第七話 【団の未来】
なんでこんなことになったんだっけ。私、ルスト・フルサーン、只今人生最大の緊張をしている。なぜ、私が、憧れてやまないミラフ様と、この綺麗で、観光名所として名高い春華國を歩いているのか。全くもって理解できない。女神様、ローザ様、変な助言をしないでくださいよ。
「大丈夫か、ルスト、やっぱり部屋にいた方がいいんじゃ……」
「い、いえ! 大丈夫です!」
心配そうなミラフ様に首を振る。なにはともあれ、彼と話す貴重な機会だ、落ち着け私。
深呼吸一つ、私は意を決して前を見て、顔を背けた。ミラフ様が顔を除きこんでいたからである。
「顔赤いけど」
「大丈夫ですってば、さて、どこへ参りましょう!」
「お、おう。と言ってもな、俺は女性が好きそうなとこなんか知らねぇのよ」
頭を掻きながら困ったように言われる。仕草が大変可愛いです、ミラフ様。
「その、私自身もあまり出掛けませんので……ミラフ様は春華國に来たら必ず行く場所とかないんですか?」
「んー、あるっちゃあるけど、女性が行く場所ではないな、おすすめはせん」
「私にはこの国がわかりませんから、そこで大丈夫ですよ」
ミラフ様は、訝しげにしたが、私が頷いたので、そこへ行くことにした。
そして店の中で、苦笑いすることになる、ミラフ様が。
「す、すごいです! これ、錆止めですか!」
「流石騎士様、お目が高いねぇ!」
入った店は、武具屋だ。武器そのものは売ってないが、手入れのためのものが所狭しと並んでいる。錆止めは、細かいところにも塗れるように、スティックタイプになっていたり、瓶詰めの液体タイプが売っていたりと、充実している。アムレートでもそれなりに揃うが、そもそも鉄を使わない選択や、魔術師による魔法で錆びないようにしてしまうのだ。でも、私は鉄の重厚感が好きだし、手入れは自分でしたいのである。だって武具は相棒なのだ、そして私の恋人なのである。
愛すべき相棒の手入れのためには、使うものは拘りたい、しかしそのための店がない。そんなジレンマを抱えていた私にとって、この店はまさに天国であった。
「手入れ用の布もある!」
「喜んでもらえて何よりだ……」
フルサーン家は騎士の家系である。女とはいえ、生まれた時から、武具はよく見ていた。そのせいか、見るのも触るのも好きで、騎士団に入るのを夢みていた。そんな時に見たのがミラフ様の剣技。その時の衝撃ったらない。綺麗で力強い、男性らしく、圧倒的なまでの剣先。流石は団長家系だと思ったもので、その憧れが、更に騎士への憧れへと繋がったのだ。
騎士は戦うもの。その騎士が扱う武具は命を預けるもの。魔術師ではない私には魔法がどのくらい凄いのか分からない。だから、自分で管理したい。
「錆取り用の一式……うーん、悩みます」
「ルストは魔法に頼らんのな」
「ミラフ様は、頼ります?」
私の質問に首を横に振られる。頼ってたらこういう店には来ないか。
「医療魔具の関係上魔法には頼らん、視界の邪魔になる」
「あ、あぁ、本当にその魔具不便ですね」
カリナへの怒りが湧くが、何とか抑える。私は嫌いでも、ミラフ様はそうではない。彼が愛する人を貶したくはない、嫌いだけど。
「困ることは多いけど、悪いことばかりじゃないぜ」
「そうなのですか?」
「とりあえず、ルストには喜んでもらえる店選びができたからな」
ひぇっ、ミラフ様ってこんなこと言えるんですか。いやいやいや、何を勘違いしているんだ私は。
首を軽く降り、思考を商品に戻す。ミラフ様、女性が好きそうなところに困っていただけだし、元々優しい方だから、安心したんだわ。私が武具馬鹿で良かった。
「うーん、しかし、これだけあると悩みますね」
