14.天使
西国で手に入れた二階建ての事務所の前にクィンとツェンが佇む。
「いい物件でしょ」
「お前、これどうやって契約した?」
青髪の女が訝しげに聞く。
「契約なんざしてませんよ」
その答えに眉根を寄せたクィンに男が続ける。
「もらったんスよ。ウエスタンエッジとかいうケチなマフィアから」
「西国を牛耳っている裏の勢力だったと思うが」
「そりゃ知りませんが物件探してたら色々紹介されましてねぇ。家賃がまからねぇか聞いてたらゾロゾロゾロゾロ鬱陶しいのが出てきやがりまして」
「その先はいい」
青い眼を光らせた女がツェンの口上を制止する。数人の男を炭に変えている程度で済んだのは、この男なりの配慮なのだろう。
「立地のいいとこ貸せっていったらタダでくれましたよ」
東国出身であろう黒服の男が頭を下げながら権利書を渡しているイメージがクィンに流れ込んだ。
「『二度と関わらないでください』か」
「そう言ってましたね。俺も野郎なんぞと二度と関わりたくないんで願ったり叶ったりですよ」
そう告げた赤眼の男が腕を上げて笑顔になり事務所を紹介する。
「こちらが新居になります!」
くたびれた表情をするクィンが言う。
「どうでもいいが一階の花屋は何だ?」
「一階はガレージにしようと思ってたんですが、俺達別に使いませんからねぇ。テナント募集で適当に」
赤眼の男がそこで言葉を切る。
「どうした?」
震える赤眼の男が花屋に向かって猛然と走り始めた。
「いらっしゃいませ」
「私ツェンと申しましてこのビルのオーナーでございます。こんなご時世にご入居いただきありがとうございます!! 人々の心が枯れた時代に花を飾ろうとお考えなさるとは」
7歳程の少女に話しかける赤い眼を見開いた男の額に、店内から現れた腕が大口径のリボルバーを突き付けた。暖簾越しでツェンからは顔が見えないが、少女が銃を持った太い左腕を掴んで叫ぶ。
「お客さんだよ!?」
暖簾の隙間に黒い双眸が見えた。リボルバーを持った腕の持ち主が店の奥へ消える。
「すみません!すみません! 兄が無礼を働きまして」
そう言って土下座を始めようとする少女の顎をツェンが持ち上げる。
「俺ぁ何も気にしてねぇし、ついでに言うと女の子にそんなことしてほしくないね」
立ち上がった少女にツェンが言った。
「こんな時代なのは分かってる。だけど俺は女の子を悲・・・」
己の主張が正しいのか。それは時代や地域に合致しているのか。それを考え始めた男が口を閉じた。
しどろもどろになっている少女に赤眼の男が思考を止め注文をする。
「新しく立ち上げた事務所で部屋が寂しいんだ。部屋の片隅に置いてても自然に見える花が欲しい。何かあるかい?」
「ただいまお持ちします!」
店頭に置いてある鉢植えの白百合を持とうとした少女にツェンが言う。
「いいね、それ。持って帰るから置いといてくれ」
「ありがとうございます!! 32ウォルになります!!」
差し出された100ウォル札を受け取った少女がバックヤードに駆けていく。その姿が赤眼の男の古い記憶を呼び起こした。
「どうかしたか?」
背後からクィンに声をかけられた赤眼の男が振り返って告げる。
「昔、似たような娘がいたんですよ」
しんみりする空気の中、暖簾の奥から太い左腕が伸びてきてツェンの手首を掴んだ。とんでもない握力で開かされた手の平の上に68ウォルの釣りが渡される。
「あんがとよ。普通の客にやったら骨折れるけどな」
掴まれている腕を軽々と振り払ったツェンが暖簾越しに見える黒目を鋭い赤眼で射貫く。
「一応このビルのオーナーなんでね。よろしく頼むぜ。ログ=ジェネクトさんよ」
そう告げた男が鉢植えを片手にビルの階段を上っていった。