4.女王
政務室の扉を開いた青眼の女が告げる。
「お前がここの知事だな」
「どちら様でしょう?」
そう答えた男に青眼の女が強烈にその瞳を輝かせた。
「終わった。行くぞ」
そう告げて去ろうとするクィンを赤眼の男が引き留める。
「ちょいちょーい!!アレでいいと思ってンですか!!」
「あ?」
魂が抜けたように書類を修正している知事に指をさしながら叫ぶ男をクィンが睨んだ。
「『あ?』じゃねーっスよオジョーチャン!!世界!平和にするんでしょ!!?」
「ああ」
「だから『ああ』じゃねぇ!!ですよ!!あんな署名の修正だけさせたってなンも変わりませんよ!!」
「ふう」
「ふう、じゃない」
「お前と話してると疲れる」
その言葉に赤眼の男が茶化して答える。
「俺様のセリフですがねー」
「じゃあどうしろと?」
「もっと交渉をするとかですね」
赤眼の男の必死の説得に思案した女が口を開く。
「交渉?戦争しませんと書かせるだけじゃダメなのか?」
自分の記憶を読んでいるのだから分かるはずと思いながらツェンが説明をする。
「絶対にやれない立場に追い込むンですよ。それが交渉」
「ほう?」
「俺にやらないで下さいませんか?」
青い眼を光らせた女に赤眼の男が告げる。
「鋭いな」
「鋭いな、じゃないですよ。一旦ですね、知事を元に戻してくれませんか?」
「元?」
首を傾げる女にツェンが言う。
「最初、部屋に入った時に」
「ああ」
青眼の女がそう答えた瞬間、時間が逆行した。
「お前がここの知事だな」
「どちら様でしょう?」
そう答えた男に青眼の女が強烈にその瞳を輝かせようとした瞬間。
赤眼の男がその瞼を手で塞いだ。
「お前、何で記憶がある?」
「地軸が傾きゃ何かあったって分かるンですよ」
「ふーん、敏感なんだな」
呆れたようにツェンが言う。
「その言い方、新鮮ですねぇ」
「お前のがうつった。不本意だ」
残念そうなものを見つめる女に男が答える。
「うつるンなら俺の考えもインストールしてくれると話が早いんですがねぇ」
「知らん。気持ちが悪い」
「君等は誰だい?」
目の前で繰り広げられる茶番に痺れを切らした帝国の府知事が問いかけた。
「ああ、この署名欄をお前の名前で書き換えろ」
「は?」
相互理解などという言葉が遠い青い髪の女が再度府知事に言った。
「お前の名前を書け。すでにある署名はバレないように捨てろ。出来るだろ?」
長い髪を指で遊ばせる小娘にムっときた知事が、机の下に隠されているアラートのボタンを押し、告げた。
「アホか?」
「ほう? それは俺に対して言ってるのか?」
青眼の女が一応は会話を続けようとした。
が、クィンに対する侮辱を許さない一番厄介な男が脚を高らかに上げ、振り下ろした。
府庁が割れる。
ツェンが振り下ろした足のかたわらより先が真っ二つに裂けた。握り締めた拳から流した血が別たれたビルにかかると、内部にいる人間ごと蒸発した。
「誰がアホだ?」
地より湧き立つマグマが、崩れていくビルを飲み込む。同じくマグマに飲み込まれようとしている自身がいるビルの中で、そう告げた赤眼の男を前に知事が言う。
「き、きみ、君のことじゃない」
「じゃあクィンのことだよな?テメェなんざ要らねぇよ、死ねよ」
「まあ、待てよ」
首を掴み知事を焼き払おうとした男をクィンが止める。
「もう遅ぇよ」
頸椎を握りつぶしたツェンが知事を崩れゆく床に叩きつけて言葉を吐いた。
「誰がアホだ!!息できねぇゴミカスが!!死ね!!死んで償え!!一秒たりとも生きてんじゃねぇぞ何の有益にもならんゴミクズが!!テメェに俺を殺せるか!!やってみろよ!!できねぇだろ!!価値無しがァア!!」
足蹴にした府知事を血肉へと変え、聞くに堪えない暴言を吐いているツェンを眼にした女が静かに息を吐いた。
時が、戻る。
「お前に言っておく」
長い青髪の女が政務室の前でツェンに言う。
「あまり汚い言葉を使うな」
「野郎に対しちゃアレくらい」
そう言いかけた赤眼の男の唇をクィンが指で塞ぐ。
「俺が聞きたくない」
その言葉を聞きバツの悪い表情を浮かべたツェンが口を開く。
「了解」
光る青い眼で男の感情を受け取った女が、政務室の扉を開けた。