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白鳥の湖<Swan Lake>  作者: しろー
第一幕
3/26

2. 空へ<Fly to the Sky>

 空へ飛び立った白鳥は、これまで一度も味わったことのない、解放感を味わっていました。

 空は、なんて広く、美しく、そして心地よいのだろう。

 空は、自由だ。


 白鳥にとってそれは、はじめての経験でした。

 白鳥は、自分の力でそんな世界に飛びたてたことが嬉しくてたまりませんでした。 

 白鳥の心は喜びに溢れながら、力強く羽ばたき、ぐんぐんと空に上がっていきます。


 その時でした。

 ふと下の方からいやな気配を感じて、背筋がぞくりとしました。

 それは、何度も感じたことのあるぼうりょくの気配でした。

 

 白鳥は思わず、下の方に首を巡らせました。

 見下ろした先の地上には、幼い王子と数人の従者がいました。

 幼い王子は無邪気に笑い、その手に持っていた弓に矢をつがえました。


(え――)


 白鳥は何かわからないけれど、王子の笑顔に、ものすごく怖さを感じました。

 恐怖に突き動かされて身を翻しましたが、飛ぶことに慣れていないため、うまくできません。

 王子の弓から放たれた矢は鋭い風切り音を立てて空を滑るように勢いよく飛び、白鳥の右あしを貫きました。


「あああ――っ!!」


 あまりの痛さに、白鳥の口から悲鳴が漏れました。


「やった!」


 王子の無邪気な喝采が遠くから聞こえました。

 矢に貫かれた痛みで墜落する白鳥は、わけのわらない恐怖でいっぱいになりました。


 ――どうして、こんなに無邪気な声で喜んでいられるの?


 白鳥にとって、王子やその周りの男たちはとても不気味で、怖く感じました。

 かつて白鳥をいじめてきた兄弟姉妹のあひるたちや、その他の動物たちよりも、ずっとずっと怖く感じました。

 なぜなら、彼らは無邪気に笑っていたからです。

 その様子はとても純粋で、残酷だったのです。


 ――逃げないと


 白鳥は思いました。

 捕まってしまったら終わりだ。逃げないと。

 一刻も早く、ここから離れないと。


 白鳥は一旦落ちたけた態勢を懸命に立て直し、力いっぱい羽ばたきました。

 男たちの声が聞こえ、王子の声が聞こえたかと思うと、矢がもう一本、二本と射かけられました。

 すぐ側を通り過ぎる風切り音にすくみそうになりながらも、白鳥は懸命に羽ばたきました。


 ――高く。もっと高く


 白鳥は、一心不乱に空の果てを目指しました。

 射抜かれた右足が激しく痛み、白鳥の心をぐちゃぐちゃにかき乱しました。


 ――もう嫌だ


 痛みで、白鳥に昔の気弱な心が戻りそうになります。

 その心に身を委ねたら最後、自分の命を諦めてしまいそうになります。


 白鳥にとってずっとずっと、生きることは苦しみでした。

 それでも希望を見つけて、空へ飛び立ちました。

 だけど、やっぱり、苦しいし、痛い。


 高く飛べばあの意地悪な爪も牙も自分に届かないと思っていました。

 だけど、それよりもずっと鋭くて痛い矢に貫かれて、白鳥の心は折れそうになりました。


 ――負けるもんか


 それでも、白鳥は痛みに抗いました。


 ――絶対に生きるんだ


 白鳥は懸命に翼を動かし、高く、もっと高く飛びました。

 白鳥は飛びながら、祈りました。


 ――神様、どうか私から痛みを奪い去ってください

 ――痛みで竦んでしまわぬように。空へ向かって飛び続けるために


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