第七話【国の宝】
可愛い部屋、手入れが行き届き、赤い薔薇が咲き誇る庭。私のためにあつらわれた、様々な高級品。欲しい物は全て手に入る存在、それが私、国の宝である、リテア・アムレート。そんな私がいま欲しいのは、一人の男性。
彼と出会ったのは私が十歳の誕生日パーティ。その輝く金色の髪に深海のような暗く青い瞳、私は自分が主役であることも忘れ魅入ってしまった。
「リテア嬢、お初にお目にかかります、私はクロム家の長男、カルデラ・クロムと申します」
綺麗に洗礼されたお辞儀、私は確信した。私の夫になるのは彼だと。しかし齢十歳の子供にはまだ将来の伴侶を決めることはできない。幸い王である父は私に甘く、政略結婚は嫌だと言ったら婚約者を決めることはしなかった。着々とカルデラ様を夫とする準備を進め、二十歳となる今年、父に頼みカルデラ様に婚約の打診をしたのだが、その結果は断るというもの。何かの間違いではないかと父に言ったが、父は首を横に振るばかり。
カルデラ様が婚約を断った……なぜ、なぜ国の宝である、姫である私の婚約を断るのか。
「もしかして、私とは釣り合わないと思ってるのかしら」
クロム家は王族である。そのため釣り合わないなんてことはないが、それは上の立場である私だから言えること。カルデラ様はただただ遠慮しているだけではないのだろうか。きっとそうだ、そうに違いない。もうすぐ、私の二十歳を祝うパーティが開かれる、そこで私からちゃんと婚姻の申し入れをしよう。私から言えば遠慮なんて必要ないと気づくだろう。
そうして、運命の誕生日パーティの日。父の挨拶が終わるとすぐに、様々な家柄の方が挨拶に来られる。煩わしく考えつつ、簡単な挨拶で済ませる。もう、私はカルデラ様のところへ行きたいのに。チラチラとカルデラ様を見ると、彼は家族と話しているようだ。あぁ、なんて家族想いな人なのでしょう。横に見たことない女性がいたが、そんな事は気にしない。どうせどっかのご令嬢が、カルデラ様に近付くためにいるだけね、私の方を凝視しちゃって、ちょっと見目はいいけど、生意気。格の違いを見せてあげるんだから。
私は挨拶を済ませると、真っ直ぐカルデラ様の元へ向かう。名前を呼ぶと、その端正な顔をこちらに向けた、あぁ、なんて綺麗なお顔なのでしょう。その冷たさを含む目もとっても素敵。
「ご無沙汰しております、リテア嬢」
「いえいえ、カルデラ様もお忙しいでしょう? わたくしは構いませんわ」
貴方に会えただけで充分、そう言おうとした時、カルデラ様が隣をチラリと見る。そこにはなぜかずっといる、ご令嬢の姿。どこのご令嬢か私は知らないけど、私が話してる時くらい離れなさいよね。
「あぁ、そうだ、リテア嬢にはお伝えしなければならない事がありました」
「あら、なんでしょう?」
もしかして、私との婚約を断ったことを、悔やんでいるとか? そんな期待を視線に込めたが、その期待は次の一言で打ち砕かれる。
「この度私は婚約をしましてね、メリさん」
「め、メリ・カンボワーズです、リテア様」
先程から隣にいた令嬢が、完璧に綺麗なお辞儀をする。は……カルデラ様が婚約? この小娘と? 改めてメリと名乗った女を見る。
エメラルドグリーンの髪は、だいぶ長く、もう少し伸ばせば床につきそうだ。先の方は軽くウェーブしており清楚な印象を受ける。少し怯えたような瞳は漆黒、着ているドレスは髪に合わせエメラルドグリーンでまとめており、レースは少なめ。見た目を見ると私より下のような気がするけど、婚約してるんだから、歳は近いだろう。私と同じ二十かな。そうは見えないけど。
「ま、まぁ、そうでしたの、わたくしの婚約を断ったのは彼女がいらっしゃったから?」
「はい、そうですね」
珍しく笑顔を浮かべて言われ、正直カチンとくる。こんな女のどこがいいのよ、絶対私の方が上じゃない。私が睨むと、メリは苦笑いを返してきた。ほんと生意気。
その後カルデラ様と話そうとしたら、魔術使用人の一人が何か焦りと怯えを含めて私を呼び出す。何よもう話途中なのに。カルデラ様にそれではと挨拶をし、使用人の後を追う。
「ちょっと、何よいきなり!」
「リテア様、悪い事は言いません、あの女性からは離れてください」
「女性?」
「カルデラ卿の隣にいらっしゃったご令嬢です」
なに、あいつに私は邪魔されたわけ? あぁ、ムカつく! なんであいつが邪魔してくんのよ。
「メリ・カンボワーズとか言ってたわね」
「カンボワーズ家は炎使いの魔術師の名家ですね、しかし、あのご令嬢の魔力、只者ではありませんよ」
「只者じゃないって?」
使用人はまだ、怯えた目をしている。なんなのよもう。
「リテア様には感じないかもしれませんが、既に会場内では危険人物の扱いでございます、あのご令嬢、類を見ない魔力の強さです、彼女が本気を出せばこの城など木っ端微塵となりましょう」
「は……?」
城が木っ端微塵ですって? たった一人の魔術師の力で? そんなわけないでしょと言いたいけれど、使用人の怯えた目が、それが嘘ではないと言っている。
「調べてみる必要がありそうね」
カンボワーズ家に聞けばすぐにわかるだろう。私はパーティが終わりすぐに、アポを取る事にした。
