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神々に愛されし者達の夜想曲  作者: 白雪慧流
魔術学園編 【一章 満月の誓い】
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第五話 【消えない記憶】

 満月の中庭。大きな月は輝き、私を照らす。こんな綺麗な月を見ていると、あの日を思い出す。それは私が閉じ篭もる少し前のこと。

 貴族というものは、大抵婚約者が決められている。私にも勿論いた。親が決めた政略結婚だが、私は彼が好きだった。優しく、誰に対しても平等で、私の魔力が高いからって特別扱いはしなかった。触っただけで壊したり、傷つけたりをすると知っても、優しい言葉をかけてくれた。

「メリが悪いわけじゃない、今はコントロールできてないだけだよ」

そう、頭を撫でてくれた時は嬉しかったし、きっと大丈夫だと思っていた。

 そんなある日、私は学校でぼーっと歩いていたら、たまたま教師とぶつかった、そしたらその教師は、血みどろになり、病院へと搬送された。幸い一命は取り留めたが、当たりどころが悪ければ死んでいただろう。

「あの日も満月だったわね」

教師が病院に搬送されたその日の夜。婚約者から呼び出された私は、こんな夜になんだろうと、カンボワーズ家の中庭に出る。綺麗な月が、当たりを照らし幻想的な雰囲気に包まれた中、婚約者は怯えた顔を私に向けた。

「婚約破棄をさせてくれ」

「どうして?」

「どうしてって、君は異常なんだよ! 君のその力は、人を殺す、そんな人を連れて歩けるわけないだろ! 俺まで危険人物扱いになる! 君は閉じ込められるべきだ、人前に出るべきではないんだよ」

それは何度も投げかけられた言葉だった。

 両親から、そして赤の他人から。それでもいつかコントロールができると信じて、閉じ篭もる選択を躊躇していた。何より婚約者がいる以上、中々篭れるものでもなかった。

 しかし、その切れかかっていた糸は、いとも簡単に切れた。その時私は閉じ篭もることに決めた。誰の目にも触れないように生きることにした。いや、自分にとっては死ぬ覚悟だった。生きれるわけがない。ろくに食べられないことも、衛生環境が劣悪なことも、簡単に想像ができた。

「十年も生きるなんて思ってなかったのよね」

時間の感覚すらわからなくなるあの部屋で、食事が運ばれた回数だけが、日にちを知らせてくれた。あとたまに、使用人に対して何年何日かだけ聞いていた。おずおずと怯えた声で告げる彼らには申し訳なくなったが、いつになったら死ぬだろうかと、タイムリミットを考えながら聞いていたのだ。死ぬために生きていたようなものだった。

 寒いくらいの冷たい夜風が体を冷やす。人を傷つけたいわけじゃなかった、殺したい訳でもない。ただ、普通に生きたかった。でもそれは許されない。皆私を脅えた目で見るから、私に死ねと言うから。

「こんな場所にいたら風邪をひきますよ」

ふわりと背中に、暖かいものがかけられる。背後を見ると、カルデラが上着を私にかけていた。

「……どうしたんですか?」

私と目が合うと、驚いた顔をする。その表情を見て、私は初めて自分が泣いていることに気付いた。

「え? あ、ごめんなさい、なんでもなくて」

必死に首を横に振る。昔を思い出して泣くなんて恥ずかしい。もう全て終わったことだ。

「……メリさん」

「な、なんでしょう」

いつになく、低い声で名前を呼ばれる。しかし怒っているわけではなく、まるで感情が読み取れない。

 それが、真面目に話そうとしていると気付くのに、時間がかかった。いつもなら笑顔な彼だが、この時は真顔だったから。

「誕生日パーティの件ですが、貴女が嫌ならば無理に連れて行こうとは思いません」

「え?」

「マーベスが、貴女が死ぬために行こうとしている気がすると言ってましてね、彼から聞いたでしょうが、私としてはリテア嬢に対しての牽制でしかありません、貴女のように魔力が強い者であれば、誰も手は出さないでしょう、仮にそれが王であったとしてもです、周りの魔術師が止めるはずです、下手したら王が死にますからね」

それだけ貴女の魔力は強いです。そう前置きされる。魔力が強いと王でも手が出せないのか……。

 私がそれでは捕まらないかもと暗い顔をしたのを見て、カルデラはため息をつく。

「しかし、それは貴女が魔法を扱えればの話です、魔力をコントロールできない以上、魔法は使えません、貴女それを良い事に捕まろうなどと考えてないでしょうね?」

「うっ……」

完全に見透かされている。その通りだ、王の前に行けば、カルデラと共に居れば、きっとリテア様の気に触れる。そうすれば私を調べて、私を捕まえに来るだろうと見越して、一緒に行く決断をした。全ては死ぬための決断だ。

