みにくいあひるの子<The Ugly Dukking>
それは、ある夏の日のことでした。
森の中の深い池の畔にあひるの巣がありました。
巣の中で、卵が割れて、ひなが次々と生まれてきます。
「があ、があ、があ、があ」
お母さんあひるは大喜び。
でも、その中に、体も頭も大きい、みにくいあひるの子が一羽いました。
「変な子だねえ」
お母さんあひるは首を傾げました。
おばあさんあひるが近くに寄ってきて、言いました。
「その子は七面鳥の子かもしれないよ。水に突き落としてみなさいな。七面鳥の子ならきっと、泳ぐことはできないよ」
あくる日、お母さんあひるは子供たちを連れて水の中に飛び込みました。
「さぁお急ぎ!」
お母さんに急かされて、あひるの子たちは一羽ずつ水に飛び込みます。
みんなすぐに浮かび上がって上手に泳ぎ出しました。
見れば、みにくいあひるの子も、他の子供たちと同じように、すいすいと泳いでいくではありませんか。
「あら、あの子は七面鳥なんかじゃないわ。足をとっても上手に使っていること! やっぱり私の子に間違いないわ!」
***
「一緒に遊びたくない」
兄弟たちは、みにくいあひるの子をいじめます。
「兄弟なんだから、みんな、仲良く遊ぶんですよ」
お母さんあひるはいつもそういうのですが、みにくいあひるの子と遊ぶ兄弟はおらず、みにくいあひるの子はいつも一人で遊んでいました。
ある晴れた日、お母さんあひるは、みんなを連れて、野原に行きました。
みにくいあひるの子はいつものように一人で遊んでいましたが、いつのまにか皆とはぐれてしまいました。
「どうしよう。お家に帰れないよ」
みにくいあひるの子は、泣きながら歩いていると、何かが風を切る音と「ギャッ」と悲鳴が聞こえました。
見ると、体に矢の刺さったかもが一羽、空から落ちてきました。
「こわい!」
みにくいあひるの子がものかげに隠れて震えていると、そこに、おばあさんが通りかかりました。
「かわいそうに、怖がっているのね。それにしても、変わったひよこだこと」
おばあさんはそういうと、みにくいあひるの子を抱き上げて、家に連れて帰りました。
おばあさんの家には、鶏と猫がいました。
「お前、卵が産めるかい」と鶏が聞きました。
「僕は卵は産めません」
みにくいあひるの子が答えると、猫も聞きました。
「のどをごろごろならせるか?」
「それは無理です。私は水の上を泳いだり、もぐったりすることが、大好きなんです」
みにくいあひるの子が答えると、二人はつまらなそうに、向こうへ行ってしまったので、また一人でさびしく遊んでいました。
ふと空を見上げると、真っ白い白鳥たちが美しい姿で飛んでいくのが見えました。
「ああ、僕もあんなにきれいだったら、誰にもいじめられないのに」
みにくいあひるの子はおばあさんの家を出て、川で暮らすことにしました。
冬になると、冷たい雪が降り、川も凍りますが、それでも、みにくいあひるの子はじっと我慢をして、一人で暮らしていました。
***
やがて、春が来ました。
みにくいあひるの子は、ふと水に映る自分の姿を見て「あっ」と声を上げました。
そこに映っていたのは、いつか見た白鳥たちと同じ姿だったのです。
――私は、あひるの子じゃなかったんだ
みにくいあひるの子は……いいえ、白鳥はとても喜び、そして同じくらい悲しみました。
彼女は、ずっと孤独だった自分に気がつきました。
優しいお母さんも、気の強いお姉さんたちも、意地悪なお兄さんたちも、全部、違ったのでした。
お母さんでも、お姉さんでも、お兄さんでもなかったのでした。
大嫌いな兄弟のことでさえ、そのことを思うととても悲しくなりました。
彼女は、大空を飛んでいた白鳥を思い出しました。
ーーもうここに、私の居場所はないんだ
ーー私の居場所を見つけなきゃ
彼女は大きな羽を伸ばし、勢いよく羽ばたきました。
彼女は飛び方を知りませんでした。それでも、私が本当に白鳥なら飛べるはずだ、と思いました。
びっくりしたあひるたちが、彼女に近づき口々に何かを言いましたが、彼女は聞いていませんでした。
彼女はお母さんあひるの姿を探しましたが、見つかりませんでした。
ーーさようなら、私の家
悪い思い出ばかりの家でしたが、それでもここから飛び去って二度と戻ってこないことを思うと、悲しくなりました。
それでも行かなければなりません。
白鳥は空高く飛び立ちました。力強く羽ばたき、ぐんぐんと空高く飛んでいきます。
あっという間に小さくなった家を振り向くことなく、白鳥は飛び続けました。