第四話 【春華國】
船は海を進む。初めて見る海だが、そこまで感動はなかった。海って思ってたより暗い色をしているし、底が見えないから恐怖感が勝つ。
「メリ、酔いは大丈夫ですか」
「大丈夫よ、薬も飲んでるしね、ミラフ様は……大丈夫?」
カルデラは首を横に振る。あらら、ダメみたい。ミラフは、どうも船酔いが酷いらしく、酔い止めは飲んでいるそうだが、意味を成していない、本人曰くいつものことらしい。
「どうも、医療魔具のせいのようですね、レーダー機能により、広大な海のデータが脳に送られますから、脳がそれを拒絶するのでしょう」
「難儀なものね……」
ミラフの左目に付けてある医療魔具は、魔力を感じとれたり、周りの地形を把握できたりと、便利な反面、壁がない海では地形データも膨大らしい。しかも地底深くまで反応するらしく、船に乗る前から具合悪そうではあった。
そして本人の船酔い体質も相まって、先程までカルデラが様子を見ていたわけである。
「こればっかりはどうしようもないので、とりあえずルストさんに任せてきました」
「彼女が一緒なら大丈夫ね」
決して悪いようには扱わないだろう、献身的すぎて引かれないといいが。
船のデッキから、改めて海を見る。私には底など見えないが、医療魔具が反応しているのだから、底があるのである。
「深海って言うんだっけ、どうなってるんだろう」
今の私には知りようはない、いつか技術が発展したら、人々は見えない場所を知ることができるのだろうか。技術の発展、それは魔法が無くなることを意味している。魔術師は技術に負ける時がくるだろう、結局は人だから。それは寂しいことだが、喜ばしいことだ。
「なんだか、海を見てると寂しくなるわね」
心地よい風が髪を撫でる。カルデラが後ろから優しく私を抱きしめた。
「私としては感傷に浸るメリが見れたので良いです」
「なんか感情が台無しになるんだけど!」
カルデラは、感傷に浸るなんてことはないんだろうな。というか無駄なことに感情を使わない。それが彼の良さだが。
寒くなるのでと、船の中に戻る。部屋に入るとお決まりとばかりに、カルデラは私を膝の上に乗せる。
「一応確認しておきますが、春華國での旅館では同じ部屋なのですが、大丈夫ですか?」
「嫌だって言ったら凹むでしょ」
「メリに拒絶されたら凹みますね、無理矢理同じ部屋にします」
おい、拒否権ないじゃないか。わかってたけど。旅館とはアムレートでいう、ホテルだそうだ。私はホテルすら泊まったことがないので、全く想像できないが、ミラフの説明では、畳と呼ばれる床に、敷布団がひいてあるとの事。うんわかんない。
「畳かぁ、どんな床なんだろう?」
「い草と呼ばれる植物を編んで作ってあるそうですよ」
植物を床にするって時点でわからん。まぁ、見たら全てわかるよね。
あと、楽しみなのが桜である。アムレートにも桜はあるが、それは春華國から来たものらしく、本場の桜は香りが良いとの事。桜を使ったスイーツなんかもあるらしく、甘味処と呼ばれる場所で食べられるらしい。多分カフェと一緒かな。
「旅行って考えたら楽しみね」
「メリが楽しんでくれたら満足です」
「カルデラも楽しんでよ……」
私からしたらカルデラも一緒に楽しんでくれないと嫌なんだけど。せっかくの機会だ、二人で楽しみたい。
そんな期待を胸に、船は海を進み、二日後、私達は春華國につく。
「やっとついた……」
「ミラフ様、大丈夫ですか、最初に旅館へ参りましょうか、カルデラ様、メリ様、すみません、ミラフ様を部屋に運びます」
「あ、はい、大丈夫ですよ」
ミラフは相当酔ったようである。これ、帰り大丈夫かな。とりあえず彼はルストに任せ、私は島を見た。
