第六話 【蝕み】
クロム家の方々がいない生活が始まった。と言っても、私の隣には常にセヘルがいた。セヘルが居なければティアラが隣にいる。うーむ、カルデラなんか頼んでったな。
そんな生活のため、数日は安定していた。しかし、それも長くは保たない、私が一人でいることは勿論あるのである。
「あら、今日は一人なのね」
「こんにちは、サルタール様」
私は一礼する。それは中庭で一人優雅に紅茶を飲んでいた時だった。セヘルもティアラも仕事中である。最近は貴重となった一人の自由時間だ。
「全く、カルデラ様はなんであんたと婚約したわけ?」
私は彼女の質問には返さない。その言葉の根底には、私の過去があるのだろうから。
サルタールは私の前に座るとじっと見る。私は紅茶を飲む。
「そもそもよ、どうやって地下から出てきたっての? あんたの無茶苦茶ぶりは学園でも有名だったてのに、極めつけは教師に大怪我よ?」
「危険人物認定は取り下げて頂きました」
「それも不思議、あんた、王様を騙したんじゃないでしょうね」
言いたい放題だが、私は何も反抗はしない。その態度が更に気に食わないのだろう、それでも細い目が更に細められる。
「王様だけじゃないわ、カルデラ様すらも騙してるんじゃないでしょうね」
「騙してはいませんよ」
「はっ、どうだか、カルデラ様、魔法馬鹿だもん、あんた、自分が魔力高いからって取り入ったんじゃないの」
カリナみたいなことを言うなと思うが、魔力が高いからカルデラと共にいるのは否定できない。申し子でなければ、カルデラは私に興味は示さなかった。
「図星ってとこ? いつまで猫かぶれるかしらね、あんたの取り柄なんて魔力以外にないわけだし、カルデラ様だって飽きるわよ、意志のないお人形さんだものね」
そう言って、サルタールは立ち上がる。私はそれを眺める。
彼女が言ったことは微妙に間違ってはいるが、合っているとこもある。否定するに否定できない。魔力以外の価値が私にはないからだ。
「仮に、カルデラに捨てられたら立ち直れないわね、申し子である限り雑には扱わないだろうけど」
申し子を雑に扱った結果、マシーナにはリトルナイトメアという病が出た。その前科がある以上雑には扱われない。それは確かだ。何より、私はカルデラを信じている。彼の重い愛情を信じれない程鈍感ではない。だから、捨てられることはないだろう。私が離れない限りは。離れる気はないが、万が一はある気がした。私が私に自信が持てない以上、何があってもおかしくはない。
暗い気持ちを抱えつつ、休みが開けたので学園に行く。そして、当然かのようにディオと鉢会う。
「よぉ、危険人物」
「どうも、ディオ様」
こっちはこっちで言いたい放題なのよね。二人とも私のことだからいいけど。セヘルは教室が違うので、ディオはディオで私が一人の時に話しかけてくる。一体どんな心理が二人をそうさせているのだろうか。私としては喧嘩にならないから有難いけど。
「お前さ、結局なんで生きてんの?」
「なぜ?」
いきなり問われた質問に首を傾げる。なぜ生きてる? そんな事言われてもな。
「なんだわからんねぇのかよ、地下に入るってことは死ぬと同義だ、それがわざわざ出てきて、取り下げもした、生きていたい理由があるからだろ」
「別にありませんけど」
「は? 生きたい理由もなく生きてんの? 無意味じゃん、父さんを怪我させて、その償いも中途半端のくせに、無意味に生きようってのか」
無意味ではないと思うが、確かに生きる理由など考えたこともなかったな。今まで必死だったから。
「そんな無意味に生きてんなら、父さんへの償いしろよ」
「地下には戻れませんよ、取り下げられてますからね」
「どうだかな、今は大丈夫でも、いつまた怪我人が出るかわかったもんじゃないぜ」
怪我で済めばいいけどなと言われ、ディオはその場を去っていく。怪我人は多分出ない、多分。
そんな日々を続けていると、なんだか昔に戻った気分になり、ベッドに横たわりながらぼーっとする。たった二人から敵意を向けられているだけで、疲れてしまう。
ましてや、それが図星までいかずとも、当たらずも遠からずなものだから、グサリと刺さるものがある。そんなことを考えていると、喉に痛みが走る。
「いたっ……」
私は飛び起きた。何、当然なんの痛みがあるっての。
記憶を遡るが、喉を負傷した覚えはない。のど飴でも食べれば治るかしら。そう思い、立ち上がると、私はすぐに洗面台へ向かった。
「はぁ……はぁ……」
吐き気と共に、暗い洗面台に付いていたのは血である。昔も血を吐いていたなと、漠然と考える。そして、私は魔力の存在を感じとっていた。
それは、自分に対する魔力である。そして、自分の魔力である。私の力が私自身に向けられている。
「なんで……?」
鏡に映る自分に問う。答えは返ってこない。私、何を感じて、自傷しているの? 魔力は何を感じ取ったの? 自分のことなのにわからない。私は、私の感情がわからない。
「私は、死にたいの?」
地下にいた頃や、屋敷に来た当初ならそうだ。ただ、今はカルデラの婚約者で、リテア様に忠誠を誓った身で……。
