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神々に愛されし者達の夜想曲  作者: 白雪慧流
魔術学園編 【五章 未来への一歩】
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第七話 【地下の生活】

 ギィィィと重い音で扉が閉まる。鉄で作られた壁に囲まれ、魔力を弾くための結界が貼られた室内に閉じ込められる。私はぐるっと部屋を見渡した。

 机と椅子それからベッド、どれも簡易的なものではあるが、住むための一式が揃っている。扉には出窓が付いているがこちらからは開けられない。食事を部屋に入れるためのものだ。壁には窓などなく、灯りもないので真っ暗である。暗さに目が慣れるまで、しばし立ち止まり、私は中央に立った、そこで座る。

 今日から私はこの部屋で死ぬまで生活する。それが危険人物とされた魔術師なのである。触れた物を壊し、触れた者を傷つける。ラーダ先生にぶつかり、傷つけた私は、怖がったクレイに婚約破棄されたのを期に、自分で地下に入ることを決意した。

 床に寝転がる、どうせベッドは触ったら壊れてしまうから床でいいやと思い、そこに寝た。

「いつ死ぬかな……」

長い間いるのは嫌かな、そんな風に思う。ここから一生出られないなら、さっさと死にたい。早く楽になりたい。ガラガラガラと外から物音がしたかと思えば、部屋に入って初めての食事が入れられた。私はその食器に触れてみたが、粉々となった。

「無理そうね」

食べられない、それを理解し、私は諦め、また天井を眺める。

 そんな時間がどのくらい続いたか、私は時間の感覚のない恐怖を覚えた。今何時なのだろう、今何日で、そもそも何年なのか。私は、配膳の時に、使用人の男性に聞いてみた。すると、私が地下に入ってから一年経っていたことがわかった。

「今日は七月十一日です」

「そう、ありがとう」

怖々と言う彼に礼を言う、七月十一日、それは私の誕生日であった。

 十三歳になるのか、何も食べず、何も飲まずよく一年も生きていたものである。最初は空腹を感じていたが、今やそんなもの感じてすらいない。私は壁にもたれかかるように座ると、膝を抱き寄せた。一年で痩せてしまった膝は、少し骨が出ており、腕に当たると痛い。

「誕生日か、教室の子達が騒いでたな」

魔術学園の日々を思い出す。私は彼らを眺めているしかできなかったが、誰かが誕生日だった日は大盛り上がりだった。

 誕生日パーティをするんだ! と一人の女の子が言った。皆は祝福の言葉を述べる。

「サルタール様おめでとうございます!」

「ありがと」

彼女は教室の人気者だった。私にはよく分からないけど、偉い人らしい。だから皆彼女には刃向かわないし、彼女が敵と認識した人には関わらない。

 サルタールの話をぼーっと聞きつつ、ペンを手で弄ぶ。すると、バキッと音を立てペンが砕ける。

「あっ」

私が小さく声を上げると、周りではヒソヒソと声がする。

「またやってる」

「わざとなんじゃない?」

「構って欲しいのかしらね」

そんな言葉が聞こえてくる。魔法が使えないのは嘘なのではなんて言われていることも知っている。私はただ、黙ってそれを聞いているしかない。

「もー、皆話聞いてよねー、お人形さんなんかほっときなさいよ」

「すみません、サルタール様」

彼女は、私のことをお人形さんと呼ぶ。喋らず、ただ、やれと言われたことをやるだけだから。何が気に触ったのかはわからないが、どうも嫌われているようだった。好かれることなんてまずないからいいけど。

 幸せそうに、彼女は周りと話す。誕生日とはそんなに幸せなのかと、私は眺める。ただ、歳が一つ上がるだけ。それがそんなに特別なことなのかと。誕生日パーティなんてやったことのない私には理解できなかった。

 望んだ力ではなかった、普通に生きれるなら普通に生きたかった。誕生日だけでも、幸せそうにできるサルタールが羨ましかった。プレゼントを貰えるんだと、美味しいものが食べられるんだと、いつも自慢げだったから。私とは縁遠い世界の人だった。

