第四話 【一時的な家族】
良い天気に腕を伸ばす。セヘルはしっかり、ディオのことはカルデラには言わないでいてくれたみたいで、カルデラから彼のことについて言及されることはなかった。
まだ先とはいえ結婚式を控えているのだ、婚約関係から婚姻関係となる。その前に変な問題は持ち込みたくはない。学年は違うし、あまり関わりもないだろうから問題なしだ。なので、リテア様にもローザにも言わなかった、マーベスは話したらカルデラへ行きそうだから話さなかった。同じ理由でクリアにも話していない。
「誰にも言わなかったんだな」
「ディオ様、ご機嫌よう」
なんだか、ガレイの時を思い出す。あの時も私は関わりたくなかったが、向こうから関わってきてたっけ。そして同じ返しをしたと思う。
「わざわざ様付けるか」
「私、大抵の方には様を付けますよ、最低限の礼儀です」
いくらムカつく人でも、あまり関わりたくない人でも、礼儀を忘れてはいけない。それを忘れては足元をすくわれる。
できるだけ笑顔を作りつつ、私は彼を見る。ディオはそんな私にふんっと鼻を鳴らす。
「聞いてたより、生意気そうじゃんか」
「左様ですか、どのように聞いてらしたのか存じ上げませんが、私は昔からこうですよ」
そう言うだけ言って教室の方へ行く。こういうのは無視だ無視、どうせ一年のみの関わりである。それに、私に対する敵意であればもう慣れた。カルデラとガレイのせいで嫌という程向けられてきたのだから。
昼休みはいつも通り過ごす。マーベスとクリアが加わった以外は、何も変わりがない。ディオも流石に人がいれば関わってこなかった。
そして授業が終わり、校門へ行く。するとそこにはカルデラがいた。
「あらカルデラ、迎えに来てくれたの?」
「はい、一緒に帰りましょうか」
カルデラは相変わらず、仕事が早く片付けば迎えに来てくれる。別に無理しなくていいと言っても、私がそうしたいのですと突き返される。彼の重いくらいの愛情にも慣れてきていた、これがカルデラだと受け入れている部分もある。ただ、脅すのだけはよしてね。
「あっメリ」
「どうしたの?」
馬車に乗ると、カルデラは少し嫌そうな顔をしつつ話し始めた。どうしたどうした。
「今日からしばらくサルタール・スルガーという女性が屋敷にいることとなりました」
「サルタール様?」
これまた、女性なのに男性っぽい名前である。言わないけど。
「スルガー家は昔クロム家の使用人をやっていた家系です、ティガシオンとオルガンの関係と一緒ですね」
「昔ってことは今は違うのね」
「えぇ、祖父の代で切っています、専属の使用人など邪魔だと」
邪魔て……クロム家って全体的に他者に対して冷たいよね。ディウムですら、ヴァニイに頼りっきりだった節があるのに。
「それで、サルタールはメリと同い年です、つまり本来であれば私の使用人としたかったわけですね」
「契約切ってるのに?」
「向こうは戻りたがっているんですよ、契約を切っているとはいえ、両親も無下にできる家系ではなくてですね、そのためしばらく居ることになりました」
なるほど、クロム家といえど礼儀を使わなねばならない家系がある。王であるアムレート家がまさにそれだ。軽口を叩いているように見えて、礼儀はある。
「なら、失礼のないようにしなきゃね」
カルデラの婚約者である私がそれを崩すわけにはいかない。ただ、問題はサルタールが女性であることと、カルデラに仕えるように教育されていることか。私、絶対敵意むけられる。
馬車がクロム家につき、カルデラは私に手を出す。しかし、私はそれを掴まなかった。理由は、走ってくる女性の姿が見えたからだ。
「カルデラ様ーー!」
にこやかな女性が来る。見た目は薄いピンク色の髪を縛らずに腰くらいまで伸ばしている。同じ色の瞳は、切れ長で年相応な見た目であった。羨ましい。
彼女がサルタールだとすぐに察しがつく。私は失礼のないよう、一人で馬車から降り、カルデラの隣に、少し距離を離して立つ。貴女の敵ではありませんよという意思表示だ。そんなのお構い無しに、サルタールはカルデラに抱きつこうとするが、カルデラがそれを避ける。だから、人当たりを良くしなさいって。
「どうもサルタール嬢、ご無沙汰しております」
「まぁ、カルデラ様相変わらず硬くてらっゃいます、私に対しては無礼講で構いませんのに」
サルタールからしたら、カルデラは主だが、カルデラからしたら他人であることが現れている会話な気がする。リテア様にも思ったが不憫だ。
「そちらのご令嬢は?」
私にようやっと気付いたらしいサルタールが、首を傾げた。私は一礼する。
「メリ・カンボワーズです、サルタール様」
「私の婚約者です、仲良くしてやってください」
カルデラの言葉に一瞬睨まれるが、すぐにサルタールは笑顔を作る。
「サルタール・スルガーです、メリ様、よろしくお願いしますね」
その笑顔からは牽制が読み取れる。ほらぁ、敵意向けられてんじゃん。これからしばらくカルデラには近寄らないでおこうかな、敵を増やしたいわけではない。それに、姿を見て思い出した、私は彼女を知っている。詳しくは知らないし、関わった覚えはないが、小等部で一緒だった。向こうだって悪目立ちしていた私を忘れたわけではあるまい。
