一章後日談一話 【クリスマスパーティー】
ピンク色の可愛らしい部屋に、金縁の鏡。久しぶりのクロム家の屋敷自室である。
「ふっふふ、やっぱり奥様は可愛らしいですねー」
ティアラがそれはもう満足そうに微笑んでいる。今日はアムレート城でのクリスマスパーティーだ。六年ぶりとなる城主催のパーティーであるため、それはもうティアラが張り切っている。
今回の衣装は、緑を基調とし、スカート内部が赤になっているので、歩くと少しだけ赤色が見える。カルデラが露出を好かないので、露出度はなく、がっちりとした印象のドレスである。だからって首元まで襟がなくとも……と思うが、暖かいので良しとしよう。髪型は今回ハーフアップではなく、細かく編み込み、そのまま流している。
「ティアラ、クリアの方はいいの?」
いつも通り完璧にメイクまでこなされた後に聞くのもだが、今彼女はクリアに付きっきりのはずだ。流石にグラセ家に帰らないわけにはいかないので、常にではないが、この屋敷にいる頻度は高いらしい。
「私が、奥様のドレスアップを放棄するわけないじゃないですか、私にとっては何よりも優先すべき仕事です!」
「そ、そう……」
ここまで言われたら何も言い返せないので黙ることにする。
ティアラは一旦部屋の外に出る。カルデラを呼ぶためだ。私は部屋を見渡す。この部屋もきちんと整えられ、毎日掃除しているのだろう。
「別にここまでやらなくてもいいのに」
魔術師団の部屋は全て自分管理だ。忙しいと中々掃除ができなかったりする。私は訳あって一度使用人を体験しているので、そのスキルを活かして部屋を整理整頓しているし、そもそも物がないのであまり困らないが、プレスティが片付かないと嘆いていたっけ。それにミラフが頷いていた。騎士団も仕組みは同じなのである。それを考えると、何部屋もあるのにその一つ一つを綺麗に掃除する、ティアラ達使用人には頭が上がらないものだ。私はあまり帰ってこられないのだから、手を抜いたって構わないのだが、プロ意識が許さないのだろうな。
そんなことを考えていると、部屋の扉が開く。お決まりのようにカルデラが入ってきた。珍しく白いモーニングコートを着ており、驚く。貴族服は好かないのではなかったか。
「そんな驚かないでくださいよ、流石に王主催ですからね、嫌でも着ます」
「嫌なのね」
「ディウムに似るので……」
あー、結婚式の時にも言ってたな。ディウムの髪はクリーム色で、カルデラは金色だ、瞳の色は真反対だが、全体的な雰囲気も似ている。私はあまり似てるようには思わないが、見る人が見れば似ているかもしれない。
「似合ってるから良いと思うけど」
「メリがそう言うなら良いです」
真正面から抱きしめられ、耳元で囁かれる。私基準で決めないでよ。
「では、行きましょうか、マーベスも待ってますから」
「えぇ」
カルデラが離れて、私の手を取る。そのままロビーに行くと、青いモーニングコートを着たマーベスと、髪色に合わせたのか、水色の爽やかなドレスを着たクリアが待っていた。
クリアのドレスは少し露出度があり、スカート丈も短い。袖も七分丈だ。マーベスが露出度を気にしないのだろう。
「メリ様は何着ても本当に似合いますね」
「ありがとう、クリアも大人って感じが出たわね、見ない間に成長したものよ」
一年も経ってないはずだが、クリアもマーベスもなんだか、大人になっているような気がする。
「そんなことありませんよ、私なんてまだまだです。まぁ、女神様と揶揄されているメリ様と比べたらダメなんですけど」
「その呼び方はやめてね……」
国中に女神様の異名は轟いているので、勿論二人も知っている。私は、人間の扱いがいいです。
四人で城へ行く馬車に乗る。マリア様、ソフィア様は帰らずに城に残っている。わざわざ帰るのが面倒なのもあるが、仕事が残っているとのことだ、きっとシザフェル関連なのだろう。
