一章後日談二話 【お部屋訪問】
三回扉をノックする。すぐにどうぞと声がして私は部屋に入る。
入った部屋はカルデラの部屋だ。自分の部屋をカスタマイズするかしないかの参考に見せてくれと言っていたため、訪問したのだか、中は彼らしいものだった。壁は暗い紫で、線がクロスした、ひし形の模様が入っている。床は黒の絨毯で、靴を履いたまま入るのを少し躊躇する。なんかこう、踏み心地が変。家具は大きな本棚と、本を読むための小さいテーブルに、何故か椅子が二脚。セミダブルベッドが一つ。隣にはナイトテーブルが置いてあって、全てがブラックウッドで統一されている。至ってシンプルなものだ。
「カルデラっぽい」
「まぁ、私の部屋ですからね」
カルデラはというと、やっぱり黒の部屋着で椅子に座り、魔術書片手にこちらを見ている。黒が好きなんだろうな。
相変わらず本棚には魔術書がびっしり入っており、よくタイトルを見てみると、屋敷の部屋にあるものとは別なのがわかる。本の状態からして新しいもののようだ。
「これ、買い揃えたの?」
「新しいのを見つける度に買ってますよ、ただ、この部屋に入り浸るようになったのは最近なので、ここのはまだ読んでないものがあります」
買った本覚えてるんだ、どんな記憶力してんだ。本の中には魔具関連のものもあり、きちんと魔術師団に役立つものがあるのも見受けられる。本人の趣味によるところが大きいと思うが。
私が見て回るのを邪魔しないためか、カルデラは珍しく話かけてはこず、私が話かければ、こちらを向き、それ以外は魔術書を読んでいる。ある程度見たし、なんだか邪魔するのもなと思い、椅子に座ると、座り心地が良い。
「気に入りましたか?」
「いいわね、この椅子」
背中が丁度よくフィットする。少し硬いような気はするが、木製だしそこまで気になるものではない、カルデラの部屋にあるのに、背も私にピッタリと合っている。カルデラが座ったら低いのではないだろうか。
「というか、なんで椅子が二脚あるの?」
「メリ用にですが」
あ、はい。最初から呼ぶ気なら、理由なんて付けずに呼べばいいのに、カルデラって変にその辺気にするのよね。
机に頬杖をつき、カルデラを見る。まじまじと彼を見たのは久しぶりな気がする。改めて見ると本当に端正な顔立ちである。常に人形みたいだと私は言われるが、カルデラも作り物のようだ。髪はキラキラとしており、絹みたいだし、肌も白い。目線が魔術書にあるので、伏せられた目は、その長いまつ毛をよく見せる。そこでカルデラが眼鏡をかけていることに気付く。
「カルデラ、なんで眼鏡付けてんの?」
「今気付いたのですか、これ魔具なんですよ、まだ試作ですけど」
「魔具なの?」
眼鏡が魔具? どういった魔具なのか、その説明は、データを読み取る魔具らしい。眼鏡を通したものを記録し、魔力通信で機械に送ると、データが機械に蓄積され、後で閲覧できるというもの。
まだ試作段階で、文字しか記録できず、そのうち写真なども読み取れたらいいなとヴァニイと話しているらしい。
「ミラフの医療魔具を解析したお陰で完成しましてね、私がよく本を読むので使っているんです」
「相変わらずよくわからない仕組みよね、魔具とか機械って」
「メリは機械苦手ですね」
カルデラが肩を竦める。苦手よ、触れてこなかったもの。機械や魔具は高価なものだ。特に電気を使って動かす機械は、いくら貴族と言えど簡単に手を出せる代物ではない。吊り下げ電灯が限界なのだから、そのため触れる機会が無い。直感で理解しようにも経験値が少ないのだ。
「そうですね、データというのは記憶です、そしてモニターは記憶を見るための目と言えば良いでしょうか、データを送るというのは、機械が見たものを脳に伝達するってとこですね」
「つまり、機械を人間と同じように考えればわかりやすいってこと?」
カルデラは頷く。なるほど、だったらまだ分かるかもしれない。結局専門用語が出てきたらわからないだろうけど。
