第五話 【冷鉄王子】
アムレート城下町。様々な店が立ち並び、基本なんでも揃うこの場所にて、私はメモを見つつ、目的の店に入っては、必要なものを買う。魔術師団に入ってから一ヶ月と少し、挨拶回りで忙しかったが、残すはエルミニル家が管理する騎士団のみとなり、とりあえず買い出しに来ていた。部屋のカスタマイズはまた今度考えるにしても、部屋にないと不便なものが存外多く、小物品を揃えるためだ。
「はい、大丈夫そうです、荷物持っていただいてありがとうございます、プレスティ様」
「いえいえー、女神様を一人外に出す方が怖んで、なんかあってカルデラ様から怒られるの俺達だから」
カルデラは仕事があるので、魔術師団待機所に置いてきた。それでも挨拶回りでは付きっきりだったので、そろそろ仕事をしてもらわなければならない。
結果、魔術師団でたまたま会ったプレスティが付いてきてくれた。
「それに、綺麗な女性と街にこれるとか、役得さ! いやー提案してみるもんで、女神様が優しくて良かったー」
「またカルデラに叩かれますよ」
えーっと口を尖らせる。学習しないというかもうこれは彼の性格なんだろうな。悪い人ではないし、この軽さは嫌いではないが、いつかカルデラを怒らせそうで怖い。
「あ、そうだ女神様、ずっと気になってたのだけど、俺に対して敬語じゃなくていいよ、女神様の方が立場が上なわけだし」
「あらそう? じゃあ気楽にさせてもらうわ」
「対応早っ! 流石カルデラ様の奥様、精神力が違う」
褒めてるのか貶してるのかわからないが、とりあえず気楽にしていいならそうしよう。
結構な荷物を彼に持たせてしまっているので、帰るかと踵を返した時、街中がピリッとしていることに気付く。あれ、去年までは和やかだったのに。
「あー、シザフェルといつ全面戦争になるかわからないから、ピリピリしてるんす、魔術師の奴らなんて自分達がいつ戦争に駆り出されるかって、警戒してるらしくて、馬鹿だなー、実際戦争に行くのは俺達なのに」
軽く言ってのけたが、戦争は国を巻き込むものである。勝ち負けのある単純なゲームではない。負ければ国の損害は多く、それは国民の被害でもある。勝ったとしても無傷ではない。戦争なんてやらないに越したことはないのだ。
「女神様も気をつけてくれよ? いつ魔術師の暴動に巻き込まれてもおかしくないんで」
「暴動? そんなことが起きてるの?」
「えぇ、戦争反対の馬鹿どもが、王に対しての反抗と称して度々街で暴れてるってんで、魔術師団が駆り出されることもしばし、全く迷惑な話さ」
それで犠牲になるのが国民ならば、それはただ王が心を痛めるだけだ。なんの解決にもなっていない。
そもそも暴動なんかやったら、その魔術師は即地下入りだろうに、人生を棒に振るくらいなら、その力を国のため、大切な人のために使ってほしいものだ。
「きゃー!」
「きゃー?」
顔を顰めていると、叫び声がする、プレスティを見る、彼は頷く。私達は声のした方に走り出す。声がした場所は、街の中央広場。一人の女性が子供達を背にして男性に立ち塞がっている。
「子供達に手を出させないわ!」
「別に殺そうってもんじゃない、子供達に今この国の現実を教えてやるってんだ」
「先生、怖いよ……」
男性が魔術師であることはすぐにわかる。女性や子供達は一般人だ。
考える前に体が動く。私は、女性と男性の間に入った。
「魔術師が一般人を傷つけるのは違法ですよ」
「誰だあんた」
男性は私をまじまじと見る。そして魔術師だなと一言。私は頷きも何もせず、男性を見る。
「魔術師には用がないね」
「見過ごす訳にもいきません」
街に行くのだからと今日は私服で来ているので、男性は私が魔術師団とは気付いていない。そのため、ただの正義バカとでも思っているのだろう。露骨に嫌な顔をした。
「けっ、お堅いねぇ、他人様の事情に首を突っ込みなさるか」
「貴方が何もしないのであれば引きますが、そうではないでしょう?」
子供達が怯えた目でこちらを見る。女性は大丈夫だからねと子供達を励ましている。
一般人は魔術師には勝てない、だから何かあった時は従うしかない。それでも子供達を守るため立ち向かった女性は強い人だ。私は子供達、そして女性に笑顔を向ける。そして、もう一度男性を見た。