「兄さんもメリさんも大変だったみたいだね、アザエルさんだっけ? 申し子のことを知ってるなんて厄介だね」
「えぇ、ミラフに取り付けられている医療魔具から何かわかればいいのですが」
「それも気になってたんだ! 目の代わりをする魔具ってなんなの!」
マーベスが興奮気味に言うので、カルデラは説明する。その説明をクリアも真剣に聞いている。私には理解し難いので外を見る。魔具を血管と繋げてるとか言われてもわからない、怖いことだけは理解できる。
話についていけない内に、城に到着して私達は馬車から降りる。会場となる大広間につくと、黒いタキシードを着たヴァニイと、深緑のモーニングコートを着たミラフが話し込んでいた。二人は仲良くなれたようだ。
「ヴァニイ、ミラフ、どうも」
「おう、カルデラか、お、マーベスもいるな」
「ヴァニイさん! こっちに来てるのは知ってたけど、会いに行けなくてごめんよ」
学生は学業優先だとヴァニイは笑う。マーベス達は大等部二年だ、中々マシーナのしかも最北端には行けないし、今はシザフェルのこともある。ヴァニイも長い事こちらにいる事もできず、ハッキングのための機械も取りに行かねばならないので、一旦研究所に戻ると言っていた。
「隣の女性とは初めて会うな」
「クリア・グラセです、ミラフ様」
クリアが一礼する。ミラフは続けて礼をし、挨拶を軽く済ます。
そして、マーベスはミラフを見た。
「で、医療魔具って何なの? どんな感じ!」
「え、いきなり聞くのかよ、流石カルデラの弟だな……昔は普通に可愛らしい少年だったのに」
どのくらい昔を言っているのだろうか、四歳とかそのくらいだろう。二人の年の差は十四である。逆算するとそのくらいだ。
「だって、魔具で視力を補うんだよ? 目って小さいのに、その小さな中に全ての機能があるんだ! どうやったらそんな事できるのか、気になるに決まってるよ!」
「いやわからんわからん、お前ら兄弟は矢継ぎ早に色々言ってくるから理解出来ん」
「ミラフ様、私も気になります」
ミラフは首を振るが、クリアにも迫られ、困り顔である。夫婦は似る……か、二人は婚約者の段階だけれど。
私は彼らを放置し、会場を見る。会場は煌びやかに装飾されているが、その装飾からこれでもかと魔力の気配がする。流石アムレート、魔力で作られたものがこれでもかと使われている。
「これはこれで酔いそう」
マシーナは機械技術が使われており、その騒がしさに耳が痛くなったが、アムレートでは魔術の気配がうるさい。魔術師ではなかったら、綺麗で終わるのだが、魔術師だからね私は。
「あー、うるさいのは理解出来るぜ」
マーベスとクリアをヴァニイに押し付けたミラフも、周りを見た。
「ミラフ様、魔術師ではないですよね?」
「左目がチカチカする。言ったろ魔術師かどうかわかるって、なんか魔力があるものに反応して、モニターに表示されるんだよな、あ、これがモニターだってのはヴァニイから教えてもらった」
便利なのか不便なのか。本人の話では、普通の目のように見えているわけではなく、モニターには緑色の線で地形や、人物が表示されているらしい。これをカルデラは血管が繋がっているから、データを直接脳に送っているのだろうと言っていた、うんわかんない。髪で左目を隠していたのは、そうすれば幾分か視界がマシになるからだそうだ。
やはり、普通の目ではないんだなと再確認する。それに視界が戻ったわけでもない、私がカリナの言葉を思い出し暗い顔をしていると、黒いスーツを着たルストがこちらに来る。
「皆様、こんにちは」
「ルスト様、ご機嫌よう」
私は、マーベス、クリアにルストを紹介する。三人は軽く挨拶を済ます。
