3.皇帝
「話をつけてくる」
復活させた庁舎に入っていくクィンの後ろを歩きながらツェンが問う。
「何しにいきなさるんで?」
返事もなく玄関ホールを通り抜ける青い髪の女の後ろで赤眼の男が警備員に取り押さえられた。
帝国首都にある府庁の警備は物々しい。警告なしの発砲も許されている中でツェンが告げる。
「あのですね。関係がありましてですね」
大人しくしてはいるが、赤眼の男が憤りながら言う。周囲にいる職員達の指がアラームのボタンにかかっていた。
「『クィンさん』とは知り合いなんですよ」
その呼び名を聞いた瞬間、振り返り青い眼を光らせた女がツェンから眼を逸らす。
『炎熱・・・殺・・・殺せ』
男の背後にある思考を読み取ったクィンが面倒くさそうに警備員に対して青い眼を輝かせる。
「俺の知り合いだ。放してやれ」
女に対して敬礼する警備員を見てツェンが告げる。
「何をお伝えしたんですかねぇ?」
「お前が思った通りのことだ」
顔を背けた女が首脳と会うためにエレベーターへと歩き出し、吐き捨てるようにそう言った。
上階でエレベーターを降りようとするクィンとツェンの前に、白髪の老人と金髪の女が立っていた。
会釈をする老人にクィンとツェンがすれ違う。
曲がり角から走って現れた栗色の髪の幼女が閉まりかけるエレベーターに向かって叫ぶ。
「行っちゃだめー!!」
閉まったエレベーターを見て泣き始めた2歳程の幼女を気にしたツェンが声をかける。
「今のママかい? 大丈夫、そこにいるよ」
クィンを見るともなしにそう告げたツェンを見て、青い髪の女が姿を変える。
「お母さん!」
先程すれ違った金髪の女の姿をしたクィンに幼女が飛びついた。
「シルファ、大人しく待ってなさいと言ったでしょう」
「だって、だってぇ・・・」
ぐずる幼女に膝を折って、その体を抱きしめながらクィンが告げる。
「ごめんね。ちゃんと待てて偉かったよ」
「えへへ」
金髪の女に扮したクィンがシルファと呼んだ幼女に青い眼を輝かせる。
『シルファ=ヴィレーネ、1歳2か月。中央西出身。母親:ソフィア=ヴィレーネ。帝国の元帥レーベルクの遺伝・・・』情報が頭の中に流れ込んでくる。
この歳にしてこの娘は相手の感情からではなく、言葉を理解して感情を表出していることをクィンは知覚した。
この子は脳内にあるシェマの数が一般の域を遥かに超えている。シェマとは簡単に言えば単一の物体に対する個人のイメージである。成長するにつれシェマ同士が結びつき世界に対する理解が広がるとの学説が現在では主流とされている。
そこまでが人類の発達心理への理解だが、心理の根源を知るクィンはシルファが持つ底知れぬ底におぞましさを感じた。この娘は未来にどれほどの理解を描くのか。この娘の母親はどれほどの学習を与えたのか。神の身の毛がよだつ。
その時、エレベーターの到着音がポーンと鳴った。開かれた扉からソフィアがエレベーターホールにいる愛娘に声をかける。
「シルファ、誰と話しているの?」
「この青髪のお姉さんと」
そう答えた幼女の前には戻ってきた母親しかいなかった。
政務室へ続く通路を行く青髪の女がツェンに問いかけた。
「お前、よく俺が姿を変えられることが分かったな」
「見くびってもらっちゃ困りますぜ。こう見えて人としちゃ長生きなモンで」
「知ってる」という返事の代わりにクィンが青い眼を輝かせた。
『名前?年齢≒愛/マントル・・・』46億年の記憶がクィンに流れ込む。
顔を背けた青髪の女が歩調を変えずに歩く。
「ふざけた男だ」
「ご理解いただけたようで何より」
黒いスーツ姿の男が歩幅を合わせてその隣をついていった。