せっかくだから何か買っていこうと思うのだが、悩む。やっぱり錆止めがいいかな、液体タイプは既に持っているので、スティックタイプか。液体の錆止めが、細く伸ばされた瓶の中に入っており、先端には布が巻かれている。そのまま塗って使うもので、中身の補充もできる優れもの。春華國らしく、和柄のものもあり、可愛らしいものだ。
「……似合えば買うんだけどなぁ」
ミラフ様に聞こえないよう呟く。
女神様みたいにお人形のような可愛らしさも、ローザ様のような気高さも私にはない、騎士としては構わないのだが、いざ女性的なものを見ると凹むものである。女として誇れるとすれば、胸の大きさくらいかな、騎士としては邪魔でしかないが。揺れるし、肩こるし、なんとかサラシでどうにかしているが、男性達の目線は嫌だ。むしろなぜそこだけ、女性らしくなってしまったのか。体型も顔に合わせてくれればいいのに。
「伝統的な桜とかもあるな」
ミラフ様のその声に我に返る。ミラフ様はそれぞれ瓶を手に取っていた。
小さなガラス細工のような綺麗さには惚れ惚れするものだ。この中に入ってるのが錆止めだと誰が思うだろうか。
その中でミラフ様が止まったのは、白い梅の花が細工された瓶である。それと同じく、替えようの布を数枚取り、それを店員に渡す。あ、買うのか。可愛らしいものを選ぶなーと眺めていたら、買ったばかりの袋を私に向ける。
「ほれ」
「はい?」
「買うか悩んでたんだろ? 自分で買うのが気恥しいなら、贈られたって思えばハードルが下がる、ま、中身は錆止めだけどな」
少し苦笑いでその袋と私とを交互に見た。
私はというと、思考が停止ししていた。私は今どんな表情してるんだろう。というか、ミラフ様はなぜこのようなことを、しかしこれは受け取らなければ失礼にあたるものだと、思い直す。
「あ、ありがとうございます、大切にします」
「おう」
これは、帰ったら飾ろう。そうしよう。いや、使うには使う……使うのが勿体ない。私はぎゅっとその袋を掴む、その様子をミラフ様はただただ、笑顔で眺めていた。
ミラフの話を流しつつ聞く。どうやら、彼女との観光は楽しんだようだ。
「女でも喜ぶもんだな」
「騎士という性質上はあると思うが」
自分はアムレートから持ってきた紅茶を飲みつつチラリと見る。ミラフはコーヒーを飲んでいる。感想としては、さらっと贈り物ができることに驚いている。
「よくまぁ、そんな自然に渡せるもんだな」
「へ? いやだって迷ってたみたいだし、え、もしかしてお前は贈り物苦手なのか?」
「……」
ミラフの顔を直視せず、目線を紅茶に戻す。そうしたら、ミラフは大爆笑をした。母みたいな態度をしてくれる。
「お、お前、あんなにサラッと甘言は言えんのに、贈り物はダメなのかよ!」
「笑うな、言うのは簡単だが、行動は別だ」
メリのためにと椅子を置いたはいいが、部屋に呼べなかった男だぞ。贈り物はハードルが高い。
言うのは簡単だ、というかあまり考えずに言葉にしている。しかし、行動するとなると、どうしても、かける言葉を考える。婚約指輪や結婚指輪の時はどうするべきか物凄く悩んだものだ。好みを理解していても、喜んでもらえる保証はない。
「変なとこで頭使うよな、これだから天才は」
「褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」
「貶してる」
あぁそうかい。素直に貶してますか。こいつ、遠慮がなくなってんな。
「あのなぁ、メリさんがお前から貰うもんに喜ばんわけないだろ」
「そうか……?」
「なんでそこで不安になるのか、俺には理解できんよ。最近思ったよ、お前も重いけどメリさんも重いと思う、愛情」
メリが重たい? 本人も重くなったと言っていたが。自分には感じ取れていない。彼女は現実主義だし、何より何事にも慎重すぎるくらい慎重だ。よって手を出すことも許されていない。