あー、危険人物って面倒だなと改めて感じる。リテア様にも危険人物だからって警戒されたっけ。望まぬ称号だが、人を傷つけたのは確かで、地下にいたのも事実だ。今は王が取り下げてくれたが、過去は、罪は変わらない。
「メリ、大丈夫ですか?」
「え、あぁ、大丈夫よ」
どうも暗い顔をしていたらしい。私は笑顔を作ると、入りましょとカルデラに言う。カルデラは手を伸ばそうとしたが、私はサルタールを見て、サルータル様もと声をかける。彼女は、カルデラの行動に嫌な顔を少ししたが、すぐに笑顔になり、はいと答えてくれた。この感じ、大等部一年を思い出すわ、彼女と上手くやっていけるかしら。
そんな私の不安だが、私の勘って当たるのよね、案の定、サルタールとは上手くいっていない。彼女が来て数日が経ったが、カルデラがいないとその敵意はわかりやすいもので、私はため息を吐く。
「ほんとに、リテア様とガレイ様を対応した時みたいね」
周りに味方なんかいなくて、一人で解決しなければならなかった時を思い出す。あの時はリテア様が話せばわかる人だったし、ガレイは敵意ではなく好意だったわけだが、今回は二人とも私に敵意を向けているし、話してわかる人達でもない。何より、私を知っている。私が、なんで地下にいたのか、何をやらかしたのか知っている。それは障害になっていた。知っていると知らないとでは、私に向ける嫌悪感が違う。
そしてなにより、セヘルが怖い。サルタールが私に突っかかっる度に、セヘルが凄い声を低くして止めに入るのだが、その怒気は凄まじい。カルデラにだって負けてないぞ。それは態度にも出ており、私が普通にしていてもリテア様が心配するくらいである。
「セヘルとマーベス、なんかあった……?」
休み明けの登校日、マーベスは苦笑いというか、セヘルほどではないが、怒りを滲ませており、セヘルはそれを隠そうともしていない。
「あー……気にしないでください、ちょっとしたトラブルです」
「ちょっとでは、ありません」
「クロム家でも、スルガー家にはあまり強く出られないからね、それを良い事に好き勝手やっちゃってさ、追い出せればいいんだけど」
クリアは話を聞いていたのか、頷くばかりである。リテア様は首を傾げるだけだ。ローザがスルガー? と試案顔になり、あぁと声を出す。
「昔、クロム家の専属使用人をやられていた家系ですわね、確かその契約は切られていたと記憶しておりますわ」
「そうそう、カルデラの話では戻りたがってるらしいのよ」
「まぁ、クロム家の使用人なんて、中々なれるもんじゃないから、専属なら尚更戻りたいでしょうね」
リテア様は納得してくれたようだ。ローザは少し嫌そうな顔をする。多分何があったのか察してくれたのだろう。
「ま、屋敷にいると言っても短期間です、気にしなきゃいいんですよ」
「それやって疲れきったのはどこのどいつよ」
「それの原因にリテア様が入ってたの、覚えてます?」
私が意地悪く言うと、あの時は悪かったわねとバツが悪そうに言われた。いいんですよリテア様、あの時は助かりましたから。
しかし、このまま放置しているのは確かにダメだ。私だって学習しないわけではない。私はあまり窮地に立たされると、何をしでかすかわからない。ましてや申し子の力は感情に反応する。下手に二人を排除しようとか考えたら、それこそ殺しかねない。殺意を向ける気は今のとこないが、今のとこなのである。
「むしろ申し子の力を見せつけちゃいなさいよ」
「ダメですよリテア様、手荒な真似は状況を悪化させます」
それだけは、それだけはダメなのだ。それでは昔と同じである。私を知らない人なら効果があるが、知っているのだ。何より暴走していた頃を。そんな彼らに今更なんかしたって、意味は無い。逆に敵意を増幅させるだけである。
「脅しでもなんでもして、追い出しちゃえばいいのよ、その力があるんだから」
「僕もそれには同意、メリさんが刃向かえないって舐めてるんだよ」
「少し痛い目見せるべきですよ、メリ様」
「クリアまで怖いこと言わないで」
その場にいる全員が頷いている。仕方ないと言えばそうか、ディオは話していないから置いておいて、サルタールが私の過去を知っていることは話していない。彼女もわかっているのか言及はしてこない。
枷だなと思う。あの部屋から出て早五年。私はまだ抜けきれていないようだ。それもそうかもしれない、私自身は何も変わっていないのだ、環境が変わったから変わったように見えて、何も変わっちゃいない。あの頃の子供のままなのである。大人になる試練なのかもしれない、子供のままではいられない、カルデラに守ってもらうのではなく、私自身が強くならなければない。
「大丈夫よ」
私はもう一度、皆に笑顔を見せる。それは自分に言い聞かせる意味も含んでいた。
この時姉様がいたら真っ先に止めたのだろうと思う。私が、いつもの笑顔で大丈夫と言った時ほど危ないものはないのだから。
マーベス、クリアが加わるとちょっと賑やかになりますね。
ディオ、サルタールが今回の議題となります。