ずるりと、その場に座り込む。あぁそうか、なんでずっと悩んでいたのか今更ながら理解した。
「私、自分自身では生きる理由ないのね」
誰かのためにしか生きれない。だから、ディオの問いかけには答えられないし、サルタールに否定の言葉を言えないのだ。
「無意味か」
せっかく外に出ても、魔力がコントロールできるようになろうとも、私は惰性で生きている。周りが言ったように動いている。それでは操り人形だ。何も変わっちゃいない、だって地下に入った理由も、周りがそう言うから、死ねと言ったから。なら今生きているのは、周りが生きろと言うからだ。その魔力の高さを、この国のために活用するためである。
「うぐっ……」
体が痛い、気を抜いたら血を吐きそうになり、なんとか抑え込む。私には魔力の止め方が分からない。カルデラが帰ってくるのは、三日後だ、それまでになんとか持ちこたえるか、魔力を制御しなくてはいけない。
だって、カルデラは私が死んだら、後を追うって怖いことを言ってたから。私が死ぬわけにはいかないのだ。
「言うこと聞いてよ……」
手に血が付く。私は手を洗い、顔を洗うと改めてベッドに入る。
次の日、痛みはあるものの、なんとか吐血は落ち着き、私はいつも通り学園へ行く。そして、昼休みにはリテア様やローザ、セヘルと会話をする。
「カルデラ様が戻るまであと二日か、なんとかやってるわね」
「はい、まぁ、敵意には慣れてますから」
「護衛、頑張ってます」
「偉いわよセヘル」
リテア様に褒められ、誇らしげなセヘルを微笑ましく見る。セヘル、最近リテア様と話すのが楽しそうだ。
「セヘル、嬉しそ……」
「メリ様!」
「メリ!」
全身に痛みが走る。それを感じると同時に、体の全身から力が抜けた。その場に倒れ込む時に、私の瞼は閉じた。
玄関の扉を雑に開ける。
「セヘル! いるか!」
「カルデラ様! メリ様が!」
バタバタとセヘルが来る。その感情からは怒りと戸惑いが感じ取れた。
「セヘル、話はあとで聞く、メリは部屋だな?」
セヘルが頷いたので、自分は部屋にまっすぐ向かう。
「カルデラ様? 帰ってくるのは明後日ではなかったですか?」
背後から話しかけられたが、サルタールは無視した。
メリの部屋の前に来ると、強い魔力の気配がした。いや、メリの魔力は元より強いため、それはおかしい話でない。おかしいのは、その魔力が部屋全体から感じることである。
嫌な予感がし、ノックもせずに部屋の扉を開ける。そこにはメリが寝かされており、隣にはティアラがいた。ずっと看病していたのだろう、その顔は心配そうである。
「カルデラ様」
「医者は?」
「倒れられた原因はわからないと」
メリを見る。どことなく淡く光っている気がする。これは……。
「魔力がメリに向いてる……? なんでだ!」
急に自分が叫んだからだろう、ティアラはビクッと肩を震わす。しかし、自分はそれどころではない。
メリの魔力がメリ自身に牙を向いている。それが指すのはメリが死のうとしていることだ。メリが死ぬ? そんなもの許すわけがないだろ。
「カルデラ様……?」
「メリはずっと起きないんだな?」
「はい」
とにかく今は、メリの体への蝕みをどうにかするのが先だ。申し子の力は、使用者の感情で動いている以上どうしようもない。
治癒魔法を発動する。魔力の傷は恐らく身体内へのダメージだ、ならば、治癒できる部分を補えば、少しは楽になるだろう。
しばらく続けていると、ゆっくりメリの瞼が開く。
「お嬢様!」
ティアラがすかさず叫んだが、メリからの反応はない。黙って天井を見ている。
「メリ……?」
話しかけると、少し黒目が動く。パチリと目が合うと、ようやっとその口が開いた。
「カルデラ……帰って……きたの……?」
「メリが倒れたと聞いて帰ってきた」
その言葉が途切れ途切れなのは気になるが、とりあえず一命は取り留めた。
一旦治癒魔法を止める。流石にずっとやり続けられる程の魔力はない。ティアラはセヘルに知らせてくると部屋から出ていく。何があったのか聞きたいが、今のメリにそれを聞くことはできない。責めるのは逆効果だ。
メリの左手を強く握る。その手にはきっちりと婚約指輪がはめられており、結婚自体への不安から来るものではないと推測する。つまり、セヘルが怒っていたことが原因だ。サルタール、それからディオ。メリを一人にしたことが悔やまれる。いくら、セヘルやティアラがいようと、全てをカバー出来るわけではない。彼女の中にある何かが引っかかれば、その魔力がメリに向くことがある。それでもメリには自殺願望があったのだ、最近はその片鱗は見えなかったが、いつ死のうと考えてもおかしくはなかった。
「……私ね、サルタール様のことは、知ってたの」
「知ってた?」
メリが起き上がる。その体を支えると、力なく微笑まれた。意識がはっきりしたとはいえ、心配だ。
「だって、同い年ですもの、小等部の同期よ」
メリは目を伏せる。そして、意を決したように語り出す。
それは、メリが地下に入った時の話だ。
次回、地下牢での話です




