第一話【鉄と魔術】
二章開始です!
年も変わり、三月。ローザが持ってきた書類とにらめっこをする。
「とりあえず調べられたメイデン家の資料ですわ」
クリスマスの日、ローザにはメイデン家を調べてくれと頼んでいた。敵を知らなくては、自衛も何もできないからだ。
書類を見ると、メイデン家も古い家系なのがわかる、ティガシオンより少し後に出てきたようだ。元から光魔術師の家系で、王に代々仕えていたようである。クロム家のように表には出てこないが、裏の暗躍には活躍していたようだ。と言ってもここは噂程度のようだが。
「流石にシザフェルはあまり調べられませんわね」
「遠いから仕方ないわ、むしろここまで調べてくれて有難いわよ」
しかし、メイデン家を調べても私はシザフェルという国を詳しくは知らないのだ。きっとマシーナのように、様々な文化があるはずである。そしてアムレートも無関係ではないのだろう。
ということで、メイデン家を一旦置いておき、リテア様、セヘル、ルスト、ローザ、四人にシザフェルのことを聞くことにした。
「シザフェル? 私は詳しく知らないわよ、セヘルとローザは?」
「僕は、わからないです」
「わたくしも知りませんわね」
隣国ではないので仕方ないかもしれないが、まさかの三人は知らないという回答だった、つまり頼みの綱はルストである。
「なんか、知ってたりしますか……?」
「……伝承なら」
「伝承?」
「はい、これはアムレートの伝承ですけれど、その中にシザフェルが出てきます、しかしこの伝承こそが、此度の戦争を長引かせているとは思います」
それは気になるな。私はルストに話して欲しいと頼む、ルストは少し訝しげな顔をしたがその伝承を教えてくれた。
これはまだ、アムレートが魔術大国と言われていない時の話。シザフェルという国から一人の女性がこのアムレートへとやってきた。女性はかの国で、酷い扱いを受けたようで、その体は傷だらけであり、王はそれを哀れみ治療をしたという。この頃は魔法が一般ではなかったが、王は魔術師であった。その魔術は逸品で、この世の全ての魔術が使えたという。その神の御業で、女性は傷を治してもらい、以後王に付き従った。女性は、魔術を知っており、王が扱う御業を魔術と名付けたのも彼女である。女性は国のため、魔術を国民に伝え、アムレートは魔術大国となったのだ。
しかし、その平穏は長くは持たなかった。魔術が扱えるようになった国民は、王に反感を持った。今まで王に対して手も足も出なかったが、力を持ったことにより、王に刃向かえるようになった。女性はそんなことのために魔術を教えたのではないと、手を取り合うべきだと国民に訴えたが、恐怖によって支配されていた国民達が、恐怖を忘れた様は誰も止めることが叶わなかった。王は、民の怒りを鎮めるため、何より、悲しむ女性を解放するため、処刑台に立った。自身が死ねば全てが終わると信じて。そうして、王は死に、女性はアムレートを去ったと言う。
「しかし、これで終わりではありません」
女性が去ったアムレートでは、すぐに伝染病が流行り出す。次の王を決める前に、その伝染病が出てきてしまい、国中は騒ぎとなった。その騒ぎを諌めたのが、女性が来た国であるシザフェルであった。
その諌め方は手荒であり、伝染病にかかってない者をシザフェルに避難させ、他を全て殺したのだ。そうすると不思議と伝染病は止まり、シザフェルに避難していた国民はアムレートへと戻った。
「中でも強かった者が王となったといいます、それが現在のマギア王の先祖ですね、そして王と共にアムレートを守ると誓ったのが、現在まで続く団長家系の、クロム、エルミニル、アクリウル、各家だと言われています」
そうして話を締めた。
全員が黙る。つまり、手荒ながらシザフェルはアムレートの危機を救ってくれたわけだ、だからあまり強く出れずにいるということである。まぁ、私にはそれより気になる存在がいるが。
「シザフェルから来たっていう女性、名前とかは伝承に残ってないんですか?」
「はい、女性どころか、処刑された王の名も残っておりません」
「なら、アムレートから何処へ行ったのかもわからないわけですね」
女性と王の関係は語られていないが、この伝承、マシーナの申し子を彷彿とさせる。王に忠義を誓い、国を大国へと導いた。しかし、その王が死んでしまう。その後申し子は人目に触れない場所へ行く。マシーナは、後継者により研究所の地下へと入れられ、死後、病という呪いをかけた。伝承に出てきた女性の生死はわからないが、去った後に伝染病が流行った、それは呪いではなかったのだろうか。
「でも仮にその女性が申し子だとしたら、なんで伝染病は止まったのかしらね?」
「マシーナは、まだ、病がありますね」
「確かに、呪いにしては短いですね、一部の人が殺せたら良かった……とか?」
それこそ、王を処刑へと追いやった者達さえ、殺せれば満足だったのかもしれない。
王は女性を悲しみから解放すべく死を選んだ、自分が死ねば民は静まると信じたから。この一文だけで、王が女性を大切にしていたのがわかる。そして、王が無属性の魔術師であったのも記述がある。今の王の前か、ずっと昔の話だから調べようがないけれど、なんだか他人事ではないような気がしている。もし私が同じ立場だったらどうしていただろう、カルデラが死を選ぶとしたら、私は必死で止めると思う。それで静まるのであれば、最初から王を殺そうとは考えなかったはずだから。
「申し子なら止める力あったと思うけど」
「そもそも申し子なのかもわかりませんわ」
それはそうだ、あくまでもマシーナと酷似しているだけである。
