9.知恵
西へ飛んだツェンと別れ、クィンは北の帝国で学会に参加するため施設内を歩いていた。
レーベルクの所在が掴めない以上、その隣にいたソフィア=ヴィレーネにコンタクトを取る必要があったからだ。
西国に事務所を作らせるようツェンに命じたのは彼女の本拠地がそこにあるため。青髪の女が足早にプロフェッサー・ソフィアを探す。
いっそのこと全てをやり直すか? そう考えた青眼の女に声がかかる。
「あ。あの時のお姉さん!」
「シルファちゃんは目がいいねぇ」
栗色の髪の少女を肩車しているツェンの声にクィンが言葉を返す。
「何でお前がここにいる」
クィンの剣幕に怯えるシルファをあやしながらツェンが答えた。
「事務所の開設は終わったんで、次の指示をいただこうかなぁと思いましてね」
それを聞いたクィンが訝し気に青い眼を輝かせる。得心がいった女が告げた。
「ああ、お前は地球上なら何処にでも生えてくるんだな」
「せっかく急いで駆けつけたんですぜぇ? 人をキノコみたいに言わんで下さいよ」
笑いながらそう告げたツェンにクィンが顔を顰めて答える。
「お前がキノコと言うとなぁ」
「私、キノコ好きー」
シルファの声を聞いた金髪の女が、首に下げた防犯ブザーを鳴らし猛然とツェンに走り寄る。
「シルファ!!」
肩車されている少女を赤眼の男から引き離すと、シルファを抱いた女が叫ぶ。
「誘拐犯よ!! 捕まえて!!」
「いや、俺ぁ迷子の保護を」
「うるさい!!」
ツェンの返答を制止した叫びの後に、続々と現れた警備員が赤眼の男と青髪の女を包囲した。
「どうしますかねぇ。俺ぁ女の子を傷つけられませんもンで」
「好都合だ。ソフィアを見つけてくれて助かる」
ツェンにそう答えた青眼の女が周囲にその眼を光らせる。
「下がれ。この男は迷子の保護をしただけだ」
警備隊に対して己の姿を上官に思い込ませた女の言葉に、各員が持ち場に戻り平常を取り戻した。
更に周囲に青い眼を光らせた後、ソフィアに声をかける。
「勘違いがあったようですまない。この男は私のツレだ」
「貴方は・・・ドクター・クィン?」
金髪の女の言葉に反応して周囲がどよめき立つ。
「若干19歳で脳科学の歴史を覆した」
「理論と実践の両輪を体現した心理学の論文でも有名な」
「それに話をしてるのはプロフェッサー・ソフィア!?」
「鋼鉄の女史と医学会の超新星が一緒にいるの!?」
「ドクター・クィン。写真で見たよりも美し」
「やかましい」
青い髪の女が、その一言で周囲のどよめきを一蹴した。
「騒がせたな。子供が無事で良かった。じゃあな」
そう言って立ち去ろうとするクィンをソフィアが止めた。
「ここで出会えたのも何かの御縁だと思います。学会の後でもよろしいのでお話いただけます?」
金髪の女に差し出された名刺を受け取ったクィンが告げる。
「今からでも構わない。始まるまで暇だ」
金のチェーンの腕時計を見た女の答えにソフィアが肯定の意を示した。
「よろしく。ドクター・クィン」