硝子の瞳、白く小さいお手々、頭の上でピコピコと動く猫の耳、ぐすっと漏れる可愛らしいショタボ……
(………いや、いやいやいや……これは……。)
(推すしか……ない!!!!!!!)
推しに飢えたヲタク、テラの心に眼の前の少年はジャストミートした!!!!!
元よりテラの守備範囲、ストライクゾーンは広大。
ケモミミショタなど好物中の好物。
加えて、飢えに飢えたこの状況、一歩間違えれば日夜自らを半殺しにしてくる老人を推す事すら考える程の極限状態。
通常時より割増で推しフィルターがかかったのも無理はない。
「ぐすっ………すんっ……なに…?だっ…だれ?」
泣いている少年は扉の向こうからこちらの様子を伺う何者かに気付いた。
問いかけられた何者かは、ドキッとした。
今まで、推しは画面から出てきてはくれなかったし、無論、会話など仕様以外でしたこともない。
(自分の言葉で、話すなんて…やったことないのに…)
いきなりの実戦、いきなりの決断、テラはとてもテンパっていた。
「……………テラ。あなたは?」
「…リオルース。」
「リオルース、なんで泣いているの?」
「……そんなの、テラになんの関係があるの?」
泣いているせいで全く恐ろしくないが、キッとこちらを睨んでくるリオルースは何故かテラの心にキュンとくる。
「…関係……何のだろう……?」
「ほら。わからないじゃないか…………さっさとあっちに行ってよ。」
「…行ってもいいけど……顔をしっかり見ても良いですか…?」
「…は?なにそれ。なんで急に敬語…?」
「脳に焼き付けても良いですか?」
「……な、なにを?!」
テラはあまりの興奮にリオルースに体が勝手に向かってしまう。
「は…?だから、ほんと、だれなの?ちょ……あんまこっち来ないで………」
テラは止まらない。
寧ろ歩幅は大きく、足を前に出すスピードは上がった。
へたり込んでいるリオルースの真ん前に立ち、勢い良くしゃがむ。
文字通り、目と鼻の先で面食らう少年は近くで見るとより美しくて、テラの表情がふわりと緩む。
「リオルース……私のものにならない?」
「……えっ……は……?」
思わず出た言葉に、リオルースは驚いた。
そして、リオルースより誰より、テラが一番驚いていた。
今のクソキモ発言が自分の口から出たなど信じられない。
数秒前の自分の口を縫ってやりたい衝動に駆られる。
リオルースの顔は怒りかなにかで真っ赤に染まっていて、テラはますます焦る。
(いかん。これは、逃げなければ。
テンパったヲタクとは、こうも気色の悪いものだったのか…!!)
「じゃあね。ごめんなさい。」
「えっ…ちょっ……待っ…!」
後ろで静止する声も聞かずに部屋を駆け出して行くテラをリオルースは呆然と見つめるしか出来なかった。
衝動的に体が動くも、足につながった鎖によって、地面に転ぶことになった。
リオルースは困惑していた。
何故自分などを求めたのか、何故ああも愛おしそうに自分を見つめたのか、何故逃げるように居なくなってしまったのか、リオルースには何もわからなかった。
(変なやつ、だったな。焼き付ける、なんて言うから、てっきり焼き印でも入れられるのかと思った…。
……また、会えたらいいな。)
リオルースは目を軽く瞑って冷たい石の上に寝転がる。
(僕を求めるヒトなんて、初めて見たな……。)
胸に刻まれた黒い入れ墨が粗末な服からチラリと覗いていた。