冷たさこそあれど、重いとは考えにくい。仮に自分がメリから離れると言ったら、寂しそうにはするだろうが止めはしないだろう。そんなことは有り得ないが。
「それは、送り届けた後死ぬやつだから止めとけ」
「離れる気はないから安心しろ、というか死ぬか?」
「自殺する未来しか見えねぇよ、それくらいは重いと思う」
ふむ……自分とは重さが違うのかもしれない。ミラフから見たものは客観的な意見だ、小さなズレはあるだろうが、間違ってもいないだろう。
「まぁ、仮になんか用意してるもんがあるなら、さっさと渡すんだな、後でバレたら悲しませんぞ」
「既婚者の先輩は言うことが違うな」
「離婚してんのよ、むしろ恋愛感情で言えばお前の方が先輩だろうが」
ミラフとカリナの結婚生活など知らないし、興味もないが、苦労したようだ。
ミラフと別れ、部屋に戻ると、上機嫌なメリがいた。メリは確かルストと話していたか。
「楽しかったようですね」
相手が女性だというのに、嫉妬している自分がいる。後ろから抱き寄せると、メリは苦笑いをこちらに向けた。やっぱり、冷たい。冷たいメリも可愛いが、もう少し甘くしてほしい。無理なのは理解しているから言いはしないが。
「私がというか、ルスト様がだけどね、ミラフ様は楽しんでたの?」
「楽しんだようですよ、あんなふうに笑うのを見たのは久しぶりですね」
ミラフと改めて関わってから、笑いはするが、どこか寂しさも含んでいたように感じていたが、今日はそれがなかった。余程楽しめたのだろうと思う。
「そう、それは良かったわ」
メリは嬉しそうに、にこにこしている。メリは優しいから、友人達が幸せそうなのが嬉しいのだろう。わかってる、うん。わかってはいるのだが。
自然と抱く腕に力が篭もる。自分に対しては、あまり、嬉しそうに笑ってくれないんだがな。
「カルデラ、苦しいわよ」
「メリが冷たいのが悪いんですよ」
意地悪を言ってから、あっと思うまでがワンセットだ。こういうこと言うから、冷たくされるというのに。
「もう、カルデラは本当に嫉妬しやすいわね」
「悪かったですね」
メリがこちらを向く。自分はメリを見つめる。そして、唇に優しくキスをされ、しばし固まる。メリの腕が、自分の首に回されており、体温が伝わってくる。
「私がカルデラ以外を愛することはないから安心しなさい」
「あなたって人は……」
ぎゅっと更に力を込める。メリは抵抗せず身を委ねてくれる。
数分そうして、腕を解く。メリは少し名残惜しそうだ。
「メリ、後ろ向いてくれますか?」
「後ろ? カルデラに背を向けろってこと?」
メリが素直に後ろを向く。それを確認し、袋からリボンを出すと、メリの髪に触れる。その手が微かに震えていたが、なんとかリボンを髪に結ぶ。これは、彼女がずっと見ていた小物店で買ったものだ。柄は桔梗で、紫色のリボンの先端には薄いピンクのレースが付いている。更に金の鎖に桔梗の花の揺れる飾りが付いており、少々華やかだが、上品なもの。
「これって……」
「メリに似合うかと、鎮魂祭当日は浴衣と呼ばれる着物を着ますから」
鏡を見て、メリは目を丸くした。何も喋らないなと考えていると、笑顔をこちらに向ける。
「ありがとう、私の好みを理解しすぎて怖いくらいだわ」
「喜んで頂けてなによりです」
つられて笑顔になる。この笑顔が見られるならば、いくらでも贈り物をするのだが、それはまた冷たくされそうなので止めておく。
メリと共に布団を敷き、中に入る。彼女を抱き寄せると、温かさですぐに眠れそうだ。
「やっぱり、部屋を一緒にしませんか?」
「私の心臓が持たないって言ってるでしょ」
うーん、この冷たさは消えそうにはないなと、思いつつ、眠りにつくのだった。
さぁ、明日からはついに鎮魂祭です!




