第九話 【国のために】
屋敷の中に入る。ここまで来てしまったのなら仕方ない。今は従う他ないだろう。申し子の体はそう簡単に死なない仕組みになっているらしいし、とりあえず問題ない。十年飲まず食わずでも生きれたから。
屋敷の中は外観ほど古びた感じはなく、きちんと掃除されているのだとわかる。ただ生活感は感じられない。入ってすぐの一室に通される。そこには女性が一人、男性が二人いた。私は身構える。全員知っている顔だ。
「あら、あなたお帰りなさい」
「あぁ、リリフ戻ったよ」
女性は母様だ。配色は私と全く一緒だが、髪は短く切ってある。しかし私にとってそっちはどうでもいい、問題は男性二人の方である。
「あ、連れてこれたんだ」
「アザエル卿、えぇ、頼まれた通り」
「アザエル・メイデン……」
鉄の国の冷鉄王子。彼がその場にいた。もう一人の男性は、アザエルにアイゼンと呼ばれていた男性だ。
私がその名を呼んだことにより、アザエルは微笑し、こちらを見る、私は後ずさる。この人とは関わりたくない。
「やぁ、申し子、近いうちにまた会おうって言ったろ?」
「何用ですか、私は貴方に用はありませんが」
この場に長居は無用だ。ここが何処かわからないが、離れねばならない。しかし、背後には父がおり、前方には母がいる。囲まれた状態でどう逃げるか、そもそもアザエルは私に何を求めている? 申し子の力なのだろうが、生憎私にはどうすることもできないのだ。力の発動条件である感情なんてコントロールできないから。
「そんなに警戒しないでおくれよ、俺はあのアホみたいなことはしないから」
「アホ?」
「ディウム・ティガシオンのこと、申し子を雑に扱った結果があの男の病だってのに、また同じことしようするなんてアホの極みだよ」
ディウムのことを知っているのか。しかも件の事件も知っている。
しかし、アホだと言い切るならば目的はまた別にあるということか、とりあえずこの場で危害を加える気はなさそうである。だからって警戒は解けないが。
「さてさて、俺が頼った先は合っていて安心したわけだけど、流石にマシーナみたいに上手くいかなくてさ、直接シザフェルには連れて来れなかったんだよね、転移魔具って作るの難しいね、遠距離なんか無理だったよ、そこは流石マシーナだね」
ぱちぱちと手を叩きながら褒め始めるが、その声は始終低い。何を考えているのかさっぱりだが、どうも私をシザフェルに連れて行きたかったようだ。
「何の目的で私をシザフェルに?」
動揺を悟られないよう、できるだけ低く言葉を発する。アザエルは本当に分からないのかと、初めて声色が変わる。それは純粋な驚きのようだ。
「申し子が国にいるだけで意味があるんだよ、だからアムレートは君を城に置いている、それは君自身に価値があるからだ、なんで補佐の立場、しかも戦場に行くような役職にしてるかは知らないけど、国のために君という存在が必要なんだよ」
国のために? 申し子は国の行く末を左右するとは言われている。マシーナは申し子の力を借りて国を発展させた。それは事実だ。
しかし、本当に居るだけで意味があるかは分からない。居るだけでいいなら、マシーナには呪いなんてなかっただろう、マシーナの申し子は自身が愛した王の死後、その力は衰退した。申し子の力が感情からくるなら、私にはその理由がわかる気がする。愛した者に尽くしたくてその力を使うのであって、その指針が無くなれば力を使う理由がなくなってしまう。何より、いなくなった喪失感は拭えるものではない。その結果衰退するならば、私がシザフェルにいたって意味はないだろう、私が愛するのはカルデラなのだから。
私はアザエルを見る。私が愛するのはカルデラで、忠義を尽くすと決めたのはリテア様だ。私はアムレートに忠義を尽くす。
「お言葉ですが、私はアムレートを離れる気はございません、アザエル様のご期待には添えないかと思います」
私の言葉にアザエルは思案顔になる。私はただ見ていると、母がこちらを見た。
「メリ貴女ったら、アザエル卿はシザフェルの王子なのよ?」
「知ってますよ、三人目の妻のお子さんでしょう?」
「プレスティから聞いたんだね、全くお喋りな弟だ」
