5. ロットバルト<Rothbart>
季節は巡り老婆の治療により白鳥の怪我はすっかり良くなりました。
「またここに戻って来るなんて」
白鳥は言いました。
「おばあさん、私はここに居て良かったの?」
「ああ、もちろんさ」
老婆は答えました。
「猫も鶏も、あんたに意地悪したかったわけじゃない。今ならわかるだろ」
「うん、何となく」
「あんたはあんたにできることを見つければいいのさ」
老婆は白鳥に優しく笑いかけました。
「そういえば、あの二匹は今どこにいるの?」
白鳥が訊くと、老婆は静かに天を仰ぎました。
「時の流れは残酷で、だけれども平等なのさ。寂しいねぇ。私を知っている奴が、どんどん居なくなっていく。そろそろ別れには飽きてきたよ」
***
やがて寒い冬が来ました。
老婆は寒さで腰を悪くして、よく咳き込むようになりました。
体を悪くしているようで、白鳥たちは心配しましたが、老婆は「歳のせいだよ」と言って取り合いませんでした。
ある雪の日の夜、老婆は白鳥と少年を呼びました。
少年はここにやってきてからもうすぐ季節が一巡りするというのに、相変わらず虚ろなままの姿でした。
「私はもうすぐ死ぬ」
老婆は二人に言いました。
それから、少年に問いかけました。
「名前は思い出したかい?」
「思い出した」
少年は言いました。
「だけど、あの名前は使いたくない。忌まわしき名前だ」
「ならば、私がつけてあげよう。今日からお前は――ロットバルトだ」
その瞬間、それまで虚だった少年の姿がハッキリとしたものになりました。
「ロットバルト。その子は身寄りのないかわいそうな子だ。私が死んだら、あんたがあの子の父親となって、守ってあげなさい」
「……わかった。これから私が父だ」
少年――ロットバルトは頷きました。
それから、老婆は枯れ木のような細腕で、白鳥の首を撫でました。
「夜は、よく眠れるようになったかい?」
「前よりは、少し」
白鳥は答えました。
「だけど、あの時の夢をずっと見るんだ。私の足が矢に貫かれた時の、あの痛みを。忘れたくても忘れられない」
「過去というものは、逃げてもぴったりとくっついてくるものさ。己の影のようにね」
「それなら、どうすれば良いのかな。生きていく限り、ずっと悪夢を見続けるの?」
「過去と、決別するしかないだろうね」
老婆は言いました。
「ロットバルト、あんたが今ここにいることは決して偶然なんかじゃない。時が来れば、何をするべきかわかるはずだ」
「もちろんだ」
ロットバルトは答えました。
「過去は己の影のようにぴったりとくっついて離れない。私が――その影だ」