最初に目に飛び込んできたのは、火山である。島の中心に火山はあり、毎年噴火しているとのこと。この島はその火山灰で、土ができており、植物を育てるのが困難らしい。そのため魔法でなんとか育てている。その中でなぜか花々だけは育ち、いつでも咲き乱れている。実際、あちらこちらに桜を始めとした色とりどりの花々が植えられており、火山と重なる光景はまさに一枚絵であった。
「凄いですわ、これが春華國……」
「家も不思議だね、瓦って言うんだったかな」
ローザ、プレスティも船を降りて、景色を眺める。屋根は瓦と呼ばれるもので、壁はどこも白い。この漆喰と呼ばれる壁は、海風に強く、耐火性にも優れているため、火山があるこの国では一般的な壁である。とのローザの説明だ。
「瓦にも防火性があるそうですわ」
「余程噴火が多いのね」
耐震性や、火山灰や火山石が降ってきても壊れない耐久性など、とにかく噴火に備えた家造りがなされている。そこまでしてこの地に住む理由はわからないが、これが土地愛というものなのだろう。
そしてこの国は山だけではない。川も多く、鎮魂祭では、和紙と呼ばれる紙で作った灯篭という明かりを川に流す、灯篭流しという催しがあるそうだ。和紙は水で溶け、灯りは魔法で灯しているので、海に影響はないらしい。海への影響は、国の危機に直結するので考えられているそうだ。
「さて、私達も一度旅館へ行きましょうか、荷物を持っていては観光どころではありませんからね」
全員が頷き、私達は旅館へと向かう。道中凸凹した石畳の道に驚いたり、地域住民の服装があまりにも違いすぎて固まったりと色々あったが、とりあえず旅館にはついた。
女将さんと呼ばれる案内人に連れられ、部屋に入る。扉が障子という、両開きの扉で、木枠に紙が張ってあるもの。穴あかないのかなと触ってみたら、穴があきそうで離した、怖っ。
気になっていた畳は、確かに植物でできており、微かに草の香りがする。ずっといる部屋ではないからこそ言い表せぬ特別感というか、そわそわしてしまう。
「本当に何もかも自然と一体化って感じね」
木造建築で、紙や植物が使われた室内。どれもこれも体験したことないものだ。アムレートは基本コンクリートで建築している、あとレンガ造りも多い。エルミニル紅茶館が木造なのは、春華國に影響を受けているのかもしれない。
荷物を置き、カルデラが一旦部屋を出たかと思うと、何か衣服を持って帰ってくる。それは、道中で見た、地域住民の服だ。
「袴と呼ばれているそうです、いつもの服じゃ浮きますからね、着替えましょう」
そう言って渡された袴は、上着がくすんだピンクで、ズボンが暗い紫、どちらも無地だが上着は、袖にかけて明るくなるグラーデションがかかっており、ズボンも同じく下に行くにつれて明るくなるグラーデションと、シンプルながらに可愛らしい服である。私の好みを的確に持ってきたな。
「ありがとう、カルデラには敵わないわね」
「メリの好みなら、完璧に把握していると自負してますから!」
誇らしげに言われる、もう突っ込まない。カルデラの方は、上着が黒、ズボンは灰色で完璧な無地である。カルデラの好みは把握してないけど、黒が好きなのはわかる。部屋も黒だし。あと、装飾品はあまり好かない、単に邪魔なのだ。
さて、着替えるかと服を持った私は固まる。ん、ここで着替えるんですか。
「カルデラ、脱衣所ってないの?」
そういえば、この部屋シャワールームはございます? 部屋を見渡すが、それらしいものはない。扉はあるが、それは押し入れといって、布団が入っていると女将さんから説明を受けた。他に扉はない。
「お風呂はですね、一階にあります、部屋についているのではなく、大浴場と呼ばれる仕組みです、露天風呂というものがあるらしいですよ、外に付いているお風呂らしいです」
「外にお風呂……?」
理解に苦しみすぎて思考が停止する。えと、つまり、今はここで着替えなきゃならないという解釈でいいですか。
