#14深紫と灰
大量の死骸たちが動かなくなると、テラは深紫の髪の少年との距離を縮めることにした
距離はおよそ五m、記憶をいじるにも、それが何なのか確認するにもその距離は遠かったからだ。
テラは慎重に距離を縮める。
ここは精神世界で、この世界の主は自分ではない。
何が起こっても何ら不思議ではないのだ。
今は微動だにしなくしても、ある一定以上近づくと襲ってくるかもしれない。
だが、そいつはどんなに近づいても、私の予想とは裏腹に一切の行動を見せなかった。
虚ろな目でぼんやりと私を眺めるだけ。
「ねぇ。あなたは、カノンなの?」
勇気を振り絞って問いかける。
答えが返ってくるかはわからない。
だが、やはりどうしても気になる。
私の知るカノンは灰色の髪の幼子だ。
こんな、黒に近い紫の髪色ではない。
「…わかんない。…ねぇ、早く出ていってよ。」
少年はテラの問いに、静かに答えた。
「今出ていくことはできないの。ところで、わかんないってどういうこと…?」
「教えたら、出ていく?」
「内容によるわ。」
カノンははぁとため息をついて、ゆっくりと語りはじめる。
「……ぼくはカノン。遠ざけられ、忌み嫌われる本物のカノン。でも、『灰色の彼』の方がみんなにとってのカノン。他者に愛され、大事にされる灰色は、ぼくじゃないのに、ほくよりよっぽど『カノン』らしい。」
「二重人格…ってこと?」
「ううん。灰色はただのおまじない。だから『ほんとうのぼく』は、深紫だ。だけどみんなにとっての『普通のぼく』は、灰色だから、いつだって深紫はこうやって閉じ込めるしかなくなる…。」
「どうして?」
「ぼくだって、大事にしたいんだ。みんながやっているように。でも、出来ないんだ。なにかを大事に思うほど、綺麗な形で、ぼくだけのものにしたくなる。………気付いた時には、もう、どうしようもなくなる。」
深紫の少年は椅子の上で膝を抱え、小さく蹲っている。
なるほど、さっき見た死骸たちはそれか。
どれも目と口が封じられているとはいえ、それ以外はとても綺麗な状態だった。
彼らがカノンにとって大切なものたちだったのだろう。
だが、そんなものも気付いたらあの形にしてしまうと……。
そんな話、自分が聞いて良かったのだろうか。
魂の防御を全て剥いでしまったから聞くことができたのかもしれない。
「話したから…出ていってよ…。」
「…ごめんね。私は記憶を消させて貰って、あなたを攫うために来たの。だから悪いけど、あなたに拒否は選ばせてあげられない。」
カノンは、嘘つきと、小さく呟く。
御尤もです、と内心で返しつつ話を続けようとすれば、カノンの方から言葉が飛んできた。
「テラは何?なんで記憶を消そうとするの?」
「私は魔族。記憶は、魂の容量を空ける為。あなたに、『女神の加護』を付与したいんだけど、『女神の加護』は魂を圧迫するから…。」
「『女神の加護』?」
「そう。勇者の魂を守り、力を与える加護。フィオリアは、勇者の魂を持っている。『女神の加護』は、魔族にとって脅威になるものだから、勇者から奪う必要がある。」
カノンはぽかんとしながらも、私の言葉を必死に飲み込んでいた。
そりゃあ驚くだろう。
だが、ここでカノンが拒否しても私はやらなくてはいけない。
そうしないと、私は推しと自分の命を失うのだから。
「…そっかぁ。ぼくははじめからその為に呼ばれたんだね。ぼく、同い年の友達ができたと思って嬉しかったんだよ。」
「………ごめん。」
悲しみの様な諦めの様な、そんな表情を浮かべるカノンに私の心がずきりと痛んだ。
そうだよな、幼子にすることじゃなかったよな。
私は馬鹿だ。
「……いいよ。」
少年はにこりと笑って告げる。
「え?」
「ぼくの記憶、消してもいいよって、攫ってもいいよって言ったの。」
「それは…なぜ?」
「……ぼくね、この記憶をもっていると、いつか、兄ちゃんとか姉ちゃんとかにも、酷いことをしちゃうと思うんだ。だから、ぼくの中の大切な記憶を一回全部無くして、大切なものから離れたい。そうすれば、兄ちゃんたちは、安全になるでしょ?それに、こんな髪だよ。アーサー兄ちゃんとフィオ兄、アル姉以外には、気味悪がれて、元々、居場所なんてぼくにはない。」
辛そうな笑顔に罪の意識が湧き上がってくる。
(健気な子だ。なのに、おかしな衝動を抱えて、誰に相談することもできず、居場所がない…しんどいだろうな。)
「怖くないの?私、魔族だよ?」
「怖いに決まってるよ…。でも、君より、ぼくが兄ちゃん達を傷つけることの方が、ぼくは怖い…!」
5歳とは思えない程の強い意志を込めて、カノンは私を睨みつける。
(仲間を守る強い意志、自分の力を恐れる事ができる、自分の恐怖をこらえて誰かの為に生きようとする、そして……)
テラは唐突に深紫の幼子に近づく。
鼻と鼻が当たるかどうかの距離までくれば、カノンは一歩後退る。
それにも構わず、また一歩踏み出してテラはカノンの顔を見つめる。
(この、素晴らしい造形!!!!!!)
カッと目を見開いて、カノン少年の顔の可愛らしい作りを再確認。
「……これは、推せるな…!!!」
「え……?」
テラは気づいてしまった。
『推せる』一度そう気づいてしまえば、テラの行動は迅速だった。
「カノン。私、君を幸せにすると今ここで誓うよ。」
「え?!何?いきなり!!??」
「温かいご飯三食おやつ付き、上質な服と、安全・快適な自室、学びたい学問と、しっかりした護身の為の戦闘訓練、魔法もできる。自由時間も確保しよう。」
「え?え?え?ちょ、ちょっと待って!」
「ん?あれ?何が足りないんだ…?ああ、友達か!それなら大丈夫!城に帰ったらもう一人保護出来てるはずだから、その子と仲良くね。記憶は今から消しちゃうけど、フィオリアとはまたいずれ会えると思うよ。君が望めば記憶を返そう。え〜っと…あとは…??」
「っ…ふふっ…あははっ!」
何が足りないか考えていると、突然、カノンが笑いだした。
「え?」
「ははっ…!いきなり色々言い出してさ、なんだと思ったよ!魔族だから、どんなのかと思ってたのに…ただの変なやつじゃん!心配して損したぁ…!」
(失礼だな。でもそういうところもかわいいなぁ、こいつ…!)
お腹を抱えて笑うカノンはなんだか微笑ましくて和む。
笑いが一段落するまで待って話を切り出す。
「じゃあカノン。いくよ。」
「いいよ。テラ。」
カノンの額に手をあてるとき、カノンの顔はゆるりと穏やかだった。