「そういえば、ローザさん? が、女神様を探してらっしゃいましたよ、記者の方のようでしたけど」
「ローザが?」
カルデラと顔を見合わす。カルデラはにこりと笑う。行ってこいってことかな。
全員に頭を下げると、ルストが見たという場所に行く。そこには、リテア様とセヘル、それから久しぶりに会うローザがいた。
「あ、メリ! 来たわね」
「こんにちはリテア様」
「メリ様、お久しぶりですわ」
「久しぶりローザ」
ローザは度々魔術師団には来ていたようだが、私とは会っていない。記者としての仕事に徹底していたようだ。
「魔術師団の記事はそれはもう人気がありますわ、特にメリ様が女神様と国中から認識されてからは、メリ様関連の記事の時、新聞が品薄になるくらいですわよ」
「私、そんなに注目されてんの……」
何があってそんなことになってるのか。私なんて注目しても面白くないのに。
「崇めている者が一定数いるようですわね」
「いや私は人間なんだけど!」
「肩書きは女神様だし、いいんじゃない?」
良くないですよリテア様。私人間なんです、神様ではないです。
うぅ、色々なことが変な風に進んでいる。涙目の私に、セヘルが追い打ちをかけた。
「キリスト様も、申し子だったと聞きます。崇められるのは、間違いではないかと」
「それ言われちゃ反論できないんだけど」
確かに今日のクリスマスは、神の申し子と言われているキリスト様の誕生会だ。彼の御業を崇めるがこその今日という日である。
「申し子と神って同一視されてるのかな」
「そうかもしれませんね、神の使いとも取れますけど、神そのものとして解釈されてもおかしくありませんわ」
それだけ力は強いし、本当の奇跡の産物に見えてしまうのだろう。それこそ、国に止めておきたいほどに。
そこで私はあっと声を出す。そうだ、ローザに頼みたいことがあったのだ。
「ローザ、メイデン家って調べられる?」
「アザエルでしたっけ? やはり調べた方が良いのですわね?」
やはりということは、調べようとしてくれてはいたのか。
「時間がある時で構わないわ、お願いできる?」
「えぇ! メリ様の頼みとあらばこのローザ、やりますわよ!」
無理はしないでねと追加したが、彼女は聞いてない。まぁ、ローザもプロだ、問題ないだろう。
四人で少し話し、リテア様、ローザが仕事の挨拶を始めてしまったので、私は壁際で華やかなパーティを眺める。本来なら私も挨拶したいところなのだが、周りからは腫れ物扱いを受けてしまっているので大人しくしている。魔術師からしたら魔力が高いので怖いし、一般人からしたら、女神様と言われている私に近づきたくないものなのである。寂しく感じなくもないが、私自身コミニケーションは苦手なので良しとしよう。
「おや、こんな場所にいたのですか」
「カルデラ、挨拶はいいの?」
自然な流れでカルデラは、私の隣に立つと、ニコッと笑顔を作る。
「魔術師団は、あまり挨拶は致しませんよ」
「確かに‥‥」
魔術師団というか、クロム家がだと思うが、自分達から話しかけることは基本的にない。苦手なのか、する必要がないのか、又は私と同じ理由なのかはわからないが、魔術師団は畏怖されているらしいし、その影響かもしれない。
カルデラと共に賑やかな大広間を眺める。パーティには馴染めないが、眺めるのは悪くない、とても綺麗で、まるで別世界に来たようだ。
「何時までもこうしていられたら良いのですが」
「なんか言った?」
「いいえ」
首を横に振られる、今小声で何か言った気がするのだが、幻聴だろうか。
いつの間にか握られていた手から、カルデラの体温が伝わる。私は少しだけ距離を詰めると目を伏せた。多分、私が聞きそびれたものは幻聴ではない。でも彼が言わないならそれでいい、全てを知る必要などないのだから。