「もう一度言います、引いてくださるならば私は何も致しません」
「あんたには関係ねぇって言ってんだろ!」
男性の周りに、濃い緑色の光が舞う。植物系の魔術師か。私は一旦目を閉じ、目を開く。魔術師を盾にして一般人を傷つけるのを許す訳にはいかない、魔術師団は国民を、この国を守るために存在しているのだ。
「逃げないのを後悔させてやる!」
魔法は術となり、形を作る。それは蔦で、私に向かって伸びてくる。私は男性に向けて手を出すと、金色の光が蔦を包み、術を解除する。そのまま、魔力を男性に向ける。
「な、なんだこれは!」
「しばらく寝ていてください」
光は男性を包み、数秒後、男性はその場で気絶していた。私は女性を見る。
「もう大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます」
女性は何度も頭を下げる。子供達は安堵の表情をした。ふぅ、なんとかできた。
ずっと見ていたらしいプレスティが、青ざめてこちらに来る。
「め、女神様、今のは……?」
「私の魔法」
肩を竦めて言うと、更に青ざめてしまった。ご、ごめんねプレスティ。
「女神様、お強いっすね……」
倒れた男性を見てしみじみと言う。これが常時発動できたら本当に強いんだけどな。
「女神様……はっ、貴女様はもしやアムレート新聞に載ってらした」
「へ?」
「魔術師団から女神様と呼ばれている、時期副団長様!」
女性が叫ぶと、周りの人達が、なんだなんだと集まってくる。そういえばローザ写真載せてたな。
「おぉ、これが女神様か」
「子供達を助けたぞ」
「その強さ、名前に違わぬ」
あれ、これ前にも経験したぞ、つい最近もこんなことがあったぞ。
「間違いなくアムレートの女神様だ!」
「女神様万歳!」
「子供達を救ってくれてありがとう!」
「あ、あの女神じゃないです」
訂正しても無駄だろうが、一応訂正しておく。だからね、私は人間なのよ。
しばらく、城下町は賑やかになった。私が魔法を使ったところを見ていた者は多く、一瞬で子供達を助けてしまったため、新聞に載っていたのは事実だ! と大騒ぎである。だから、大袈裟なのよ。
「お姉ちゃんありがとう」
「どう致しまして、無事でよかったわ」
子供達にも感謝され、女性は泣きながら何度も礼を言い、子供達を連れて行った。彼女は近くで保育室をやっているらしい。近所の子供達を一人で預かっているそうだ。
騒ぎも一通り収まり、私はため息を吐く。やれやれ、女神扱いは懲り懲りだ。
「さてと、王様? いや、カルデラかな、とりあえず報告……」
「へぇー、本当にいるものなんだ」
急に後ろから声がして私は飛び退く。喋ったのは一人の男性。黒い髪に瑠璃色の瞳。一瞬プレスティかと思ったが、髪が短いので違う。それにこの重たい雰囲気、ディウムに少し似ている、プレスティはもっと軽い。
「あ、あの?」
「今の戦闘見させてもらったよ、戦闘と呼べるものでもないか、君の一方的だったね」
静かに微笑む。彼の背後には従者と思わしきガタイの良い男性がいるが、彼は何も話さない。従者の方は褐色の肌に、サングラスという、少々怖い見た目をしている。
「正直ただの伝承だと思ってたけど、強制的に術を解除して気絶までさせた、そしてその魔力量、間違いない、神の申し子が実在するとはね」
「っ……!」
私は身構える。この男、申し子のことを知っている。何者か、それを考える前にプレスティが私の前に立つ。
「何用ですか、アザエル卿」
ん、この二人知り合いなのか。でも魔術師団では見たことないな。
「死に損ないが邪魔しないでよ、よく解除できたものさ」
「解除……」
私はプレスティを見る。アザエルと呼ばれた男は見たところ魔術師だ、もしかして魔術の毒は魔具の効果ではなく彼が? だとしたら、彼はアムレートの住人ではない。シザフェルの住人だ。
二人は睨み合う。私は見守るしかなく、黙っている。変なことを喋るわけにはいかないのだ。
「ま、処罰の機会なんていつでもある、申し子よ、自己紹介をしておこう、俺はアザエル・メイデン、近いうちにまた会おうね、帰るよアイゼン」
「御意」
アイゼンと呼ばれた従者はこちらを見ることも無く、人混みに入る。私は息を吐いた。