「私だって、魔術師でありたかったわよ」

魔法が使えたら、母様と父様が望んだようになれたら、どれだけ良かっただろう。地下には入りたくて入ったわけではない、入るしかなかったのだ。私には選択肢なんてなかった、人を殺してしまう前に、罪人になるしなかった。

 考え事をしていたら、その日二回目の配膳がなされる。食べなかった分は放置しているので回収される。何も特別なものはない、日常と呼べるかもわからない、この部屋での生活。

「なんで、死なないの」

食べたりしていないのに、もう、私にはなにも出来ないのに、命は続いている。私は生き続けている。生きている意味も、価値もないのに。壁を思いっきり殴る。その手には痛みがあり、薄らと血が滲む。

「血……」

伸びた爪で引っ掻くと、その血は床に垂れる。そして小さな血溜まりを作る。

 姉様を傷つけた時、私は何度も手を洗った。血が、匂いが取れてない気がして、何度も何度も、液体石鹸が入っていたビンが空になるまで。空になっても、取れた気はしなくて、ただその手を眺めていたのだ。

「本当に嘘だったら良かったのに」

いっそのこと、彼女が言ったようにお人形さんだったら良かったのに。人畜無害だったもう、何でいい、でもそのもしもなんて存在しない。

「私が何をしたってのよ、傷付けたくて傷つけてるわけないじゃない!」

叫んだって、泣いたって変わらない。それはわかっている。でもこのやるせなさを吐き出さずにもいられない。どうせ誰も聞いていないんだ、別にいいだろう。

「魔力があるから何よ、高いから何よ、なんで、なんで使えないのよ! 魔法にならなきゃ意味無いわよ! 普通の女の子として、生きてみたかったわよ……」

楽しそうに笑う、幸せそうな彼女達を思い浮かべる。

 一生かかっても、ああはなれない。だって、私はこの部屋から出られないから。死ぬ以外の方法で救いなんてないから。私の価値は魔力しかなかった。誰もがその魔力の高さを評価した、けれど、その魔力は、その評価を崩した。誰も望まない力となった。そんな娘に価値などなかった。

 そんな叫びから数年。叫ぶことすらなく、たまに使用人に日にちを聞く以外のことはせず、天井を眺めているだけとなった。考えるのすら諦めた。考えたって良いことがないからだ。そんなある日、外が騒がしかった。

「メリは生きてるわ!」

「しかし、サリサ様、何も食べていませんし、最近は声も聞きません」

どうやら、姉様が来たようだった。私は他人事のようにその会話を聞く。

「そもそも生きていたとして、もう十年です、罪人のことなどお忘れください」

「メリは妹よ、罪人なんかじゃないわ」

「罪人でなければ地下には入りません」

罪人か……。そうね、そうだわ。私には罪がるのよね。許してもらおうとも思ってないけど、被害者は許さないのだろう。

 償いのための地下なのだ。懺悔のための場なのである。それを実感した時、周りから物凄い物音がした。

「な、なんですか!」

「メリ! 何があったの!」

私は、何も考えずにその光景を眺めた。周りにあるものが全て壊れたのだ。今までこんなことはなかった。触れずに壊れたその状態に、私の心は冷静だった。

「あぁ、そう、そうなるのね」

私は部屋の中心でただ寝転がる。その日から、配膳されたものは、見る間もなく壊れていった、もう、私の意思なんて関係なかった。いや、最初から関係なかったけれど。

 だから、カルデラが来た時は、怖かったし、嬉しかった。私が彼を愛するのは必然だったのかもしれない。カルデラは私を助け出してくれた、私の力が何なのか教えてくれた。何より、私を疑わなかった。怖がりもせず、ただ信じてくれたから。この時ばかりは、自分の魔力の高さに感謝した。価値がないと思っていた魔力に価値が生まれたのだ。