「とんだ自殺志願者ですね全く、いいですか、私は貴女の手を離す気は一切ありません、私にとって、貴女は人生を掛けて研究するに値します」

「そうですか……」

なんて嬉しくない告白、そりゃまぁ、私は最高の実験動物でしょうね。

「なので、死んでもらうわけにはいきません、何がなんでも生きてもらいます、貴女が嫌がったとしてもね」

グイッと、体が引き寄せられる。そのまま抱きしめられ、言葉が続けられる。

「拒否権はありませんよ、この屋敷に来た時点で貴女は私のものですから」

「拒否権くらい頂戴よ」

「嫌です、リテア嬢のパーティに貴女を連れていくのだって、牽制の意味が強いですが、貴女が私のものだと誇示する意味もあるんですから」

これが、物語の世界なら、ヒロインは泣いて喜ぶのだろう。

 満月の月明かりの下、間違いなく天才魔術師で、顔も良い男に抱きしめられ、俺のものだと言われているのだから、普通なら喜ぶべきなのだ。しかし、彼は私を実験動物として言っている。ちっともロマンチックではない、こんなにも最低最悪な告白があるだろうか。

「やっぱり、貴方って変な人ね」

「よく言われます、しかし今日ばかりは褒め言葉ですね」

私を外から追い出したのは男だ、そして外に連れ出したのも男である。目の前にいるこいつは、私に怯えるどころか、健康診断の時、健康になったら魔力を使えと豪語したのだ。私にその力を示せと。

「貴方は私に生きれって言うのね?」

「当たり前ですよ、この私が、貴女のような稀有な存在をみすみす逃すわけないでしょう?」

先程まで真顔だったくせに、自信たっぷりに笑顔を浮かべる。

 恋愛感情なんか欠片もなくて、私が持つ強い魔力への探究心のみがある。距離が近いようで遠い。そんな彼だからだろう、妙な納得感があった。

「わかったわよ、私は貴方の実験動物だものね、飼い主に逆らうわけにはいかないわ」

「別に飼い主ではありませんが」

「拒否権はないんだから、飼われてるも同然よ、どうせ貴方がいなかったら、私はあの部屋で死を待つだけだった、だったら飼われるのも悪くないわ」

カルデラは少し不満げだったが。このくらいでいい、いつか捨てられた時、私も痛手が無い方がいい。

「貴女も充分変ですよ」

「あら、ならお互い様ってことね」

私が笑うと、呆れたような笑みを向けられ、体が離れる。そして自然な動作で手を出される。

「では、屋敷の中に戻りましょうか」

「えぇ」

私も自然に彼の手を取る。そのまま、部屋まで案内され、おやすみなさいと挨拶をかわすと、ベッドに入り、数分で眠りに落ちた。

 その日から、リテア様のパーティに行くための準備が始まった。勿論私も参加する、しかし死ぬためではない、リテア様への牽制と、私を正式な婚約者とするためだ。

「貴女が他に取られるのも嫌ですからね、だったら婚約者にしてしまえば解決です」

「辞めといた方がいいって言っても無駄よね」

「はい」

余程実験動物を離したくないカルデラは、完璧な強硬手段を取った。私なんか取る物好きはまずいないが、私を逃がさないための鎖でもあるのだろう。確かに、クロム家の長男の婚約者が逃げ出したとあれば、大規模な捜索がなされそうだし、有名になれば、簡単に街に紛れ込むこともできない。研究対象に対して抜かりがないものだ。

 クロム家の婚約者として、必要な礼儀作法や、学ぶべきものは山ほどあり、日々の健康管理の中に座学やダンス等の実技まで含まれた。やったのが昔過ぎて、全てにおいてほぼ初心者だった私は付いていくのがやっとだった。

「メリさん、大丈夫?」

「マーベス、大丈夫じゃない」

ぐったりと机に横たわる。カルデラが私に結界を張ってくれているので、魔力が漏れ出すことはないが、やはり人と関わるのは怖いし、緊張する、無駄に体力が削られていく。

「きつかったら兄さんに言いなよ?」

「言ってもどうしようもないでしょ」

「そうかなぁ、兄さん、メリさんには甘いけど」

どこが? その言葉を飲み込む。まぁ、実験動物が逃げるのは困るから、多少甘くはなるだろう。健康状態も良くしないと、魔力の研究も始められないわけだし。まぁ、リテア様のパーティの前に体調を崩してしまう心配があるため、研究はパーティが終わってから始めるそうだが。

「多分ね、一番楽しみにしてるのは兄さんだと思うんだよね」

「何を楽しみにしてるのよ」

「メリさんのドレス姿、メリさん可愛いからね、化粧して、髪型も変えて、ふふ、絶対綺麗だからね!」

お世辞がお上手で。という嫌味は胸の内にしまう。

 流石にちゃんと管理された食事を取れば、一般並みの体付きにはなった、しかし素体が良いとは私は思わないのだが、まぁそこは好みの問題か。私は母に似たようで少しふっくらした顔をしている。丸顔というやつだ。痩せていた時はそんな事もなかったが、肉が付くとわかる。顔がとても幼いのだ。目も大きめだし、二十二歳に見えないのである。人によっては若く見られるから、羨ましいがられるのかもしれないが、私個人としてはもう少し年相応の見た目でありたかった。それこそ言っても仕方ないが。

「僕も当日楽しみにしてるからね」

「ありがとう」

できるだけ笑顔を作る。ドレスなんて最後に着たのはいつだっただろうか。

 なんだかんだ言って、私自身もこのパーティ少し楽しみにしていた。

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