それに、女性が生まれたのはアムレートではない、シザフェルだ。申し子だとしても、アムレートのではない、シザフェルのである。申し子に国という概念があるかと問われたら、ないような気はするが、私の体験上、生まれた国から出る感じもない。出れるなら、マシーナの申し子は逃げればよかったわけだし、私自身なぜかアムレートから出たいとは思えないのだ。それは、申し子という者の本能な気がする。だとすれば、女性は魔術を知っているだけで、普通の魔術師だったというのだろうか、それにしては伝染病のタイミングが良すぎるような気がする。
「あくまで伝承です、伝え間違いもあるかと思います、それにあまり良い内容ではないですから、改変された部分もありましょう」
「そうですね、ルスト様、その伝承はどこで?」
「フルサーン家は代々騎士団に属しておりますゆえ、団長であるエルミニル家についての伝承が伝えられてきたのです。まぁ、エルミニル家というより、この国のですけれど」
なるほど、団長に迷惑をかけぬよう、伝えていたのか。ならば団長家系にも伝達されているのではなかろうか。
夜。私はカルデラに確認することにした。カルデラは、伝承についてを聞くと、やはり訝しげな顔をした。
「その話を聞いたならわかるでしょうが、アムレートも大概ってことです」
「内容は一緒なの?」
団長だし、少し違うかもしれない。カルデラはしばらく、悩むと、大体は一緒ですねと答える。大体はとは。
「その時代は苗字がなかったと言います、なので、苗字となったのは各家最後の当主の名前だったそうです、それが誓いとなったみたいな締めでしたね」
「締めがちょっと変わるのね」
「えぇ、しかしこの締めがあるのは、クロム家だけなのですよ、アクリウムはわかりませんが、少なくともエルミニルにはこの記述が無いんです」
クロム家だけ? わざわざ記述を追加したってこと? というより、家系によって伝承が変わっているのか。
「なんでクロム家だけ追加したんだろ」
「わかりませんねぇ、とりあえずクロム家はそうしたって事なんでしょう」
最後の当主の名がクロムだったから、そもそも最後ってことは、亡くなってるのか。三つの家系の当主が全員亡くなっているとは考えにくいので、クロム家がたまたま該当しただけなのだろうか。
そうなると、クロム家が異質に見えてくる。最後の王と同じく無属性の魔術師の家系だから贔屓目があるのだろうか。
「カルデラはもし、同じ状況になったらどうする?」
「メリを残して死ぬと思いますか?」
「自分から死にはしないってことね」
王が女性を愛していたかは分からない、けれど愛していたなら、それはどれだけ辛い決断だったのだろうか。愛する者を残して、死ななければならないなんて、それを見ていた女性もまた、辛いのではないだろうか。
「私だったら見てらんないわね、意地で乱入する」
「それ、メリも危なくないですか?」
「見殺しにするよりマシよ、置いてかれるなら一緒に死ぬわ」
老衰や病気ならまだしも、処刑だなんて耐えられない。ましてや、自分が魔術を教えたせいでそうなったなら、死ぬのは王ではなく、自分だと感じるだろう。
そもそもの話、王は何をして反感をかったのだろうか。魔術師に対抗できないのはわかる。対抗手段を得たのもわかる。ただ、対抗する理由がわからない。他国から来た女性を助けるくらいだ、そんなに国民から嫌われるようなことをしたのだろうか。
「伝承に足りない部分が多すぎるわね」
「あくまで伝承ですからね、まぁ、伝承内で王が悪く言われていないのは気にはなりますが、紐解けないのでどうしようもないです」
カルデラの肩に頭を乗せる。新しく設置したばかりの紺色のソファは、触り心地が良い物を選んだので、カルデラの体温も相まって暖かい。
「王が悪い人じゃなかったら、本当に良くない話しね」
なぜこうも伝承というものは、良い話がないのだろうか。時代的に仕方ない部分はあるのだろうが、人の幸せを奪うのがそんなに楽しいのだろうか。
「きっと良い悪いは関係ないですよ、王というのはどんな事をしたって敵を作りますから」
「希望も何もあったもんじゃないわね、無慈悲だわ」
けれどそれが真実なのだろう。権力とはそういうものなのだ。満場一致する政策などないのだから。
今だからこそ、私は普通にしていられているが、時代が時代だったら、申し子ってだけで殺されたり、高い魔力を利用するために地下に閉じ込められたりしていたのかもしれない。そもそもカルデラに会わずに、死んでいた未来も有り得たわけである。
「カルデラ、ずっと私の隣にいてね」
ぎゅっとカルデラの腕を掴む。申し子は人間で、感情があって、生きている。それを蔑ろにされれば辛いし、愛する人が死ねば悲しい。それを忘れられたくない。人間として扱われないなんて、考えたくもない。
「大丈夫ですよ、私が貴女の側を離れることはありませんから、メリはメリです、私が愛する女性です」
優しく頭を撫でられる。カルデラはいつだって、私を一人の人間として扱ってくれる。それがどんなに嬉しいことか。申し子でも女神様でもない、メリという、一人の女性として見てくれる。それだけで安心する。
「私まで段々愛情が重くなってる気がする」
「ふふ、その内私無しでは生きれなくなりますね」
「嬉しそうね……」
既にそうなっているような気はするが、それは言わないでおく。
様々な偶然と必然が重なって今の幸せがあるのだ、この幸せを得たくても得られなかった人達がいる。それが伝承として語り継がれ、同じ過ちを繰り返さぬよう、今を生きる私達が考えていかなねばならない。シザフェルとの関係も、例外ではない、戦いに出れば、私もカルデラも、生きていられる保証はないからだ。知ることで回避出来るものがある。だから私は知らねばならない、シザフェルという国を。
初話から重たい話となってしまいました。
一応、この【春眠の巫女】の章は、恋愛要素多めの章となります。一話目は暗くなってしまいましたが……
二章楽しんで頂けましたら幸いです。