城のエントランスに出る。カルデラは各方面の権力者に捕まっており、政治の話となると私はどうしようもないので、こうして外で涼むことにした。とりあえずリテア様との接触には成功したし、今日はお役御免だろう。きっと私のこと調べられるんだろうなーと考えると憂鬱でならないが、避けられないことだ。
「綺麗なご令嬢、お酒を一緒にどうですか?」
外を眺めていると、グラスを出される。中にはシャンパンが入っているようだ。酒など飲んだことはないので、断りたいところだが、断ったら面倒そうなので、礼を言い、グラスを受け取る。そして渡してきた男性に目を向けると、私の行動は停止した。
「やぁ、久しぶりだね、メリ、随分と綺麗になったじゃないか」
首筋までの癖のある明るい赤毛に、血のような赤黒い瞳。ここ十年、その声も、姿も忘れたことはなく、何度も夢に見た人。
「クレイ様……」
それは紛れもなく、私の元婚約者である、クレイ・チャール。彼もこのパーティに来ていたのか。いや、チャール家は雷の魔術師の名家だ。カンボワーズ家と違い、政治にも手を出している。招待されていてもおかしくはない。
「君が外に出ているなんて驚いたよ、魔力、コントロールできたんだ?」
「貴方には関係ないです」
あまり関わりたくない。そりゃ一度は愛した人だ。閉じこもっている間は何度会いたいと思ったものか。しかし、今はクロム家にいる。明るいマーベスは勿論、実験動物扱いではあるがカルデラも優しくしてくれるし、使用人達は私以上にドレスに力を入れてくれたり、良くしてもらっている。
正直今更なのだ。私が一番苦しい時に離れた人なのである。そしてその苦しみから助け出してくれたのは、紛れもなくカルデラで、諦めていた外を、世界を見せてくれたのは彼に他ならない。
「冷たくしないでくれよ、婚約者だろ?」
「それは、貴方から破棄なさいました」
「そうだけど、それは君が魔力をコントロールする気がなかったからさ、今は違うんだろ? はっきりわかるくらいの強い魔力だ、それは俺にふさわしい」
手を握られ、私は驚いて振り払う。
「やめてください、先程も言いましたが、貴方との婚約は既に破棄されております、お引き取りください」
私が断固として拒絶したからだろう。クレイは少し訝しげな顔をする。そして手を引っ込めると私をじっと見た。
「君が魔力をコントロールするきっかけをくれたのは、カルデラかい?」
「えぇ、そうです」
「……あの男からは離れるんだ、良い噂は聞かないよ、公では良い顔をしているけどね、裏では人体実験だってしている、魔法のためならなんでもやるんだ、メリに近付いたのだってその魔力の高さからだろ、君は騙されてるんだよ」
恐らく、クレイは私を脅そうとしているのだろう。カルデラは怖いやつだから、近付くなと。ただ、私にそんなもの効果はない。だって、彼が私の魔力にしか興味がないなんてわかりきっているからだ。魔法のためならなんでもやるのも、人体実験をしていると言われても驚かない、むしろだろうなって感じである。
カルデラが魔法のためならば、手段を選ばないのなんて、当たり前である。そういう男だもの。だから私は信用することにした、彼なら本当に私の魔力をコントロールする方法を見つけてくれる気がしたから。
「メリ?」
「お言葉ですが、カルデラが手段を選ばないなんて、今更な話です」
「だったら、なんで!」
再度、クレイが私を掴もうとし、それを避けようとした私は背後に倒れ込む。背中に走るであろう痛みに備えぎゅっと目を瞑ったが、痛みの代わりに何かに支えられるような感覚が体を包む。
「大丈夫ですか? メリさん」
「カルデラ!」
カルデラは、私に対していつも通りの笑顔を向けると、クレイを冷ややかに見やる。
「私の婚約者に何用でしょうか」
「婚約者……? メリ、そいつと婚約しているのかい?」
王族に対してそいつとは無礼な。そう思いつつ、私は文句も何もかもを飲み込み、頷く。飲み込んだというより、言葉が喉から出てこなかった。それを見たクレイは、私をしばらく見つめ、納得したようだ。
「なるほどね、失礼致しました」
クレイは一礼すると、カルデラの隣りを通り過ぎて行く。カルデラは睨むだけで、二人の間には会話はなかった。
クレイがいなくなり、私はへたり込む。今日一緊張したかもしれない。
「大丈夫ですかメリさん、すみません、私が目を離したばかりに」
「いや大丈夫、カルデラのせいじゃないから」
無理矢理笑顔を作る。今は彼を安心させなければ。
「本来は炎魔法でも使って燃やそうかと思ったんですが」
「踏みとどまってくれてありがとう、こんな人がたくさんいる場所で人を傷つけるのはダメよ」
カルデラが危険人物扱いされたら大変だ。しかしそんな私の思いとは裏腹に、やはり燃やしましょうかと真顔で言われる。やめろって言ってるだろ。
「大丈夫よ、会うとは思わない人と会ったから緊張しただけ」
「あの男、クレイ・チャールですね、確か最近婚約したはずですが」
「あらそうなの?」
先程の様子を見るに、婚約すらしていないと思っていたのだが、婚約者がいるなら、私に話かけていいはずがない。ましてや復縁を迫るなんて以ての外だ。
とりあえず、あまり表沙汰にはしたくない、私は立ち上がると、カルデラを見て、中に戻りましょと声をかける。カルデラは何か言いたそうだったが、諦め、そうですねと笑った。