四章後日談三話【それぞれの道】
マーベスとクリアに話し合いをさせよう。ということで、二人を自室……はカルデラに睨まれたので、食堂に座らせる。マリア様は自室にて魔具を通じて二人の会話を聞いている。休日だったカルデラは同席している。
「いつの間にクリアを呼んでたの?」
「マリア様に頼まれたのよ」
肩を竦めて言うと、母様……と顔を顰められた。この兄弟母親には敵わないのだ。
「で、よ、私はね、マーベスにはカルデラみたいになってほしくないわけよ」
「私みたいってなんですか」
「めちゃくちゃ敵を作ること」
うぐっと言葉に詰まらせるカルデラは置いておいて、私は二人をみる。
「だからね、ちゃんと話しなさい、人って話せば理解出来るもんよ、あの敵意を向けてきてたリテア様とだって、話して互いを理解した上で今の関係なんだもの、間違いないわ」
「説得力の塊だよねメリさんって」
クリアが頷く。そうだと思うなら話してもらおうじゃない。
二人は改めて向かい合う。先に口を開いたのはクリアだ。彼女肝が据わってると思う。
「研究所に行くことは、一応両親からの了解は得ました、私の好きにしろと」
「か、軽いね……」
二人から緊張が伝わってくるが、多分大丈夫だろうと、理由は無いが確信があった。
「私はマーベス様と共に行きます」
「でも、マシーナだよ、しかも最北端だ、中々こっちには帰ってこられないよ」
「わかってます、わかってないで言うほど馬鹿じゃないです」
クリアは一旦区切ると、息を深く吸う。そして、真っ直ぐマーベスを見た。
「私は一緒に行きたいのです、マーベス様のことが好きですから!」
「へ……?」
いきなり言われた告白に、マーベスは目が点になった。事情を知らないし、何も気付いてなかったカルデラは、飲んでいた紅茶を吹きそうになり、むせている。
「クリア……?」
「マリア様に聞きました、マーベス様はお父様に似てはっきりしてらっしゃらないと、ならば、私から言わせて頂きます! 好きな人と離れたくないですし、支えたいのは女として当たり前です、だから一緒に行かせてください!」
しばし沈黙が流れる。流石に私もカルデラさえ、話し出すことはできない。今、口を開くべきはマーベスなのだ。
「……はぁー、わかったよ、そこまで言われちゃ僕も反対できないね」
「マーベス様」
「ただし、僕だって男だ、好きな人に苦労はさせたくないよ、兄さんを見て更に思ったね、メリさん苦労ばっかりだもん、マシーナに行って、命の危険があるようだったら、グラセ家に無理矢理にでも送り返すから」
「私が悪いみたいに言わないでくださいよ……」
カルデラがマーベスを睨むが、本人はクリアを見ている。クリアは、笑顔で頷いた。
とりあえず、二人は大丈夫そうだ。これからも度々揉め事があるだろうか、なんとかなるだろう。
「しかし、魔法道具研究所ですか……マーベス」
「なんだい兄さん、止める気?」
「いえ違います、メリがいた部屋、覚えていますか?」
私がいた部屋? それって魔力吸収装置があった大きな部屋よね。あまり物があったイメージはないが、椅子と机があり、生活感があったことを思い出す。書類も多かったな。
「あそこは元々私が使っていた部屋でしてね、研究所で最も大きい部屋です、ヴァニイには話を通しておきますから、あの部屋を使うといいでしょう」
「いいの?」
「私はもう使いませんし、ディウムが使い道がないからと寄越してきた部屋です、恐らく今も使い道がないでしょうから、いいと思いますよ、あ、部屋にある書類はどうせ読めないと思うので破棄していいと思います」
どうせ読めないとは……? 疑問はあるが聞いても理解できないので口を紡ぐ。
あと、とカルデラは続けて、マーベスに一つの機械を渡す。小さい機械にはボタンが付いているが、私には何に使うのかわからない。
「転移魔具?」
「研究所に繋がってます、多分向こうに行けばまだあるので、行った際にクリアさん用に貰うといいでしょう、それは一回きりではないですし、使った場所に戻してくれる優れものです、これで帰りにくい、行きにくいが解消されます」
「べ、便利な魔具だね」