「でも、それは魔力にだけなのよね」

見たかった世界を、憧れた生活を、触れてわかるのは、私がまだまだ子供で、何も出来ないってことだった。私自身は何も持ってないということ。魔力が高くなければ、今の生活はなくて、カルデラにも愛してはもらえなかっただろう。だから、私は他者のために生きるしかなかった、必要とされる方法がそれしか見つからなかった。

「メリ……」

「そんなことを考えてたら、いつの間にか魔力が自分に向いてたってわけよ、無駄だってのはわかってる、でも、考えずにはいられなかったわけ、ディオにね、償いも中途半端なのに、なんで生きてるんだって言われた」

自然とディオの話を出してしまったが、カルデラに彼のことを話してないことに気づく、まぁいいや。

 カルデラはずっと顔を顰めたままだ。でも構わず言葉を紡ぐ。

「生きてる理由なんて思い付かなくて、吐血した時に気付いたのよ、私が生きてる理由なんて無いんだなって、サルタールが言うことにしてもそうよ、微妙に間違ってるけど、合ってなくはないから反論はできない」

リテア様や、セヘルが聞いたら反論するのだろうが、取り柄が魔力しかないのも、お人形であるのもその通りだ。罪があって、死なずに地下から出てきてしまって、生きろって言われたら生きている。それを、人形と言わずになんと言うか。

「メリは人間ですよ」

「それはわかってるわよ、言葉の綾ってやつ」

強く、カルデラに抱きしめられる。私が暗い顔しているといつだって、カルデラは抱きしめてくれる。安心させようと必死になる。

「前に実験室で言ったこと覚えてますか」

「何の話?」

「貴女を傷つける人は許さないと言ったはずです」

「い、言ってたわね」

今、このタイミングで、それを言うのは怖いわよ。

「確かに、私は貴女の魔力が高いのを聞いて会いに行きました、きっかけはそれです」

真っ直ぐに目を見られる。私は次の言葉を待つ。

「ただそれはきっかけに過ぎません、私が魔力が高いだけで愛すると思いますか、それだけなら、ディウムに渡してますよ、私は、貴女と過ごして、貴女を離したくなくなった、自分のものにしたかったから、婚約してるんです」

メリの魅力ならいくらでも語れますよと付け足される。

 ほんとに、この男は変だと思う。でも、こうやって素直に、真っ直ぐ愛してくれるから。その愛情を信じていられるのだ。

「メリに自信が無いというなら、自信を持てるようになるまで語りますが」

「それはただの褒め殺しなのよ」

「愛と言ってください、魔力なんてものは、メリの魅力の一つでしかないのですよ」

なんてと言いますか。魔術師にとって大切な魔力を切り捨てるとは、お前の研究題材だろうに。

「ですから、魅力が無いなんて言わないでください、そう思うならば私に聞いてくださいね、いくらでも反論しますから」

「それが嫌だから言わないんだけど?」

わかってるのよそんなこと。こんなちっぽけな悩みなんて、全部反論するだろうなってことくらい理解している。それじゃ解決にならないから、言わないのよ。

「メリは私に冷たいですね、そんなとこも愛らしいですが」

「カルデラに殺すわよって言っても、喜んで受けるんでしょうね」

「受けますね、メリに殺されるなら本望です」

カルデラがマリア様に似ているなら、マリア様もこうなのだろうか。いや、こうではないと思う。こいつの価値観はおかしいと思う。

 カルデラは、私の頭を撫でつつ、優しく言う。

「でも、話が聞けてよかったです、メリの過ごしてきた時間が知れました、貴女の痛みが知れました、それは私とっての価値です」

「あんまり、いい話ではなかったでしょ」

「そうですね、しかし、これで奴らの処罰が決まりました」

んん? 処罰? 奴らって、ディオも入ってるわね? 相変わらず私が知らぬとこで話が進んでいる。

「私やっぱりカルデラに助けられてばっかりね」

「適材適所です、メリはもっと頼ってくれていいんですよ、ベタベタに甘やかしますから」

「それはダメ人間への道なんだけど」

カルデラが良くても周りが良くない。でも、今回は頼ることにしよう。頼らないと後が怖そうだ。

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