「……カルデラ一旦外に出てくれる? カルデラが着替える時には私も出るから」
「何を恥ずかしがっているんですかメリは」
「恥ずかしいに決まってるでしょうが!」
私だって女だよ! 麗しき乙女なんです! いくら結婚しているとはいえ、恥ずかしいものは恥ずかしい。
「メリの裸なら健康診断の時に見ておりますが」
「へ……確かに……」
そういや、健康診断の時がっつり服脱いでたなー、七年も前だから忘れてた……。
「って、流されないわよ!」
危ない。変に納得するところだった。
不満げなカルデラを無理矢理追い出す。はぁ、なんか疲れた。そして私は袴を見て固まる。
「これ、どうやって着るの?」
上着どうするんだこれ。ボタン無いけど、羽織る感じでもないな、そもそもアイテム多くないか。というか、どれが中だ、白いのが中だよね。やっぱりボタン無いけど。
「だから言ったじゃないですか、メリ、まずはこちらを着ますよ」
声が筒抜けなので、呆れた顔のカルデラが入ってくる。まずは白い服を着る。どうやら布を重ねて、紐で止めるようだ。それが完了したらピンクの上着を羽織る。
「右前にします、左前だと死者を意味しますからね」
「そういう決まりがあるのね」
こちらも帯で締め、最後にズボン……ではなく、これ自体を袴と呼ぶらしく、袴を履く。上着だと思っていたのは、着物と呼ぶらしい。それに履くというより、結ぶって感じかな、スカートっぽい。
「これで完成です」
「おぉ、なんか重たいわね」
布を重ねているせいだろう、重量感がある。肩凝りそう。
「というか、一人で着れなくない?」
「着れなくはないでしょうが、慣れてない私達には難しいですね」
もしかして、カルデラの方も同じ仕組みなのか。
「男性衣装は少し難しいですよ?」
「私にできるのそれ……」
しかしやるしかない。私は意を決し、男性用の着付け方が書かれた紙を見る。私が熟読している間にカルデラは服を手際よく脱いでいく。
よしいける! 多分! とカルデラを見てまた固まる。そう、私はこれが初めてなのである。カルデラの裸見たの。
「メリ、大丈夫ですか?」
「待って、心臓が持たない」
カルデラに背を向けしゃがむ。カルデラは背が高いので、スラッとしており、痩せているように見えているが、それなりに筋肉質だった。いや、男性だし、骨格とか女性より太いのは当たり前なんだけど。服を着てると全くわからないのよ。抱きしめられたりしても、意識したことないし。
「ふふ、可愛い反応で嬉しいです」
「なんでそんなに余裕なのよ……」
これ、私着付けできる自信ない、別の意味で。
深呼吸し、着物を掴む、服を着ればいいのよ、服を着れば。
「カルデラやるわよ!」
「手が震えてますよ」
震えないわけあるか。しかし勢いでなんとかしてやろう。まずは中の白い服から。襦袢という服らしい。女性同様紐で締める。手が肌にあたる度に、気恥ずかしくなるが、思考を何とか遮り、着せることに成功する。次は着物、こっからがもう大変だった。帯がとにかく難しい、なんだこの結び方の複雑さは、紙を見つつ、唸りながら結び、袴を履く。袴も勿論紐を結ぶわけで、こっちはこっちで複雑だった。
「なんでこんなに大変なの……」
着付けが終わり、倒れ込む。何この衣装。
「布だけで着るからなんでしょうね」
「ボタン、ボタン付けましょ」
効率が悪い。慣れたら早いのだろうが、慣れないとただただ疲れる。
「お疲れ様ですよ」
ヨシヨシと頭を撫でられ、子供じゃないんだからと言う余裕もなく、身を委ねる。
日が入っている温かさも相まって、眠くなりそうだ。
「今日は近場の観光にしましょうか」
「そうね、フラっと歩きましょ」
カルデラの手を掴み立ち上がると、部屋を出る。ふわりと良い桜の香りがした。
この話を書いている時、袴の着付けを調べていたのですが、男性用の袴は作者には理解不能でした。




