11.百合
「シルファちゃん、アイスでも食べるかい?」
大学の敷地内を見て回っているツェンが少女に問いかける。のぼりを立てた研究生が無償で提供しているネバついたアイスを見てシルファが首を横に振った。
「勝手にお菓子は食べちゃダメって言われてるの」
「偉いね、シルファちゃんは。お母さんの言いつけを守って」
学生からアイスを受け取ったツェンがそう言った。誇らしげに胸を張る少女に赤眼の男がアイスをひとすくいし、スプーンを差し出す。
「こいつぁお菓子じゃなくて研究の賜物だ。なあ、そうだろ?」
男の鋭い赤い眼を見た学生が声を張って答える。
「こちら中央で開発された特殊なアイスとなりますー!」
「このお兄ちゃんもこう言ってる訳だ。一口くらいお母さんも許してくれるさ。知は愛すモンだぜ?」
フィロソフィアとアイスをかけた冗談と受け取った栗色の髪の少女が、差し出されたアイスを笑顔で頬張る。
「シルファちゃんは賢いねぇ」
「ツェンおじさん好きー」
満面の笑みでそう告げたシルファに『お兄さんだよ』と笑顔を返した黒いスーツの男が、その手を繋いでベンチに座り二人でアイスを頬張った。
「ツェンとは仲がいいの?」
「質問の意味が分からん」
白衣を着た金髪の女の質問に、白いTシャツとジーンズ姿のクィンが真顔で応じる。
「ドクター・クィンに男の助手がいたとは思わなかった」
「いたら何か不都合でもあるのか?」
横柄な口調ながらも長い青髪の女の態度は丁寧だった。相手の興味を切らさないよう返事を続けた。それがソフィアの望みだと、その青く光る瞳が知っていた。ここでレーベルクとの繋がりを断たせないために。
「流石だと思って。男社会の中、女ってだけで軽くみられるじゃない。あんな規格外の男を手懐けてるなんてね」
「俺としては助手は女の方が都合が良かったが、色々あってな」
ソフィアの趣向を汲み取ったクィンがそう答えた後に質問をする。
「規格外の男とは?」
「あれは東国の一部地域で噂されてる赤眼の神話みたいな男でしょう?」
10年前にツェンが東国で行った小規模な破壊行為を認識しているらしい。ソフィアに青い眼を光らせた女が答える。
「地方政府を破壊したテロ行為のことか? よく知ってるな」
「テロだなんて誤魔化さないで。神話みたいな男って言ってるでしょう?」
どうにも詳細を把握しているらしい金髪の女の言葉に、クィンが長い青髪に手を突っ込んで後頭部をガリガリと掻いた。
「四千年前に東国の礎を築いた赤眼の神話とでも言いたいのか? もう少し理知的な人物だと思っていたが期待外れだな」
「見てた」
「は?」
クィンが青い眼を光らせる。
「私達とすれ違った後、ビルを真っ二つにしてたじゃない。他に言い訳は?」
何故この女には戻した時の記憶がある。疑問に思いながらクィンが答える。
「あれは事故みたいなものだ。忘れろ」
「ふふ、認めるんだ」
少女のような・・・といっても二十歳ばかりの金髪の女が屈託のない笑みを浮かべて言った。
「カマをかけやがったな」
「かもしれませんねー」
笑みを崩さずツェンの様に両の手で天を仰いだ女は酷く嬉しそうだった。
クィンの心中は穏やかではなかったが談笑を続ける二人に黒髪の男が近づき、頭を垂れた。
「初めまして。プロフェッサー・ソフィア」
漆黒を宿す瞳を見たクィンの髪が一束、黒く染まった。