第六話 【因果の決着】
メリが苦悶の表情をする。機械が止まったのを見て、ヴァニイがすかさず操作し、メリの拘束は解けたが、動けないようだ。無理もない、あの機械は魔力を吸い取るためのもの、全身が痛いだろう。
「僕はね、君の行動の理解はできないよ」
「だろうな、貴様にとって人は道具だからな」
ヴァニイがメリを助けたことについて言及はしない。ということはあっちは予測範囲内ということか。
どちらも動かない。それは、互いの魔力が均衡しているのを理解しているからで、今ここで戦えば、決着がつくまで終わらないのをわかっているからだ。もし自分が、今、ディウムを殺す選択をすればメリは嫌な顔をするだろう。正直殺してしまいたいが、ここはメリのために抑えねばならない。
「決心は鈍らないか、君は申し子を何に使う気なんだい?」
「愚問だな、メリは道具じゃない、使うんじゃない、ただ傍に居てもらう」
自分の回答に、体を傾け大袈裟に傾げる。理解しようとすらしてないのだろうと推測する。こいつに何を言っても無駄だ。根本的な考えが違う。
「傍に居るだけじゃ意味はないよね?」
「あるさ、俺にはな」
ディウムは、固まったように黙る。実際フリーズしているのだろう。この男に人を愛するというのは、どういうことか説明できる自信はない。それこそ平行線だ。
緊張状態が続く。流石のディウムでも、俺が引く気がないことを理解したようだ。
「仕方ないなぁ、君とやり合うのは嫌なんだけど」
ティガシオンは風魔法の家系だ。ディウムの周りには黄緑色の粉が舞う。それは術となり、風が吹く。自分は、一旦セヘルを見た。自分の感情がセヘルに伝わるなら、セヘルの感情は自分にも伝わってくる。少々緊張しているようだが、しっかりと頷いてくれた。
「頼んだぞ」
「はい、カルデラ様」
意識を魔術に集中させる。ディウムを捉え、目を瞑り、開けると、自分の周りには黒い粉が舞う。自分が基本扱うのは闇魔術だ。単純に得意だから、無意識に出ていると言ってもいい。
しかし、今回はきちんとした理由がある。セヘルを見て、小さく頷く。見えてはいないだろうが、なんとなく感じてもらえているはずだ。そして、自分の闇魔法は術となる。それは広範囲を包み込む。すかさず、ディウムの風魔法が闇を払ったが、その隙に炎魔法を発動させた。
「チッ、無属性って厄介だよね!」
「そりゃどうも!」
ディウムを炎が包む、それはすぐに消され、瞬時に刃のような風が向かってくる。実際それは刃であり、防御のため結界を張るが、その結界は壊される。
決着がつかないような戦いだが、しっかりとこちらが有利に働いている。自分はそのまま、ディウムに向けて闇魔法を放つ。特に形にしていないので、ディウムは簡単に弾けるはずだ。実際、魔術は弾かれ、周りに霧散した。
「カルデラ様、もう、大丈夫です」
「仕事が早いのは助かるな」
「……なるけど、狙いはそれか」
セヘルはメリを抱いている。そして、扉の外側へ出る。何も言わない彼女に不安を覚えつつ、改めてディウムを見た。
「無駄に広範囲だと思ったよ」
「お前は戦闘時周りが見えてないからな、利用させてもらった」
そしてもう一つ、準備していることがある。メリは助け出した、巻き込む心配はない。息を吸い込み、覇気を込める。
「アムレート魔術師団! 入れ!」
自分の合図で待機していた魔術師団員が部屋に入る。ディウムは多少驚いた顔を見せたが、この程度と思ったのだろう。強風が部屋に吹いたが、自分はしっかりと、ディウムを見ていた。
先程から、少し気になっていたことがある。ぐっと手に力を込める。魔術はイメージ。前にメリが出した弓を思い出す。そして、自分の周りに黒い粉が舞うと、そのイメージは現れた。弓を手に収め、自然と出てきた矢を弓につける。殺さぬよう、ある程度威力を抑える。
「しばらく眠っててくれ」
そして、矢を放つ。その矢は風魔法など諸共せず、ディウムへ一直線に向かい、その体を貫く。イメージ通りに倒れたのを確認し、息を吐いた。
「お、おい? なんだそれ」
魔術師団員がディウムを押える。ヴァニイは、自分が出した弓を指さす。
「なんかできた」
「なんか……?」
青ざめているヴァニイは一旦放置し、放心状態であるメリのところへ行く。
目の焦点は定まっているから大丈夫そうではあるが、床に下ろされセヘルの支えがないと、座ることもままなっていない。
「大丈夫ですか、メリ」
顔に手を当てる。そうすると、ゆっくりと目を合わせてきた。
「カルデラ……」
その声に力はなく、なんとも言えない罪悪感が押し寄せる。あの機械を作ったのは自分だ。目的がどうであれ、メリを怖がらせ、傷つけたのは言うまでもない。抱き寄せたいが、体に痛みがあるだろうから堪える。
メリはしばらく何も喋らず、手をこちらに伸ばすと、裾を強く掴んだ。
