4. 森の魔女<the Witch in the Forest>
彼は傷ついた白鳥を抱えて森を彷徨い、やがて湖のほとりにたどり着きました。
ふと彼が湖の水面を見ると、そこに映っているはずの彼の姿が見えないことに気がつきました。
――私は影なのだ
彼は思いました。
――影だから、姿が見えないのだ。
――私では、このかわいそうな白鳥を助けることはできないだろう
彼は、白鳥を助けることができる人を探して歩いていると、粗末な小屋を見つけました。
そこには汚れた老婆が住んでいました。
――あんなみすぼらしい人間に彼女を預けて良いのだろうか。
――しかし、今は他に頼れる者がいないのだ
彼は老婆を訪ね、白鳥を助けるように頼みました。
「おやまぁ、かわいそうに。怖い思いをしただろう」
老婆は言いました。
「なんて美しい羽だろうねぇ。いっそ、みにくいままであったほうが幸せだったかもしれないのに」
老婆は白鳥をあわれみ、白鳥の傷が治るまで面倒を見ると約束してくれました。
***
「ここには誰も来ないのか?」
彼は老婆に訊きました。
しばらく老婆の小屋に住んでいた彼は、老婆以外の人間をすっかり見かけないことを不思議に思っていました。
「ここに客なんて来やしないさ。私は魔女だものさ」
老婆は言いました。
「魔女とはなんだ?」
「神を信じず教会に歯向かう異端者のことさ。私は教会の言いつけを守らなかったから村に居られなくなって、こんな森の中へ引っ込んだのさ」
老婆は笑いました。
「ずっと独りで寂しくないのか?」
彼は訊きました。
「独りは寂しいものさ。しかし、独りだからこそ見えるものもある」
老婆は言いました。
「たとえば?」
彼が訊くと
「例えばあんたとか」
老婆は答えました。
「けったいな姿をしているねぇ。あんたは業が深い。その子を大切にしておやり」
「彼女を?」
彼が聞き返すと、老婆はにっこりと笑いました。
「そうさ。これからはあんたが、彼女の父親だ。それが良い。そうしなさい」
彼は戸惑い、言いました。
「しかし私は、ただの影だ。名前もない。父親になんて、なれるはずがない」
「そう自分を卑下するものじゃないよ」
老婆は言いました。
「名前が無ければ自分でつければよいのさ。何か考えてごらん」
「……思いつかないな」
彼は力無く首を振りました。
「なに、まだ時間はある」
老婆は言いました。
「けれど時の流れは残酷なものだ。私と別れるまでの間に、自分が何者か思い出しておくんだよ」