第二話【魔法道具研究所】
ディウムと出会ってから半年が経とうとしていたある日。父が一通の手紙を差し出してきた。真っ白い封筒の宛名は自分だが、差出人は書いていない。裏返すと金色のろうどめには、十字架を囲むようにウロボロスが描かれた模様がある。
「ティガシオン家の紋章だよ、カルデラー、面倒事持ってきたんじゃないだろうね?」
「ティガシオン……あぁ、差出人はディウムですね」
封筒の中には手紙と、何やら固いものの感触がある。何を送ってきたんだあいつ。
「ディウムくん? 時期ご当主様じゃないか」
「そうなんです?」
「うんそうだよ、彼リトルナイトメアを患ってるから、早めに変わるんじゃないかな、まぁ、そんな長くは持たないだろうけど」
リトルナイトメア、それはマシーナ特有の不治の病。なるほど通りで小さかったわけか。あの病は生きれて三十前後、魔術を使って無理矢理伸ばしても五十までしか生きられない。体は老いないってのに、魔力により確実に蝕まれていく。しかも、魔力は高いのに、全力を出したら体がもたないとかいう、不便極まりない病だ。
「で、そんな彼からなんの用かな?」
「開けてみますか」
ティアラを呼び、ペーパーナイフを受け取る。
ティアラはクロム家に長く務める使用人であり、この家の誰もが信用する者だ。本人の意思で使用人長はやってないが、長に準ずる信用度がある。そのため呼ぶことも多い。
彼女が一礼し、去ったのを確認し封を切ると、そこには一個の機械と手紙が入っていた。
「転移魔具だね、どっかに通じてるんだろ、来いってことかな」
転移魔具とはまた高価なものを寄越してきたと思いつつ、手紙を開くと、父と顔を見合わせ、また手紙に視線を移す。
「……読めないね」
「読めませんね」
そこには、恐らく字……が書いてあった。よく見てみると法則性があり、既存の字と似ている部分があるので、頑張れば解読できそうである。
「ディウムのやつ、字が苦手なのか……」
苦手の一言で済めばいいが。読める人は少ないだろう、父は解読する気ないのか、目線は既に転移魔具である。
「まぁ、カルデラの友人関係に口を挟む気はないけど、ディウムくんは気を付けなよ?」
「気を付ける?」
「僕、息子が苦労するのはあんまり好きじゃないから」
ケラケラと笑い自室にもどる父を見守る。自分は忠告の深い意味も考えずに、父と同じく自室へ戻り、手紙の解読に移った。
手紙には転移魔具の場所と、来るようにとだけ書いてあった。どうやら魔法道具研究所へ行くための魔具らしい。
「行くのはいいですが、帰ってこられるんでしょうね」
通常転移魔具は一方通行だ。行くのは問題ないが、帰ってくる時に自分で転移魔法を使うのは……。使えなくはないが、自分の転移魔法では正確性に欠ける。屋敷の庭に出たいのに、屋敷の中に入るなんてこともある。中ならまだいいが、空中であったり、塀の上、屋根の上などに出てしまうと目も当てられない。実際やったことあるので、あまり使いたくはない。
「まぁ、行きますか」
行かないは行かないで文句を言われそうなので、行く決心を決め、一旦外に出ると転移魔具に付いているボタンを押す。すぐに、転移魔法が発動し、瞬きをする暇もなく、大きな建物の前に出る。
ここが魔法道具研究所か。直感でそう感じる。いや、転移魔具で来た場所が違っていても困るのだが。
「おー、マジで来た」
「ヴァニイ、来いと言ったのはそちらでしょうに」
研究所の前で待機していたのであろうヴァニイは、首を傾げる。そして一言。
「お前、手紙読めたのか?」
「えぇ、少々解読には時間がかかりましたが、ディウム字の練習した方が……」
「リーダー! カルデラ字が読めたって!」
話を聞け馬鹿。走り出すヴァニイを追いかけ、中に入ると呆れ顔のディウムがいた。
「だから言ったじゃないか、読めない君達がおかしいんだよ」
「まじで……?」
「いやいやいや、私でも暗号に見えましたからね、解読したと言っているでしょうに」
余裕で読めたわけではない。勘違いしないで頂きたい。
「カルデラ」
「なんですか」
「これから清書頼む、この研究所では、リーダーの字読めるやついねぇんだよ」
研究所のリーダーがそれでいいのか。そんな疑問はあるが、この様子だとディウムは読めて当たり前と思っていそうだ。
二人は自分に研究所を軽く案内する。その殆どは研究用の部屋であったが、一番大きい部屋には何もなかった。
「なんです、ここ」
「デッドスペース」
「何かに使えばいいでしょう!」
「じゃあカルデラが使っていいよ、僕には使い切れないから」
そんないきなり部屋を渡されても困るのだが。
「んじゃ、この部屋にもろもろ運べばいいんだな」
「うん、よろしくねヴァニイ」
勝手に話が進んでいく、まぁ、研究所に部屋があるのは便利だし構いはしないのだが。
「そう言えば、ちゃんと帰れますよね? 私」
「ん? あぁ、カルデラは転移魔法苦手って言ってたからちゃんと対策はあるよ」
ディウムが誇らしげに手を胸に当てる。対策をされていると聞いてほっと胸を撫で下ろす。
「君に送った転移魔具あるだろ? あれ特殊でさ、もう一度使えば前使った場所に連れて行ってくれるんだよ」
「へぇー、便利ですね」
「まだ試作段階だけどね!」
はい? 笑顔で自分は固まる。こいつ、試作品を自分で試そうってのか。
「一番最初の実験協力ってやつだよ!」
「そうですか……」
空中転移とかしないといいが。
ヴァニイと共に、机や椅子等を運び終えると、広かった部屋が少し狭くなる。ほんの少しだけ。
「随分広い部屋ですね」
「あーここはな、初代リーダーが使ってた部屋なんだよ」
机を拭きながら、少々暗く言われる。初代リーダーが使っていたのか、なら広くて当たり前だな。ディウムは己が小さいのであまり広い部屋は好かないらしく、ここよりは狭い部屋に自室を構えているが、リーダーともなればやる事も多い。それなりの大きさが必要になるわけだ。
「なぁカルデラ、お前神の申し子って知ってるか」
「神の申し子?」
やけに感情が篭ってない声に、首を傾げつつ、魔術書か歴史書に変な記述があったなと思い出す。
「魔法を凌駕する奇跡とかってやつですか?」
「それだそれ、初代リーダーはその神の申し子だったと言われてる」
机に布巾を置くと、椅子に座る。どうも何か話してくれるのだなと理解して、近くの椅子を引き寄せると、自分も椅子に座った。
「あんましいい話じゃねぇけど、聞いてけや」