「怖かった……」
その一言に全てが詰まっている。ここに来るまでに結構な時間を有している。ディウムとも対峙しただろう。ましてや魔力を吸い取られたのだ。
「メリ、ここで全て片付ける、少し待っていてくれ、セヘル、メリを頼めるか」
「はい、今しがた、旦那様達も、到着したようです」
セヘルは廊下に顔を向ける。そこからは、両親とマーベスが顔を出した。
「メリさん、大丈夫?」
「とりあえずはな、命に別状はない」
マーベスと顔を見合わせる。そして互いに頷いく。マーベスがディウムを見ると、瞬時に光魔法を発動させた、それは縛るためだ。
ディウムを縛り終えたので、改めてヴァニイを見る。彼自身は何があったのか分からないという顔をしている。
「まぁ、色々聞きたいことはあるけどよ、とりあえずその弓を説明してくれや」
先程回答しなかった疑問を解消することにしたようだ。
「俺にも回答しにくいが、恐らくメリがリテア嬢に忠誠を誓った影響だろう、魔術の強化が入ってる」
メリがリテアに忠誠を誓ってからというもの、なんとなく体が軽い気はしていた。しかし、魔術を使う機会はなく、あまり気にしていなかったが、今日、魔術を使い確信を得た。確実に強化されている。
「オルガン家が強化されたってやつか」
「だろうな」
申し子の力の一端。それが魔術師の強化。どのくらいの範囲で強化出来るのかは定かではないが、少なくともクロム家は強化されているようだ。でなくばリスィ戦にてマーベスが一日に三回も転移魔法を使うことはできなかっただろう。
ヴァニイは数度頷くと、自分の後ろを指さす。
「んじゃもう一個質問な、なんで王様がいんの?」
父の後ろには、こじんまりとミカニ王がいた。父が協力してもらうと言っていたのは、ミカニ王のことだったのだ。本人が来るとは自分も思ってなかったが。
「余は、ティガシオン当主と、話が、したい、だから、来た」
「リーダーとねぇ、まぁ、リーダーの処罰は王様任せだ、見守らせてもらうよ」
「気遣い、感謝、する、そなたの、決断は、辛かろう」
ヴァニイは答えなかった。こいつにとって、ディウムに刃向かうということは、人生の全てを否定すると同義だ。ミカニ王はそれを言っているのだろう。
「全く、僕が落ちてる間に話を進めないでよね」
「復帰早いな」
ディウムは不機嫌そうに起きる、少々手加減しすぎたか。ミカニ王は、彼の前に行く。二人は睨み合うでもなく、ただ互いを見る。
数分黙っていたが、先に話をもちかけたのはディウムだった。
「なんの用かな、僕と君で話すことはないと思うけど」
「話すことは、悪い事、ない、理解する、必要、同じ病、かかえる身、余は、理解、したい」
ディウムはこちらからでも分かるくらいの嫌な顔をする。
「何、同情しようってのかい?」
「うむ、その、通り」
その言葉は、この男にとって一番聞きたくないものだろう。リトルナイトメアにより理解されず、故に全てを破壊せんとしたこいつにとって、同情など今更だ。ましてや、自分を負かしたミカニ王からなど、受けたくないものである。
「はは、強者の余裕ってやつだね、僕も舐められたものだよ、実際カルデラにだって勝てないんだから、そうなんだろうけどさ」
「余達、力は、出し切れない、ティガシオンなら、尚更」
「神の呪いってやつねー、迷惑な話だよ」
ティガシオンは、申し子が愛した家系であり、憎んだ家系だ。その歪な感情が、病には流暢に現れているのかもしれない。
「そなたの、処罰、余は、与えない、与える、必要、ない」
「……だろうね」
ディウムは目を伏せた。
そして、二人はこれ以上の会話はしなかった。それは、ディウムがもう長くないのをわかっていてのことだ。個人差はあるもののリトルナイトメアの患者が生きられるのは、三十前後。ミカニ王は、魔法で無理矢理耐えているが、ディウムはそれをやる気はない。そして何より、残りの人生を全うさせること、それが一番の処罰であることを理解していてのことだろう。
「オルガンの、者よ、最後まで、傍に、いてやれ」
「あぁ、それが俺の勤めだからな」
「クロムの、長男、そなたは、そなたで、すべきことを、せよ、後は、父に、任せれば、よい」
「わかりました」
父を見ると、魔術師団に何やら号令を出していた。それを確認し、メリの元へ行く。彼女はまだ動けそうにはなかった。
「少し痛むかもしれませんが、我慢してくださいね」
メリを抱き上げ、部屋に背を向ける。
部屋から去る時、自分は振り返らなかったし、ディウムが話しかけてくることもなかった。自分達が、会うのはこれが最後だと理解しておきながら、話すことはしなかった。する必要はなかった、それは決別であり、決着だ。
二人の決着が付きました。
そして、ディウムの方は何やら不穏な予感が漂っていますね……
次話は、カルデラとメリの会話です。