申し子を知る人はいるとは思っていたが、まさかこんなとこで会うとは、しかも近いうちに会おうって嫌な予感しかしない。私、また捕まえにこられたりしないかしら。
「……何故彼の者が」
「プレスティ、さっきの人アザエルとか言ってたけど、何者?」
「アザエル・メイデン、シザフェルの、冷鉄王子と呼ばれてる人さ」
冷鉄? 冷徹ではなくか。言葉の意味からはどんな人が読み解けないな。
「とりあえず、カルデラ様に報告しよう、女神様の力については言及しないから、安心してよ」
「へ?」
「アザエル卿が言ったことは聞かなかったことにするってことさ、まぁ、俺意味わからんかったけど!」
笑顔で言われた。あぁそう。意味わからないならそれでいいわ。
先程の暴動を起こした男は魔術師団員に任せ、私とプレスティはカルデラの所へ行くと、アザエルについて報告する。申し子とは言わなかったが、私のことを知っているみたいと言うと顔を顰めた。
「シザフェルの冷鉄王子ですか……」
「カルデラ、その人どんな人なの? 会った感じディウムに似てたけど」
「ディウムの方がよっぽど優しいですよ」
えっ、それはどういう意味ですか。ディウムから優しさなんて感じませんでしたけど。
「女神様、冷鉄王子の異名はね、鉄の国の冷たい王子って意味なんだよ、ま、冷たいじゃ済まないけど」
冷たい王子……静かな印象は受けたが。流石にあのくらいの会話では何も分からないか、一方的に言ってきたようなものだし。
「アザエルはですね、邪魔と判断した者は殺します、故にシザフェルでは、処刑王などとも呼ばれてますね」
「それはまた随分な……」
味方に大変畏怖されている方で。プレスティの説明では、シザフェルの王族は一夫多妻制で、アザエルは王の三人目の妻の子らしい。王位継承権は低い方で、そのため好き勝手やっているようだ。しかも、アムレートやマシーナのように、規律がしっかりした国でもなく、魔術師が一般人を傷付けたって地下に入ったりはしないらしい、やりたい放題できる環境だということである。
シザフェルは鉄の国で炭鉱の国とは聞いていたが、戦いにおいても容赦がないようだ。容赦があったら戦争などしていないか。
「私、変なのに目をつけられた?」
「変どころではないですよ、メリ、貴女確実に狙われてますからね、ディウムみたいに上手くいく保証はありません、相手はシザフェルです、家系ではなく、国ですからね」
国……ですか。ディウムは既に王位継承権はなかった。王から降りた家系だ。だから個人でのやり取りであった。しかし、アザエルはシザフェルの王子だ。そう考えれば国単位なのだろう。
「しっかし女神様も大変だなー、いきなり国を左右するようなことになって」
「それに関しては今更よ」
「今更?」
「あっ」
私はカルデラを見る。カルデラはため息を吐く。そうよ、プレスティは私が申し子だって知らない。いや、申し子とは何かを知らない。
「メリ、随分と仲良くなりましたね」
「あはは、一応荷物もってくれたからね」
「仕方ない、プレスティ、今から話すことは他言無用です、これ破ったらマギア王から処罰来ますので心して聞いてください」
「え、王からですか! ちょっと脅しが脅しのレベル越してるんですけど!」
そりゃ脅しじゃなくて事実だからね。
カルデラは、私が申し子であることと、申し子とは何かを説明する。プレスティは青ざめる。
「女神様、まじで女神様じゃないですか……え、俺、敬語使った方がいいですか!」
「いいわよ別に、普通にして、申し子って言っても特別なにかできるわけじゃないから」
「いやいやいや! それこそ国を左右する存在ですよ! 発展の象徴ですよ! まぁ、女神様がいいなら、普通にするけど」
プレスティの対応力も中々である。カルデラは再度他言無用であることに釘を刺す。プレスティはコクコクと頷いた。
これで会話は終了したのだが、私は聞き忘れていた。それは、プレスティとアザエルが知り合いであるということである。この聞き忘れを後悔するのは、後の話である。
プレスティ正式な仲間入りです。
そして、アザエル、アイゼンのご登場。この二人がプロローグの二人ですね。
今まではマシーナだけでしたが、今章から、様々な国が関わってくることになります、段々複雑化しますが、どうぞお付き合いくださいませ。