カルデラと共にいるならば、魔具の仕組みは理解できるようにならねばならないかもしれない。きっとこれからも話が出てくるから。そもそも、アムレートが主に関わる、マシーナやシザフェルは魔具に頼っているわけだ、理解できなければ困ることも多いかもしれない。
「これ、ヴァニイ様に頼んで講義開いてもらった方がいいかしら」
「……メリは本当に私を頼ってはくれませんよね」
パタンと魔術書が閉じられ、カルデラは私を見る。あ、嫉妬されてるなこれ。
「最近はプレスティやミラフと一緒にいることも多いですし」
「カルデラは仕事忙しいでしょ、確かになんでもそつなくこなしてくれるけど、一応気を使ってんのよ?」
なんでもできることはメリットではあるが、仕事量が多いのだ。他の人より仕事しているカルデラを、私事で動かすのは気が引ける。それでも、私が頼んだら際限なくやりそうだから。挨拶回りとか、騎士団以外は付いて来てくれたくらいだし、迂闊に頼みにくい。
しかし、当の本人は不満な様子である。多分、頼った先が男性なのが悪いのだけれど、戦うのが主な魔術師団や騎士団には自然と男性が集まりやすく、関わるのが男性なのよ。むしろ、学園で関わったのが、セヘルとマーベス以外女性だったのが凄いくらいなのである。
「メリのためならいくらでもやりますけど?」
「それを理解してるから頼まないのよ、無理して倒れられたら困るわ」
カルデラがいなくなったら、停滞する仕事が増える。それは魔術師団が困るし、結果としてアムレートという国そのものに影響しかねない。彼の穴を埋められるほど、天才が揃っているわけがないのだ。
「頼られないのは寂しいですよ、私は貴女の夫なんですから」
「素直にそう言われたら、罪悪感持つんだけど……」
そんなこと言われたら頼りたくなる。頼らないけど。
最近はあまり感じないが、カルデラは私には甘いのだ。その甘さに委ねてしまうと、私がダメ人間になる。だから、仕事では頼らないようにしている。わからない事があれば、その場にいる団員や、それこそプレスティに聞く。女神様という贔屓目は多少あれど、カルデラ程甘くはないので、本当に聞いた事だけ答えてくれる。カルデラは先回りしてなんでもやってしまうので、聞くのすら怖い。
「あのねカルデラ、有難いには有難いんだけど、私が副団長になった時に困らないようにする目的もあるのよ?」
「私がいるんだから大丈夫ですよ」
「毎日いるわけじゃないでしょうに」
今はこれで通用しているが、それもいつまで持つかはわからない。何より、互いにプライベートの時間は必要である。マリア様やソフィア様ですら、休みの日にちをずらしているのだ。私達でもそういう対処は必要だろう。夫婦円満の秘訣である。
「メリがいなかったら休日の意味ないです」
「今はそれでいいかもしれないけど、ずっと一緒にいて疲れない?」
「メリは疲れますか?」
疲れる……のか? あまり考えたことがないので、考えてみる。
私に趣味はない。休日ったら、部屋でぼーっとしている。後はマーベスと話しているか、カルデラと話しているか、マリア様がいたらマリア様と話す。ソフィア様は一人で屋敷にいるところを見たことがないので、二人で話したことはない。
「……カルデラいなかったら何もしてないかも」
「私も同じですよ、メリがいなかったらする事ないですからね」
自然と一緒にいるのは確かだ。カルデラがいつの間にか私のところにいるので、そのまま紅茶を嗜んでいる。
「なので、わざわざ休日をずらす必要はないかと」
「二人一緒に魔術師団空けるのは問題あるからダメ」
「メリはいつになったら私に優しくなりますか……」
わかりやすく落ち込まれる。そんなに冷たくした気はないのだが、どうも冷たいと思われていたようだ。
とは言っても、私はカルデラみたいに甘くはできないのよ。何かを先回りする程の頭はないし、わからないことの方が圧倒的に多い。人生勉強だってくらいに、毎日色々覚えている。何より、人に頼る癖がない。わからないことは聞けるが、それ以外は一人でやろうとしてしまう。そんな私に、甘くすれってのに無理がある。