「ディウム作です、公表はしませんでしたがね」
あの人、本当に天才なんだな。それ以上は伝えることがないのか、カルデラは黙る。私は二人を見た。
「私は研究所にあまり良い印象も思い出もないけど、ヴァニイ様が良い人だってのは確かよ、二人とも頑張りなさいな、クリア、マーベスをよろしくね」
「はい、大丈夫です」
「まだ先の話だけどね」
二人が力強く頷く。私はそれを確認して、笑顔を向けた。
二人が解決したことをリテア様に告げる。リテア様は感心したように話を聞いている。
「メリってば、ほんとに凄いわね」
「私は何もしてませんよ」
今回はマリア様の強行と、クリアが頑張った結果だ。私は少しの手助けをしただけである。
「メリがいなかったらこうはならなかったわよ」
「へ?」
「それは、僕も同意です」
紅茶を持ってきてくれたセヘルが頷く。私、そんなに役立ったかな。
「気付いてないわね、まぁそこがメリの良さだけど、あのね、メリが居なかったらカルデラ様は、まず変わらなかったし、カルデラ様が変わったから、研究所だって身の降り方が変わったわけよ、そりゃヴァニイだったかしら、彼からしたら良い変化ではないかもしれないけど、少なくともクロム家には良い変化だったんじゃない? マーベスだって将来が決まったわけだし」
カルデラが変わったから、研究所もマーベスも変わった……それはそうかもしれない。
私があの屋敷に来てから色々あったわけだが、その中心にいたのはディウムだ。カルデラは私を彼に渡すはずだった、しかしそれを取りやめたことにより、全ての歯車は狂った。ディウムは彼岸達成のため、カルデラと戦ったし、カルデラは止めるために戦った。結果的に勝ったのはカルデラで、ディウムはリトルナイトメアにより亡くなった。残されたヴァニイが守る決断をし、それをマーベスは手伝うことにした。私を渡さなかった、その一つの選択だけで、全てが百八十度変わったのだ。私を渡していたら、もしかしたらリトルナイトメアを治せたかもしれないから。治せずにディウムが亡くなっていたら、ヴァニイは守る決断をしなかったかもしれないから。そもそも、マーベスが研究所に対して興味を持たなかっただろう。
「良いことばかりでは、ないでしょう、しかし、悪いことばかりでも、ありません」
リテア様がそうそうと同意を示す。私、いつの間にか、結構な影響力を持ったものである。
リテア様が欠伸をしながら腕を伸ばす。
「みーんな、将来決めてくわねー」
「リテア様はアムレートの姫様でしょう?」
「そりゃそうだけどさー」
リテア様はじとっとこちらを見た。えーっと、なんでしょうか。
「私はもうカルデラ様は諦めたわよ」
「そうですか……」
「そうなるとね、出てくるのよ、次期王様問題が」
リテア様はカルデラに惚れたため、許嫁を破棄している。そのことについてだろう。
「政略結婚なんて嫌だし、破棄したことについては後悔してないわ、ただね、父様だって長くない、そもそも私はもう二十三なのよ、周りからのプレッシャーがねぇ……」
リテア様は良い子ではあるが、気が強い。ましてや、アムレートの姫という立場上、人と上手く関われていない。結婚相手を見つけるのに苦労しているわけだ。
「誰か信用できる人はいないのですか?」
「信用……メリでしょ、ローザでしょ、あとはセヘル?」
「え、僕ですか」
「そりゃ、メリが捕まった時には護衛してくれたわけだし、城まで送ってくれたわけだし、信用には足るわよ」
ほぉ、私がいない間に仲良くなったものだ。まぁ、リテア様をセヘル目掛けて突き飛ばしたのは私だけど。
「あの時のセヘルの頼りがいったらないわよ、ディウム相手に魔法使ってみせたんだから」
「逃げられ、ましたけどね」
私が気絶していた間なのだろう。私を助けてくれようとしたわけだ、彼とはまだ付き合いは短いが、優しい人である。
リテア様は思い出すように当時の状況を教えてくれた。そこで気になることがあった。
「セヘルってカルデラの感情が読めるのよね」
「はい」
「もしかして、カルデラもセヘルの感情読めてるの?」
