五章後日談二話 【読めない書類】
暖かい昼下がり。私はマーベス、それからクリアと共に紅茶を飲んでいた。忙しくて聞けなかった、魔法道具研究所の様子を聞くためだ。
「そう、とりあえず大丈夫そうなのね?」
「うん、研究所の人達は歓迎してくれたよ、無属性の魔術師なら大歓迎だって」
「私もマーベス様の補佐をするにあたり、歓迎して頂きました」
「クリアは、貴重な女性だから歓迎されてた感じだろー」
不貞腐れるマーベスに、クリアはふふと笑う。マーベスはカルデラ程甘さはなさそうだが、流石は兄弟、クリアがチヤホヤされるのは好かないようだ。まだ、行動に移さないだけいいかな。
「そういえば」
「クリア、どうしたの?」
「カルデラ様が仰っていた部屋ですけど、使う許可は出ました、魔力吸収装置も移動できるようです、カルデラ様の協力は必須ですが」
「良かったわね」
あの装置、移動可能なのか。まぁでも製作者が生きているから大丈夫なのかも。装置の扱いなら誰よりも知っているはずだから。
クリアもマーベスも頷きつつ、顔を見合わせる。何か問題があったのかしら。
「兄さんが言っていた、読めない書類があるだろ?」
「あー、どうせ読めないから破棄していいって言ってたやつね」
「うんそう、本当に全く読めなくてね、でも兄さんの部屋にあったわけだから重要なものかもしれないだろ? とりあえず苦笑いだったヴァニイさんに渡したんだけど」
「中身、気になりますよね」
確かに、カルデラが使っていた部屋ならば、カルデラが書いたものなのだろう。カルデラは基本的に字が綺麗だから読めないということはない、つまりわざと読めなくしているのだ。
「何が書いてあったのかしらね」
「中身はそんなに重要なものではありませんよ、恐らく必要なもののリストです」
「カルデラ」
屋敷からカルデラが出てくる。その手にはティーセットと、茶菓子があった。
カルデラは、自分用に紅茶を淹れると、茶菓子を中央に置き、私の隣に座る。
「あの部屋にある書類はですね、ディウムが作ったものです」
「ディウムさんが?」
「えぇ、あいつ字が苦手でしてね、暗号なんですよ、私しか読み解けないので、清書してたんです」
カルデラしか読めないってどんな字だ、というか、それを読めるカルデラの頭の中はどうなってるんだ。
「もしかして、ソフィア様が前に手紙を解読できたのかって聞いてたのは……」
「ディウムからだからですね、父は早々に解読諦めたので」
前にカルデラに手紙が来たことがある。しかし詳細どころか、誰から来たのかさえ、カルデラは言わせなかった。そこからディウムからだろうとは推測していたのだが、まさか暗号が来ていたとは。むしろ才能ではなかろうか。
「ヴァニイ様でも読めなかったみたいです」
「読めませんね、私が読めて驚いてたくらいです」
それ、研究所のリーダーとしてどうなの。つまり、何か手紙を出す時はヴァニイが代わりに書いていたのか。
「彼、主には苦労させられてるわね」
「それが仕事ですから」
仕事放棄しないの偉い。いくらそういう教育を受けているとはいえ、ここまで来ると疲れそうだ。
けれどそれをやってのけたのがヴァニイで、そこにはディウムに対する敬愛があるのだろうと思う。苦労はあるが、それが嫌ではなかったわけだ。教育だけが理由ではない、本人がそれを望んだのである。
「ディウムは良い従者に恵まれたわね」
「全くですね」
「うんうん、ヴァニイさん、魔具苦手だもんね」
「え」
苦手? 研究所のリーダーをやるって言ったのに? カルデラはにこやかにする。クリアは苦笑いだ。
「あのね、ヴァニイさん、プログラム作るの下手なんだよ、解読するのは得意なのに、作れって言われたらダメダメなんだ、基礎はわかってるんだけど、組み合わせたら失敗するんだよね、だから魔具を改良はできても、新しくは作れないんだよ」
なるほど? 私にはプログラムとかわからないから、理解できないが。それは恐らく、補佐能力に長けているのではなかろうか。誰が作ったものを、さらに良くするのだから。
「教育のたまものなのか、本人の性格なのか……」
「どちらもですね、ヴァニイの性質に教育がピッタリ合ったのでしょう」
そう考えると、二人の関係は良いコンビだったのだなと思う。
ディウムが前に出て、後ろからヴァニイが補佐をする。その補佐のために必要な能力は、全て身につけている。身につける努力をしたのだろう。全てはディウムのために。
「なんだか、寂しくなるわね」
リトルナイトメアさえなければ、ディウムは死ななかった。ヴァニイもまた、魔力に振り回されたのである。それをやったのは申し子だというのに、私を助けてくれた。恨んだっていいはずなのに。
「オルガンは申し子を産んだ家系です、教育も何もかも通じないものですよ」
「それも含めて呪いな気がするわ、余程恨んでたのかしらね」
ティガシオン含む王族には病を、自分の家系であるオルガンには、申し子を助けるようにした。それは、自分を苦しめ殺した者達への復讐であって、呪いなのだろう。それだけ、申し子の力は強いし、恨みが篭っている。
「マーベス、クリア、ヴァニイ様をよろしくね」
「うん」
「はい」
せめて、これからの人生は良いものであって欲しい。申し子である私が願うのはどうかと思うが、彼は生きて、守る選択をした。ディウムが死んだ時に、死ぬ選択だってできたのにだ。それは、彼の決意で、ディウムに対する敬意なのだろう。それを手伝うと決めたマーベスやクリアには、彼の今後をより良いものにできる気がした。
五章最後はヴァニイとディウムの話です。
魔術学園編の中心人物はディウムなんですよね、全て彼の行動から始まりました。
作者的には裏主人公だと思っています、そしてこれからも、ディウムは裏主人公であり続けます。一番影響力のあるキャラクターなのではなかろうかと思います。
さて、次回からは編も変わりまして、魔術師団編スタートとなります、お楽しみに!