「メリは真面目すぎるんです」
「真面目にやんなきゃ仕事覚えられないもの」
私のせいで迷惑はかけられない。申し子ってだけで、何かできるわけではない。お飾りになるのだけは絶対に嫌だ。副団長という肩書きを背負うなら、それ相応の技量は必要である。カルデラは元々その技量が備わっているからいいが、私にはないのよ。
「私は甘やかしたいだけなんですけど」
机に突っ伏して、上目遣いで言われる。私は目をそらす。上目遣いは反則だと思う。
メリ負けたらダメよと言い聞かせ、落ち着かせる。そもそもなぜそこまでして甘やかしたいのか、自分の仕事が減らせるなら、私が使えた方がいいに決まってる。
「なぜって、甘やかしたら、私なしでは何も出来なくなるでしょう?」
「それ効率が悪くならない?」
「効率なんて関係ないですよ、メリが私から離れる理由を限りなく潰せれば良いのです、なので遠慮なく頼ってくださいね」
逆に頼りにくいわ、怖いのよ理由が。それを素直に言っちゃうカルデラもカルデラだけど。
「カルデラって独占欲強いわよね」
「そうなんですかね?」
無意識ですか。それともこれが当たり前だと言いたいのか。多分後者だな。
全く困った男である。そんなことしなくたって、私が離れることなんてないのに。
「というか、私が仮に頼りまくって、本当にカルデラがいないと何も出来なくなったらどうするの? 困るわよそんなことになったら」
「更に甘やかしますかね」
平然と言いやがった。愛情というか狂気だ。それが嫌でもない自分も、大概だと思うけど。
「重いです?」
「重いというかやっぱり怖い、嫌いじゃないけど」
「なら良かった、嫌われたくはないですからね、まぁ、重いと言われたら受け入れるまで重くしますが」
嫌われたくないと言いつつ、自分に合わせろと言う傲慢さは彼らしい回答か。合わないなら、無理矢理にでも合わせられるんだろうな。これが嫌な人も少なくはないだろうが、今まで愛というものを知らないので、このくらい重い方がバランスが取れている気がする。愛されているという安心感があるから、私はむしろ大歓迎だ。
「カルデラはそのままがいいわね」
「いきなりなんですか」
「もっと重くしてくれていいのよって話」
目を見開いた状態で固まられる。私が重くしろって言ったのそんなに驚くかな。
しばらく、互いに口を開かなかったが、カルデラが立ち上がり、私の隣に来る。
「言いましたね?」
「な、何が?」
「貴女が望むなら、いくらでも重くしますよ、今でも足りないくらいですから」
コツンと、私の額にカルデラの額が当てられる。その距離に飛びのきそうになるが、がっちり手で頭が支えられているので、動けない。
「本来はですね、部屋を一緒にしたかったんですよ、ただ両親に止められました、流石にメリが困るだろって」
「それは困るわよ、見られたくないものもあるし」
「見られたくないものなんてあるんですね」
そらあるわ、衣服とか……いや、衣服しかないな。特に下着、なんか恥ずかしい。着替えだってカルデラの前ではしたくないし。
「私は貴女の全てが欲しいです」
「着替えはダメ、私が恥ずかしい」
私の着替えもだが、カルデラが着替えたりするところを見るのも無理だと思う、心臓が持たない。
そう考えるとつい想像してしまい、顔に熱が集まる。そういや、カルデラの裸は見た事ないな。見ようとも考えてないが。
「何を想像してるんです?」
「聞かないでよ」
余裕そうなこいつがムカつく。カルデラが焦るのって私の命が関わる時だけだもの。恋愛感情では、まず焦らない、変な自信があると思われる。
「見てみますか」
「無理です……」
心の準備ができません。カルデラは残念そうに、そうですかと言い、私を抱き上げる。
「まぁ、いきなりは無理なものです、今日はもう寝ましょうか」
「は、はーい」
もはや当然にベッドまで運ばれる。私にとっては、普通なこのやり取りだが、後日マリア様やプレスティに話すと、目が点になったのだった。