弟? プレスティこの人の弟なの? 見た目は似ていると思っていたけど、苗字違うよね。私が分かりやすく驚いて見せたからだろう、アザエルはククッと小さく笑い出す。
「あーなんだ、聞いてなかったのか、あいつなんでか知らないけどシザフェルを飛び出して、あろうことか俺に刃向かおうとしたわけさ」
「だから魔術の毒を?」
「うんそう、でもお陰で君の存在がわかったわけだ、魔具で与えた魔術の解除は困難だ、それを当たり前のようにやってのけたのだろう? あれを解くのは弟には無理だ、なら君しかいないよね、アムレートの女神様か言い得て妙だ」
邪魔な者は殺す人か。
ディウムが申し子を見つけたのはわかっていた、しかしそれが誰かまではわからなかった。誰かわかっていたらその場で接触してきただろう。そうしている内に、弟であるプレスティが自分に刃向かったのでとりあえず始末したかった。それを私が遮ったことにより、計画は崩れたが、城の中に申し子がいることがわかり、城下町の件でそれが私だと理解した。そして元々王に掛け合っていた両親に接触して私を連れてきたと。ディウムも人を物として扱っていたが、アザエルもそうなのだろう。だから殺すのだ、きっと彼からしたら玩具を壊すくらいの感覚で。そんな人に私は協力する気はない。
「やはり力添えはできません、元より私がシザフェルに行っても意味はないと思います、諦めてください」
「意外と強情だね、君なりの条件があるようだ」
私は頷く。条件も何もアムレートから離れるつもりはないのだ。
両親が私を見る、その目は不思議そうだ。私がここまで、アザエルの頼みを断る理由がわからないのだろう。私は深く息を吸い込む。条件言ってやろうじゃない。
「私はメリ・クロムです、アムレート王国魔術師団時期副団長ですよ、このアムレートという国に、何より姫であるリテア様に忠誠を誓った身です、シザフェルなどに行くわけないのです、わかりましたらお引き下さい、私は帰らねばなりません」
はっきりと、その声は響く。両親が目を見開くが知ったことではない。私はカルデラの妻である。国のためを想うのは結構だが、巻き込まないで頂きたい。
「ふふっなるほどね、そう来たか、マシーナの申し子も王に忠誠を誓ったんだったね、君の場合は姫か」
「ちょっとメリなんてことを!」
「母様は黙っていてください、というより、私の人生に口出しできる立場ではないでしょう、私はもうカンボワーズ家ではありません、屋敷の主である姉様にも許可は頂いております」
「なっ、勝手なことを!」
二人だってクロム家がどんな家系が知らないわけではない。母様に至っては救護団団長をしていたのだ、ソフィア様とは多少面識があっただろう。それでも強気に出れるのは、アザエルの影響か。
全体を見る。両親は慌てているが、アザエル、アイゼンは冷静だ。アイゼンに至ってはここまで一言も発していないし、表情も変わっていない。サングラスで表情なんてわからないけれど。
「もう一度申します、私はシザフェルには行きませんので、諦めてください」
「そんなことで諦める俺じゃないよ?」
「いや、諦めてもらおうか」
低い男性の声が混じる。私の周りに黒い粉が舞う、父が驚いた瞬間に、私は引き寄せられた。そして目の前には騎士団の服を着た男性が立つ。
「女性一人に対して随分な人数だな」
「全くだ」
「カルデラ? ミラフ様?」
私を引き寄せたのはカルデラだ、いつの間に後ろに、いやいつ入ってきた? 二人の登場に流石のアザエルも驚いた表情をする。
「どうやって……」
「女神様、大丈夫そうでなによりだよ、無事じゃなかったら俺達がカルデラ様に怒られるとこだったから」
「プレスティまで……」
カルデラの後ろからプレスティそれに、安心したように笑顔を向けるルストの姿もある。私も理解できない組み合わせに、頭が混乱する。
魔術師団と騎士団が動いた? というか、カルデラとミラフが一緒にいるのが更に混乱を招く。
「どうやってこの場所を!」
「簡単な話だ、探知魔法を使わせてもらった」
「無属性の魔術師……ってとこか」
アザエルが納得するように言う。他国である以上、クロム家のことを知らないのは仕方ない。
「カルデラ様が使い時があるとか言うから困ったんだけどさ、確かに俺の魔術には使い時があるみたいだ、どう驚いただろ? 俺でもこれくらいできるもんで」
