第八話 【消えた気配】
久しぶりのカルデラ目線です
魔術師団待機所、その団長室にて。自分と父は向かい合っている。メリを一人騎士団待機所に向かわせるのは不安だが、冷鉄王子こと、アザエルも放置できないのだ。
「ということでね、シザフェルにしばらく行こうと思うんだ、だからその間、魔術師団は二人に任せたよ」
「それは理解しましたが、アザエルは話して分かる奴ではありませんよ」
ましてや極度の緊張状態である。そんな時に魔術師団の団長、副団長が行けば、即戦闘になりかねない。
「シザフェルが何を考えてるかはわからないよ、ただ少なくとも、アザエルの件は個人行動だと思うから、メリちゃんに関わるなって圧力かけるくらいは、許してもらえるんじゃないかな?」
「そうですかね……」
君の父を信用してよ! と胸を張って言われる。信用してないわけではないし、シザフェル如きに負ける父でもない。問題はシザフェルに対話の意思があるのかである。
まぁ、母も一緒に行くわけだし、問題ないか。対話の意思が無かろうと無理矢理話をつけるのだろう。
「わかりました、ならば魔術道具研究所に寄ってください、ヴァニイには連絡しておきますから」
「すまないね、ありがとう」
念には念をだ、シザフェルとの国境沿いにある研究所の協力があれば少なくとも逃げ道はある。
その場でヴァニイに魔力通信を使い連絡を取る。ヴァニイは快く承諾してくれた。申し子のことなら、協力は惜しまないだろう。
なるべく早く済ませたいということで、城の前に馬車を停車させる。その馬車に両親が乗り込む。
「じゃ行ってくるよ」
「カルデラ、魔術師団はよろしくね」
「はい、お気をつけて」
馬車を見送る、時計を確認すると、三時間程経過していた。そろそろメリが戻ってくる時間か。そう思い城を見上げると違和感に気付く。城内部にメリの気配がない。
メリは申し子だ、その強い魔力は、ある程度の距離があっても何処にいるか判断できるほどである。城内部であればどこにいてもわかる。それが感じられないということは、城の外に出たということになる。メリが何も伝えずに外に出るわけはないが。
「どういうことだ?」
とにかく最後にいた場所は騎士団待機所のはずだ。父が馬車に乗るまではその辺りで魔力を感じていた。最後に感じた正確な場所はわからないが、とにかくそこにヒントがある。
足早に騎士団待機所に行くと、そこには懐かしい顔があった。こちらに気付くと首を傾げる。
「カルデラ? どうしたんだ、焦ったように」
「ミラフか! メリは来なかったか!」
ミラフは、来たけど、帰ったぜと告げる。つまり、騎士団待機所からは出ている。なら、真っ直ぐ魔術師団待機所に帰っているはずだ。道中誰かに捕まるとしても、リテアくらいだろう。城から出る者ではない。
「……メリさん、帰ってこないのか?」
「あぁ、城内部に気配がない、メリの魔力は強いんだ、どこにいたってわかる」
魔術師ではないミラフに言っても理解できないだろうが、今は言葉を選んでいる余裕もない。ミラフは指を指しながら、メリがどこに行ったか確認を始めるが、首を横に振る。
「騎士団待機所から出てからはわからんな……」
「女神様がどうかしたんですか?」
背後から女性の声がして、二人でそちらを見る。
その女性は、丁度騎士団待機所に入ってきたようで、出入口から来た。騎士団の制服を着ているので、騎士団所属の女性だろう。
「ルスト? 女神様ってメリさんのことか?」
「ミラフ様私の名前を知っていて! ってそうじゃない、はい、女神様とは先程まで話していましたから」
「何処でだ!」
話していた? つまりメリが最後にいた場所を知っているのか。ルストと呼ばれた女性は、自分が叫んだことにより何かあったと察したのだろう、踵を返すと、こちらですと案内してくれるようで、促される。自分はついて行くことにした。
ルストが案内してくれたのは、何の変哲もない中庭である。彼女の話では、騎士団に挨拶に来たから誰かと思って見ていたら、メリの方から話しかけられそのまま話し込んでしまったらしい。
「女神様とても良い方でした、このベンチでしばらく、話し込んでいたんです、数分前に別れましたよ」
帰りに誰かと話し込むとはメリらしいが、数分前まで中庭にいたのなら、外に出ることはまず無いだろう、不可能ではないが、自分と鉢合わせるはずだ。城の出入口は一つしかない。裏口もあるにはあるが、結界が張ってある。許可のないものは使えない。城の外は高い塀になっており、出入口以外からは風魔法を使えばなんとか入れるくらいだ、メリがそこまでして出ることはないだろう。そこまでするなら、余程危機的状況だったということになる。魔力が応えたということだからだ。
中庭をぐるりと見渡す。この中庭は出入口付近ではある。メリなら使えるが裏口には遠い、数分で移動できるものではない。
「となると、転移魔法ってことになるな」
転移魔法なら、数分もかからず移動が可能である。しかし、メリに転移魔法が使えるのか。発動したとすれば、それこそ危機的状況だったのではないか。しかし、ここはアムレート城だぞ、そんなこと起こるのか。
「おいカルデラ、とりあえず落ち着け」
「ミラフ?」
「俺には魔術はわからねぇけど、魔術ってのは焦ってると使えないもんなんだろ? お前は母親に似て周りが見えなくなるからな、まずは深呼吸だほれ」