魔術師団に入ってすぐに、カルデラはセヘルに話しかけた。リテア様が声をかけたにも関わらずだ、リテア様は気にしていないようだが気になる。
「読めてると、思います」
「それは、やっぱり魔力がカルデラと一緒だから?」
「カルデラ様から、聞きましたか」
私は頷いた。セヘルは、カルデラの魔力が入れられている。その結果魔法が使えるようになった、不思議な存在だ。だからカルデラと似た雰囲気と魔力を持っている。多少違うのは、セヘルが本来持つ魔力が影響しているのだろう。
「え、セヘルとカルデラ様って魔力一緒なの?」
「厳密には、違いますが、僕の魔力には、カルデラ様の魔力が、入ってます」
へぇーとリテア様は興味があるような、ないような反応をした。
「軽い、ですね」
「いや、私にはわからんし、説明されたとこで理解できないから、詳しくは聞かないわ」
魔術師ではない彼女では理解できない。そう言いたいのだろうが、セヘルは嬉しそうに笑う。きっと聞かれると身構えていたのだろう。
「ついでに、申すなら、僕には、視力が、ありません」
「え?」
「そうなの?」
「あれ、聞いて、なかったんですね」
聞いてない聞いてない。セヘルがプロジェクトソルセリーの最後の被検体だとしか聞いてない。
「名前を、付けてくれたのも、カルデラ様です、カルデラ様は、罪悪感を、抱いているようですが、僕は感謝してます」
なんだかすごい話を聞いた気がする。セヘルとカルデラって良好なのね。なんだ、ちゃんと人間付き合いできてるじゃない。
私は少し嬉しくなり、笑顔になる。リテア様はよくわからないようだが、気にしないことに決めたようだ。
「とりあえずセヘルが強いってのは理解したわ」
「強くは、ないです」
「強いでしょ、カルデラ様と魔力が一緒の無属性の魔術師よ? 誇りなさい、ふんぞり返ってやればいいわ!」
彼女のこういうところには憧れるものである。姫という立場だからかもしれないが、人のよい場所をみつけ、褒めて、なお元気づけられる。こういうとこに気付く男性がいればいいが。
「ありがとうございます、僕から見たら、姫様の方が、強いです」
「私なんてまだまだよ、つか魔術師には勝てないし」
「力の話では、ないです、精神の、話です」
……いやいるな、気づいてる男性。私はチラッとセヘルを見る。私には彼の感情を読む力は無いが、その表情からは、憧れが読み取れる。
リテア様、きっと大丈夫ですよ。貴女の問題解決しますよ。セヘルが歩み寄れたらですけど。
「私の勘って確かに当たるかも」
セヘルを見た時、なんとも言えない風格を感じていたのを思い出す。次期王様か、仮にセヘルがそうなったら、カルデラが困るんだろうな、彼がやることなすこと、セヘルに筒抜けだから。
未来は分からない、けれど、それぞれが、自分らしい道を見つけていく。私はどうなるのだろうか。カルデラの妻として、魔術師団副団長になったとして、その後は? そもそも魔術師団やその他の方々に私は認められるだろうか。カルデラは、この間のマシーナへの遠征及び、私を助け出したことにより、その力を示した。その結果魔術師団の方々に認められたらしい。どうも裏で指揮をしていたようだ。王からも信頼を得た、私は学園にいる間は魔術師団には関わってないし、捕まっているのは見られてるわけだし、認められる気がしない。
私、他人の人生に口出している場合ではないのかもしれない。魔力は高いが、コントロールは今でも微妙だ。コントロールというか、感情に頼った力のため、私の意思ではどうしようもないのである。ある程度使い方はわかってきたが、半端な気持ちでは反応しない。結局思い通りにはいかないのだ。多分一生思い通りには働いてくれないだろう。そんな状態でどう認めさせろというのか。いざという時使えないのでは、副団長として如何なものだろうか。
「お飾りだけにはなりたくないわ」
学園生活は残り一年。魔力を思い通りにするのは諦めるとして、別の方法を探さねばならないと考えるのであった。
四章、これにて終了です
魔術学園も残り一年、残り一章となりました。
ガレイ、リスィ、ディウムと解決してきましたが、最後の一年は何を解決していくのか……楽しみに?お待ちください