プレスティはアザエルにおどけて見せる。アザエルの方は表情こそ変わらなかったが、その雰囲気からは不服であると見て取れた。
「はぁ……アムレートは魔術大国だもんね、プレスティは置いておくとして、そっちはどうするかな」
アザエルはカルデラ……ではなく、ミラフを見る。ミラフは黙って抜いた剣をアザエルに向けている。二人の緊張感は異常なまでであり、何かあると悟には充分過ぎた。そして、その緊張を切り裂くように、ミラフがその場でしゃがむ、ルストが駆け寄った。
「ミラフ様! 貴様一体何をした!」
「何って、ちょっとしたお仕置かな」
お仕置? ミラフは隠していた左目に手を置いている。痛いようだが、その視線はちゃんとアザエルに向けられている。
「ちっ、迷惑なもんだな、ルスト問題ない、心配すんな」
「しかし……」
「あれ、これくらいじゃ足りなかった?」
ミラフが小さく呻く。何が行われているのか、その場の全員がわからない。
わかるのは、ミラフに何らかの力が働いていることと、それが左目であることのみである。
「この魔力の感じ、魔具か?」
「魔具? ミラフ様魔具を持ってるの?」
カルデラはじっとミラフを見ている。左目辺りに魔具があると? いやいやいや、それ人体に埋め込んだってことに……。
「魔具って人体に入れられたり……する?」
私はカルデラを見て聞く、しかし代わりに答えたのはプレスティだ。
「危険な技術だし、まだ認可はされてない、でもシザフェルでは、人体に魔具を入れる実験はしている」
そんな実験してるのか。ディウムだってやらなかったぞ。仮にミラフにそれがやられているなら、その魔具を操っているのはアザエルなのか。ならば、ミラフに痛みがあっても理解できる。
このまま見ていていいのか? 彼は苦しんでいる。どういう経緯で魔具を人体に入れているのかわからないが、少なくとも今は私を助けに来てくれたのだ。助けなければならない。
「ミラフ様! 光が!」
金色の光がミラフを包む。数秒後光が消え、ミラフはしばらく目を瞬かせた。
「痛みがない?」
すくっと立ち上がる。私はほっと胸を撫で下ろす。私の魔力は応えてくれたようだ。何が起こったかは知らないけど。
事象、その答えをくれたのは他でもないアザエルであった。
「あははっ、すごいねぇ、これが申し子か、いやでも魔具そのものは申し子が作ったものだ、機能の停止くらいなら造作もないか」
「ミラフ様に魔具を埋め込んだのは貴方が?」
「あぁそうさ、あ、でも恨まないでくれよ、彼を助けたついでさ、むしろ感謝して欲しいくらいだよ」
助けた? わからないが、そこは後で確認すればいいだろう。カルデラもそう考えたのか、後ろを振り返る。
「プレスティ! 長居は無用だ脱出する!」
「はいはーい!」
元気な返事と共に、プレスティは全員の前に出ると、私達の方を見る。
「俺の魔法は持続しないからね? 早めにお願いするよ」
「待て!」
「待つのはあんただぜ!」
父がプレスティを止めようとしたが、ミラフに剣先を向けられ止まる。
プレスティから白い粉が舞い、私達を包む。そしてカルデラは私をお姫様抱っこすると、足早に屋敷を出る。その後から入ってきた他三人が来る。そして、城下町まで何も無く出てくる。城下町に着いた途端プレスティが座り込んだ。
「ごめん、疲れた」
「大丈夫?」
カルデラに下ろされ、私はプレスティに目線を合わせた。顔が青いのだが。
「あー女神様気にしないで、俺の魔法燃費悪いんだよねぇ、むしろ城下町まで持ったのは運が良い方さ、代わりにだるいけど」
よくわからないが、頑張ってくれたようだ。私は彼に少し触れる。すると、プレスティが驚いたような顔をした。
「え、女神様何かやった?」
「疲れ取れた?」
「えー、なんかわかんないけどすごー、本当になんでもできちゃうのか」
まだ少しだるそうではあるが、歩けそうだ。どうも私の魔力は、味方に対する作用は軽くやってくれるようだ。少し念じたら疲れを多少緩和してくれたらしい。
プレスティも問題ないので、そのまま城へ戻る。マギア王に報告……の前に色々確認すべく、私達はまずリテア様に連絡して、禁止区域にある一室の一つを借りることにした。