ミラフに言われ、軽く深呼吸をする。少し落ち着き、魔力の気配を辿る。仮に転移魔法が使われたなら、気配が残るはずだ。
しばらく魔力を辿る。こういう時にマーベスがいると早いのだが、ここは仕方ない。
「あった」
魔力の気配があるとこに立つ。そこはベンチからそこまで離れた場所ではなかった。それにこの魔力の気配は。
「転移魔具か」
「転移魔具? つーことはメリさんどっかに連れ去られたのか?」
「なっ、女神様がですか!」
ミラフとルストは、中庭で誰か見なかったと話を開始する。しかし、ルストは首を横に振った。彼女にバレないよう、メリが一人になった時を狙って接触したのだろう、用意周到なものだ。
魔力の気配から、転移先を調べるため、探知魔法を発動する。しかし、自分の無力さに頭を抱えた。やはり絞りこめない、ある程度の範囲しか特定できない。
「やっぱ苦手なのか?」
ミラフは伺うように聞いてくる。自分が探知魔法や転移魔法が苦手なのは知っているからだ。昔ミラフを転移させて大惨事になるところだったこともある。それを理解しての言葉だろう。
「あぁ、何回やっても直らん」
「そこは仕方ねぇな、いくら天才でも得手不得手はあるもんだ、しかしある程度の場所はわかるんだろ?」
自分は頷く、ミラフはルストを見る。ルストは敬礼した。
「騎士団も手伝う、魔術師団も動けば、メリさん見つかるんじゃないか?」
「いいのか?」
「大切な人なんだろ? あの子はすげぇよ、俺に対してお前と仲良くすれって言ったんだ」
仲良く? メリがミラフに頼んだのか、わざわざ自分のために。
「謝罪したらさ、申し訳ないと思うなら、カルデラと仲良くしろってさ、お前の友人が少ないとも言ってたな、あの子は失くしちゃならんぜ、これは俺の直感だけどな、この国とっても必要な気がする、女神様の肩書きもあながち間違いじゃなさそうだ」
魔術師でなくとも、申し子というのは肌で、直感で感じるものなのだろう。全くメリには助けられるものである。
改めて探知魔法を使う。場所はアムレート国内だ、城からも遠くはない。ただここは……。
「退廃地区だな」
「は? なんでそんな場所に転移してんだ?」
アムレートは貧困の差はそこまでない、義務教育があるくらいだ、それなりに平等に発展している。しかしそれは、魔術師から見たこの国だ。一般人からすれば、まだまだ貧困の差はある。フレグランス家のように、一般人でも、地位があればいいが、義務教育すら受けられないことも多い。そんな彼らが集まるのが退廃地区である。かろうじて家等はあるが、いつ崩壊してもおかしくない状態であるのも確かだ。対策を練らねばならないと話し合いがされていたはずである。長い間放置しているので、まだ先だろうが。
「わからんが、退廃地区は大抵一般人だ、見つけやすいかもしれん」
魔力の気配がわかりやすいのは救いか。
ミラフと向かい合う、互いに頷き、ミラフは騎士団、自分は魔術師団待機所へ向かう。着くと、丁度プレスティを見つけた。
「プレスティ!」
「カルデラ様? なんか焦ってますけど大丈夫です?」
呼ばれた彼は自分の前に来る。息を整え、落ち着いてから話し始める。
「メリがいなくなった、転移魔具だ、ある程度の場所は調べてあるから協力してほしい」
「女神様が! 一大事じゃないですか! 女神様に何かあったらアムレートはどうなるんです……?」
プレスティはメリが申し子であることを知っている、そして申し子とは何かも。
「申し子を雑に扱ったマシーナでは呪いがあるな」
わかりやすく青ざめた彼は、慌てつつ、ガシッと自分の肩を掴む。
「場所はどこですか」
「退廃地区だ」
「また面倒な、大勢で行くのは危険ですね」
プレスティの発言はご最もだ。退廃地区の住人は王を信用していない。その直属である、魔術師団が入れば、まず警戒は免れないだろう。ミラフもそれを理解しているから、大勢は動かさないはずだ。
「わかりました、この魔術師団の奇術師プレスティ、一肌脱ぎましょう!」
「しかし、お前の魔法は持続性に欠けるだろ」
プレスティの魔法は光魔術。中でも幻影を得意とする。術者及び術をかけた者を一時的に見えにくくすることが可能だ。他にも色々できるが、今回はそれを言っているはずである。
見えなければ入り込みやすいのは事実だが、幻影の魔法は、大多数の目をくらませる関係上、移動式結界とは比べ物にならない程の魔力を消費する。故に持続性はない。
「そんなこと言ってる場合ですか!」
「お前の魔法は頼りにしてる、だからこそだ、使い時を考えろ」
誰か一人を連れていくとなれば、自分は迷わずプレスティを選ぶ。メリに信用されているのもあるが、彼の魔法は敵に近づくには打って付けだ。
「……焦っているようで冷静ですねカルデラ様」
「焦っていては使える魔法も使えない、これは嫌という程言われてきたんでな」
ここまで自分が冷静になれたのは、ミラフのお陰でもあるが。昔から何かと機転が利くやつだ、軽そうに見えて、しっかりと事件とその対処法を割り出してくる。カリナさえ関わらなければ頼りになる男なのである。
「わかりました、お供致しましょう、女神様には働いてもらはねばなりませんからね、唯一カルデラ様を制御できる方ですから」
「感謝する、行くぞ」
プレスティと城の外に出る。そこには、ミラフとルストが待っていた。




